第21話 デートをするのに貢ぎ物が必須じゃないなんて!
ブルドロの首都へ着いたのはお昼前のことだった。
久々に来たブルドロの町は、フレイズの記憶にあるものよりずっと華やかになっている。
「ほぁ……」
上京してきたばかりの田舎者のように、フレイズは口をポケーッと開けたまま、辺りを見回した。
大通りには街路樹や花が植えられ、舗装された石畳の上を立派な馬車が走っている。道沿いにずらりと並ぶ建物には色鮮やかなテントがついていて、一番手前の店には『ベーカリー・クイニー』『ビストロ・ブルダルー』とそれぞれ書いてあった。
「この通りは、食べ物のお店が多いのね」
香ばしいパン、温かそうなスープの香りに、ついつい足がそちらへ向きそうになる。
「そう、ここは食べ物関係の通りになっている。最奥に広場があって、そこで毎日市場が立つせいだろう。クイニーはクロワッサン、ブルダルーはビスクやポトフがおすすめだ」
目の前に並ぶ店は、フレイズのような一般人には少々お値段が高そうな雰囲気がある。
頑張った日のご褒美やお祝いの日に利用するのにちょうど良いのか、着飾ったカップルが仲睦まじい様子で料理店へ入って行くのが見えた。
「あんた、やけに詳しいのね?」
一般人にはご褒美でも、王族が入って良いような店には見えない。
どうしてそんなことまで知っているのと不審そうに見てくるフレイズに、トゥイルは苦笑いを浮かべて言った。
「まぁ、これでも一応、王族だからな。属国のこともいろいろ勉強している」
もともとはフレイズのためとはいえ、恩着せがましく『ブルドロを属国にした責任を取って、この国の発展に貢献している』なんて言うつもりもないトゥイルは、サラリと流すように応えた。
その言葉にどこか納得いかないような顔をしながらも、それ以上突っ込む気はないのか、フレイズは「ふぅん」と気のない返事をする。
「それよりも、今日は何を置いてもドレスだ」
「そうね。知り合いの店っていうのはここから近いの?」
「隣の通りだから、そう遠くない。こっちだ」
言いながら、トゥイルはフレイズの腰にそっと手を回した。
彼のしぐさがあまりにも自然で、違和感を抱かない。普段のフレイズなら手をたたき落としていただろうに、抵抗することも忘れておとなしくついて行く。
お菓子の家では密室ということもあって純朴な少年のようになっているトゥイルだが、外では違うようだ。
久しぶりの外界に驚きながらゆっくり歩く彼女に合わせて、トゥイルも速度を落として寄り添うように歩く。
トゥイルの知り合いの店だという『メゾン・ド・オランジェット』は、立派な店だった。
最初に見たパン屋や料理店の二、三軒分はありそうないかにも高級そうな店構えに、フレイズは入り口に立ってピシリと凍りつく。
(この店構えで、お手頃価格はないでしょう。王族のお手頃価格を甘く見ていた私が悪いのかしら……? でも、普段着ているものを見ていたのだから、どの程度が私の普通なのか分かるものじゃない? 仮にも惚れた腫れたと言っているなら、そのくらい気づいてくださいよ……あ、それともアレですか? お金持ちがやる、アレ。この棚ぜーんぶいただくざます、をやるつもりとか? さすがに棚ひとつ分購入したらそれなりに割引はありそうだけれど……うーん。それはそれで、見てみたい)
それでも、フレイズが自由に使えるお金では、とても足りそうにない。
ギギギ、と壊れたおもちゃのように頭だけでトゥイルを振り返ったフレイズは、言葉を知らない異国人のように言った。
「オカネ、タリナイ。ココデハ、カエナイ」
「大丈夫だ。ここの店主は変わり者でな。魔女の衣装を作ることを生きがいにしている。謎に包まれたお菓子の家の魔女なんて来たら、どんな金持ちよりも歓待するぞ」
「ウソヲツクノハ、ヤメロ。ワタシハ、ダマサレナイ」
「ウソなものか。ほら、こんなところで立ち尽くしていてもドレスは買えないぞ。さぁ、行こう」
意地でも動こうとしないフレイズの腰を抱えあげ、トゥイルは意気揚々と店へ入った。
カランコロンと、軽やかなチャイムが店内に響く。
「あぁぁぁ……入っちゃった。どうしよう。どうしましょう。私のお金じゃ、足りないのに!」
トゥイルに抱えられたまま、腕と足をプランとさせてフレイズは項垂れた。
店内には、至る所に煌びやかなドレスが飾られている。一番奥でトルソーが着ている黒のドレスは、特に輝きを放っているようだった。
(黒なのに、眩しいっ! 目が焼けてしまいそうっ)
わぁぁと手で目を覆うフレイズが、泣きべそをかいているように見えたのだろう。トゥイルはおかしそうにクスクスと笑った。
「足りなかったら、僕が貸してやろう」
「そこは買ってやろうでしょう」
「……意外だな」
トゥイルの言葉に、フレイズはふてくされたような顔をして、彼を見上げた。
「なにがよ」
前に「意外だ」と言われた時、彼はパンケーキのお礼を言ったフレイズにそう言っていた。
一体、フレイズはどんな女だと思われているのだろう。
底抜けに世間知らずな阿呆だと思われているのかもしれないと、腹立たしく思った。
「僕が買っても、良いのか?」
「駄目。あんたが買ったら、これはデートになるから」
「なんだ、それは」
「師匠はデートに行くと、いつも貢ぎ物をもらっていたわ」
「それでか……」
デート=貢ぎ物。
確かに、そういう関係も世の中にはあるだろう。
恋愛成就の神さまとも呼ばれるシュゼットは、気に入った恋を応援する魔女だが、気に入った男を見境なくとりこにして腑抜けにしてしまう、愛欲の魔女という一面も持っている。
トゥイルは『男が女性に服を買うのは脱がせたいから』という意味で言っていたが、愛欲の魔女を師匠に持つ彼女にはなかなか伝わらないようだ。
小脇に抱きかかえていた彼女の足を抱え上げ、今度はお姫様抱っこにして目線を近づけると、トゥイルは真剣な面持ちで言った。
「いいか? デートをするのに、貢ぎ物は必須ではない」
一気に近づいた距離に、フレイズの真っ白な頰が赤く色づく。
わなわなと唇を震わせて何か言いたげにしている彼女に構わず、トゥイルは続けた。
「そもそも僕は、朝一でフレイズにそれをプレゼントしたから、その言い分だとこれはデートになる。僕としてはデートで構わない。フレイズの気持ち次第で、これはデートにもそれ以外にもなるが?」
それ、とトゥイルの目がフレイズの耳元を見つめた。
薄紫色をした綺麗な花が一輪、そこにある。
(わ、忘れてた!)
あまりに自然な流れでトゥイルがそこへ刺していたものだから、フレイズは花のことなんてすっかり忘れていた。
慌てて花を取るのもなんだか
こういう時はどうするのが良いか分からず、フレイズの手はオロオロと花を触っては離してと繰り返すのだった。
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