第23話 魔女嫌い様の来店です

 着替えを終えてフレイズが出て行くと、室内は黒のドレスで埋め尽くされていた。

 一体どこからこんなに出してきたのか、ビックリするくらいたくさんのドレスが並んでいる。


「うわ……なにこれ。いつの間に……?」


 ドレスの森と化した特別室を、フレイズは恐る恐る歩いて行く。

 どれもこれも高そうで、触れることさえ躊躇ためらわれた。


 トゥイルとベティーズは、特別室の一角にある高級そうなソファを陣取って、二人で頭を付き合わせてうんうんうなっていた。

 彼らの間にあるテーブルには、あらゆる黒を網羅するかのようにさまざまな黒色の布やレース、ビーズなどのサンプルが山となっている。


「彼女は薬を作るのが仕事だからな……あまりヒラヒラしすぎるものは危ない」


「そうねぇ。でも、ピッタリしすぎていても、動きが制限されちゃうわ……あら、魔女様。採寸、お疲れさまでした。どうぞ、そちらへ腰掛けてちょうだい」


 近づいてみると、サンプルの山はテーブルだけに収まりきらず、ソファの横にも置かれていた。

 触れたら汚してしまいそうな繊細さをもつそれらに圧倒されながら、フレイズは慎重にそろりそろりと歩み寄った。


「今、ベティーズとドレスのデザインについて話し合っていたのだ。ドレスは最低でも数着は必要だろう? とりあえず今日は一着か二着、あとはオーダーで二、三着用意するのはどうだろうか?」


「は……え……? オーダー⁈」


 フレイズは信じられないことを聞いたように、座ったばかりのソファから立ち上がった。

 足がテーブルに当たって、山となっていたサンプルがバサバサと床に落ちる。

 慌てて拾い上げながら、フレイズは言った。


「オーダーなんて、私には過ぎたものだわ。既製品で十分。一番安くて、動きやすいものなら何でも良いの。はやり廃りも、森から出ないから気にならない」


 フレイズは一息でそう言うと、今度はなにも触らないように、体を縮こめてソファにちんまりと座った。

 膝を抱えて小さくなっているフレイズに、トゥイルとベティーズは同時に「なにを言っている」と言い返す。

 二人の剣幕けんまくに、フレイズはピャッと竦み上がった。


「アタシの、オランジェット商会に、魔女様が来ているのよ? それも、あの、お菓子の家の魔女様が! アタシが、こんなチャンスを手放すわけがないわっ。本当なら全てオーダーメイドにしたいところを、急ぎだからって二着既製品で我慢しているのよ」


 ワナワナと震えながら熱弁をふるうベティーズに、トゥイルも同意するように深く頷く。


「フレイズは、魔女のくせに欲がなさすぎる。シュゼットを見てみろ! 彼女ときたら一週間に一回は褒美だ何だと買い物をしまくっているぞ? それに……前々から気になっていたのだが、君は村の人に無償で薬を提供しているだろう。あの薬は、村の人が一生働いても払えないくらいの価値があるものだ。だというのに、あいつらときたら──!」


 今までの鬱憤が噴き出してしまったのか、トゥイルの言葉は止まらない。

 フレイズが「でも……」や「だって……」と反論しようとしても、どれも本当のことだろうと一蹴されてしまうのだ。

 見かねたベティーズが「まずは試着してみましょ」と助け船を出してようやく、トゥイルは静かになったのだった。


「ねぇ、フレイズ様。魔女だって、女の子なんだもの。黒しか着られなくたって、おしゃれをしても良いはずだわ。アタシ、女の子を着飾るのが大好きなのよ。だから、これはアタシのワガママ。少しだけ、付き合ってくれないかしら? それに……あのままコンフィちゃんの話を聞くくらいなら、試着の方がマシでしょ?」


「ベティーズさん……」


 パチンとウインクしてみせるベティーズに、フレイズは苦笑いを浮かべた。


「……それもそうね」


 差し出された綺麗な黒のドレスは、今まで着たことがないくらい上等なものだ。

 おっかなびっくりといった様子で、フレイズはそろりと受け取った。


「楽しみに待っているわ」


 ヒラヒラと手を振って、ベティーズは扉を閉めようとした──その時だ。

 にわかに、外が騒がしくなった。

 複数の足音と慌てたような声が徐々に近づいてきて──、


「落ち着いてください、サントノーレ様!」


「落ち着けだと⁉ そんなわけにいくか! ここで魔女を匿っていることは分かっている。クソ忌ま忌ましい……魔女なんて、処刑すべき下等生物なのだぞ」


 ガチャンと、扉の向こうで何かが割れる音がする。

 それから、数人が揉み合うような音も。


 フレイズは無意識に震える体を抱き締めながら、やはり来るべきではなかった、と思った。


(サイズだけ測って、ポヴィドルに買いに行かせれば良かった。そうしたら、こんな騒ぎは起きなかったのに……)


 ベティーズにもトゥイルにも、申し訳なく思う。

 しょんぼりと肩を落として試着室から出ようとするフレイズを、ベティーズはそっと押し戻した。


「魔女様は、そこにいて。今出て行ったら、大変なことになるわ」


 ベティーズの声は、切羽詰まっている。

 まるで、出ていけば殺されると言わんばかりに。


 それほどまでに危険な人物が来訪したのだろうか。

 確かに、相当乱心していることはうかがえるが……。


「大丈夫。アタシとコンフィちゃんがどうにかするわ。あなたはとにかく、ここにいてちょうだい」


 ベティーズが試着室の扉を閉めるのと、特別室の扉が蹴破られたのは同時だった。

 荒々しい足音とともに入ってきた男は、憎悪に満ちた声を上げる。


「どこにいる! 忌ま忌ましい魔女め!」


 耳をすませると、ヒュンヒュンという風を切るような音がした。

 どうやら、入ってきた人物は刃物を振り回しているらしい。


(どうしよう……今日はつえもほうきも持ってきていないのに)


 これでは、応戦することも逃げることもできない。

 フレイズはただただ気配を押し殺し、試着室と特別室を隔てる扉に耳を当てて様子を探ることしかできなかった。

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