第22話 変わり者の商会長

「きゃぁぁぁぁ! 遅くなってごめんなさいね⁈ あら、いやだ。お邪魔だったかしら? 重ねてごめんなさいね。アタシ、出直した方が良いかしら……って、え、待って⁉ もしかして、魔女様? 魔女様がウチの店にご来店したの? えぇっ! ちょっと、誰か! 最高級の紅茶とお菓子、それから特別室の用意をしてちょうだいっ」


 お姫様抱っこするトゥイルとお姫様抱っこをされる魔女の前に突如として現れた人物は、汚い高音で叫んだかと思えば、二人を──というよりフレイズを見て、やはり汚い高音ではしゃいだ。


 見た目は、三十代くらいの、少し筋肉質な……男性、だろうか。栗色の長い髪を一つに結って、肩から胸に流している。フリルのついたシャツを着こなすセンスには、脱帽としか言いようがない。


 弾丸のように繰り出される言葉の数々に、フレイズは今現在の体勢のことも忘れて、ポカンと見つめた。

 魔女たるもの、少々風変わりな者には免疫がある方だと思っていたが、目の前の人は許容範囲を軽く超えている。


(え……男なの? 女なの? どっちとして接するのが正解なの?)


 あまりの衝撃に、お姫様抱っこに対するいろいろな感情が吹き飛ぶ。

 トゥイルは諦めたようにため息を吐くと、慎重にフレイズを下ろした。


「それで? 魔女様のお名前は?」


 遠慮なく接近してくる人物を、トゥイルは容赦なく蹴った。


「んもう! 痛いじゃない! やめてよ、コンフィちゃん!」


(コンフィちゃん⁉)


 ギャアギャアと叫ばれても、トゥイルは冷ややかな目でにらみつけている。

 にらまれている方はといえば至って慣れた様子で、本気で嫌がっているようには見えなかった。


「痛くしているんだ。近寄るんじゃない。変な菌が感染ったらどうしてくれる」


 二人は知り合いなのだろう。親しい間柄特有の気やすさが、彼らの間には流れている。

 フレイズはなんだか置いていかれたような気がして、少しだけ、ほんの少しだけ心細く思った。


「あら、アタシ汚くないわよう! ドレス作りに汚いのは厳禁なんだからぁ……もう〜……それで? どこの魔女様なの?」


 フレイズの前に立って壁の役割をしているトゥイルを押し除けて、ひょこりと顔を覗かせながらその人はフレイズに問いかけてきた。

 はしばみ色の目が、期待するようにキラキラと輝いている。


「お菓子の家の魔女、ですけど」


「んまぁぁ! お菓子の家といえば、フレイズ様でしょう? フォレノワールの気になる魔女ランキングトップファイヴに常にランクインしている、あの魔女様ね⁉ 初めまして。アタシはベティーズ・オランジェット。このオランジェット商会の代表をしているわ」


 そう言って差し出された握手の手は、しかしフレイズが握り返す前にトゥイルがたたき落としてしまった。


「彼女に触れるな、見るな、減る」


「いやぁね。嫉妬深い男は嫌われるわよぉ?」


 敵愾心剥き出しの凍てつくような視線を浴びてなお、ベティーズは面白そうに目をすがめて笑っている。


「それに……ドレスを作るなら、まずは採寸しないと。だから、触らない、見ないっていうのは無理ね」


「……必要最低限で」


「そんなの、当たり前よぉ。相手はレディなんですから」


 胸に手を当てて紳士の礼をするベティーズに、トゥイルは不満たらたらな顔だ。


「じゃあ、良し」


 一体、何が良しなのか。

 気付けばフレイズの身柄はベティーズとやらに引き渡されて、特別室の採寸スペースへと押し込まれていた。


(なんだか、売りに出された家畜のような気分だわ)


 早々にドレスを剥がされて下着姿になったフレイズの体を、ベティーズは慣れた手つきで採寸していく。

 採寸なんて初めてのことで、フレイズは戸惑いながらベティーズの指示に従った。


「フレイズ様。今日はウチの店へ来てくれて、どうもありがとう。ブルドロの街へ来るのは、とても勇気が要るわよね」


 ベティーズの言葉に、フレイズは一瞬驚いたように目を見開いた。

 それから逡巡しゅんじゅんするように間を置いて、微かに頷く。

 彼はそんなフレイズに、困ったような泣きそうな表情をうっすらと浮かべて言った。


「アタシの祖父の時代は魔女狩りとかあったのでしょう? 今も……ブルドロの人たちは魔女や魔法使いをあまり良く思ってはいないけれど……でも、アタシみたいに魔女に好意的な人間も、少しずつ増えてきたわ」


 ベティーズの話を聞いて、ようやくフレイズはずっと感じていた違和感の正体に思い至った。


(今日は魔女の格好を隠しもしていないのに、卵を投げつけられていないわ)


 嫌な視線も以前よりずっと少なくなっていたし、大声で怒鳴るように言われていた悪口も、今日は聞こえてこなかった。

 ぼんやりと、心ここにあらずな視線で見返してきたフレイズに、ベティーズは穏やかな顔で微笑み返す。


「コンフィズリー様が頑張ってきた成果が、少しずつ現れているのね……彼、言っていたわ。ブルドロも、フォレノワールのように魔女や魔法使いが当たり前に生活できる国にしたいって。そのために、僕が頑張らなくちゃいけないんだって……。あの時の顔、アタシ、忘れられないわ。だって、すごく愛しいって顔をしていたんだもの。……さて、採寸はこれで終わりよ。服を着たら、出てきてちょうだいね」


 ベティーズは手早く道具をしまうと、仕切られた採寸スペースから出て行った。

 残されたフレイズは、ベティーズから聞かされたトゥイルの話を反すうするように考え込む。


(ブルドロの変化は、トゥイルのおかげ……? 本当なのかしら?)


 フレイズが知るトゥイルは、いつも幸せそうで、馬鹿みたいに緩んだ顔しかしていない。

 たまによく分からないことで怒ったりもするけれど、それだって数えるくらいだ。


 ベティーズが言うトゥイルを、フレイズはうまく想像することができなかった。

 のろのろと着慣れないおさがりのドレスを着ながら、フレイズは思う。


(でも、もしも本当なのだとしたら、それは、とてつもない努力が必要だったでしょうね。ただ魔女だというだけで処刑されていたあの時代からは、考えられない変化だもの)


「すごく、愛しいって顔、か……」


 それは一体、誰へ向けた気持ちなのか。


「もしかして……」


 私のため?

 そう言いかけて、フレイズは口をつぐんだ。


「だって、無駄だもの……」


 本当に、らしくない。今までのフレイズだったら、こんな風に考え込んだりしなかったのに。

 ツキンと痛む胸に目を背けて、フレイズは思う。


(魔法解除の話……近いうちにと思っていたけれど、今日が良いかもしれないわ)

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