第30話 行方不明の子どもたち
オペラ辺境伯が治める領地は、フォレノワール王国に限りなく近いブルドロ国内にある。
ブルドロの首都からはかなり遠く、フォレノワールの王都へ行く方が近いくらいだ。
フォレノワールに近いせいか、それともブルドロの王都から遠かったせいなのか、お国柄と相反するようにオペラ辺境伯は代々魔法使いや魔女に寛容だ。
現当主ビュッシュの息子であるノエルはブルドロでは珍しい類い稀なる魔力量の持ち主で、ゆくゆくは魔法使いに弟子入りするのでは、とうわさされるほど。
そんな未来ある少年が、行方不明になった。
報告を受けたトゥイルは直ちに捜索隊を結成したが、数日経っても、数週間経っても消息は掴めないまま。
おかげでトゥイルは、フレイズに逃げられてから一度もお菓子の家へ行くことが叶わず、執務室で寝泊まりする日々を送っていた。
同時に彼は、ベティーズから聞いたうわさのことも調査し始めた。
もしかしたらノエルの行方不明がそれと関係しているのかもしれないと、思ったからだ。
「お待たせいたしました、トゥイル様。ご命令通り、村の子供たちについて調査いたしましたわ」
長い髪をなびかせ、ヒールの音を響かせながらやって来たのは、シュゼットだった。
よほど急いで戻ってきたのか、髪は乱れ、服は少々よれている。それほどまでに状況が悪いのだと、トゥイルは悟った。
「ベティーズから聞いたうわさは本当だったのだな?」
トゥイルの問いかけに、シュゼットは静かに頷いた。
持っていた書状をクルクルと広げると、重々しく口を開く。
「ええ。はじまりは、お菓子の家の近くにある村だったようです。あの村はかなり貧しく、子どもを捨てることもよくあることだったので、役人はいつものことだと捨て置いていたようですわね。そこからじわじわと広がるように範囲を広げていって……現在、確認できている行方不明者は十五人。ノエル様を含めると、十六人ですわ。全員、男。それも、十二歳から十五歳までの少年ばかり」
「女の子ではないということは、娼館による人攫いなどではないな。男ばかり集めてどうするつもりなのか……」
男ばかり、十六人。それも、働き手になりたての少年ばかり。
ふと、トゥイルはある子供たちのことを思い出した。ポヴィドルと、ポヴィドルに似た黒い子猫に暴力をふるっていた、子供たちだ。
「待て……彼らは、なんと言っていた……?」
そうだ、子供たちは言っていた。
『じゃあ、こいつが悪い魔女の手下なんじゃない?』
『きっと、そうだよ! 子供を食べる悪い魔女の手下!』
トゥイルはあの時、子供たちは先代の
だがそうではなく、フレイズのことを指していたのだとしたら──?
「シュゼット。僕は以前、傷ついたポヴィドルを連れて帰ったことがあっただろう?」
「ええ、ありましたわね。ポヴィドルが、村の子供たちの様子がいつもと違うと言っていて……まさか」
「そのまさかだろう。あの時から、何かが始まっていたのだ」
トゥイルは机の腕で手を組んで、じっと思案した。
一体何が起こっているのだろう、と。
「トゥイル様。子供たちもですが、他にも気になることがもう一点。近頃、サントノーレ・ブルドロがおかしな動きをしているようです。なんでも、大量に干し肉などの保存食を買い漁っているのだとか」
「あいつの奇行はいつものことだが……ちょっと気になるな」
「そう言うと思いまして、既に配下の魔女に調査させておりますわ」
「シュゼット……助かるよ」
ふぅとため息を吐くトゥイルは、随分と厳しく見えた。眉間に刻まれたくっきりとしたしわが、そう見せるのかもしれない。
シュゼットは「あらあら」と、困ったように眉を下げた。
「ご褒美はオランジェット商会の新作帽子が良いですわね。羽飾りと宝石が付いていて、とてもかわいいのですよ」
「分かった。考えておく」
「それから……」
「なんだ。まだあるのか?」
「キスの講座、お役に立ちましたでしょう?」
「……っぐ!」
トゥイルの額が、ゴンと音を立てて執務机の上に落ちた。
痛そうな音に、シュゼットはクスクス笑う。涙目でにらんでくるトゥイルに、彼女は愛欲の魔女らしい妖艶な笑みを返した。
「うふふ! わが弟子をメロメロにしてくださったみたいで……ありがとうございます。この一件が終わりましたら、ぜひ、迎えに行ってあげてくださいませね。あの子、かなり混乱しておりましたから」
「シュゼット」
「今はそれどころではないと仰るのでしょう? でも、そんな魔王のような顔をしていたら、他の方は怖がって近寄れませんわ。あなた、顔が良いから余計に怖いのよ。笑えとまでは言いませんけれど、こういう時だからこそ、余裕を持たなければ」
胸を張ってエッヘンとしてみせるシュゼットに、トゥイルは肩の力が抜けるようだった。
溜め込んでいた淀みを吐き出すように深呼吸をすると、どれだけ気持ちが張り詰めていたのかよく分かる。
「……すまない」
「いいえ。でも、フレイズのことはその通りですから。恋に奥手な子ですけれど、大切にしてやってくださいませね」
「もちろんだ」
持ち直したように穏やかで柔和な微笑みを浮かべた主人に、シュゼットは満足そうに頷いた。
「さて。では行って参りますわ」
「すまないな。頼む」
「お任せくださいませ」
シュゼットは優雅に淑女の礼をすると、ヒールの音も高らかに去って行った。
一人部屋に残されたトゥイルは、机の片隅に置かれた一通の封筒に目を落とす。
「ドレスを届けるついでに、仲直りするつもりだったのだが……」
残念そうに呟くと、トゥイルは机の引き出しから便箋と封筒を取り出した。
サラサラとつづるのは、フレイズへの変わらぬ気持ちと、会えないことの寂しさ、それから状況が一向に良くならない現状──。
「はぁ……毎日会っていたから、つらいな」
フレイズの目のような真っ赤な封蝋を垂らしながら、トゥイルは重いため息を吐いた。
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