第36話 善くも悪くも魔女なのです
和やかな雰囲気が漂う中、全てが丸く収まったかのようだった。
鳴り止まない拍手にただ一人、大魔女シュゼットだけはスッキリしない顔をしている。
シュゼットは、村の人々のことを許せないでいた。
村人たちはフレイズのことをよく知りもしないのに忌み嫌い、体調が悪くなると彼女を頼った。
フレイズが薬を無償で提供することに当たり前な顔をする彼らが、シュゼットは虫唾が走るほど大嫌いだった。
フレイズがそれでいいと言ったから、目をつむっていてあげただけだ。
いつまでも家族を忘れられない、哀れでかわいい弟子のために。
もともと我慢ならなかったのに、村人たちはさらなる罪を重ね続けた。
シュゼットはもう、限界だった。フレイズのことを尊重できなくなるくらい、村人たちを憎く思う。
「めでたしめでたしに、なるとお思いですか?」
拘束したサントノーレの頰を腹立ちまぎれにピシャリと引っ叩いて黙らせると、シュゼットは彼を引き摺りながら階段を下りていった。
トゥイルもフレイズも、そして近くに居た村人たちも、目が離せない。
春の妖精のような
「私は納得しておりません。だってあなた方は、いつも自分のことばかり。自分の子供を助けてもらっておいて、お礼の言葉もない。彼女に人喰いの汚名を被せても、謝罪一つしない。高価な薬を無料で提供されても、当たり前だと思っている」
禍々しい気配が、シュゼットから漏れている。
彼女を最も近くから見ることになったサントノーレは、猫ににらまれたネズミのようにブルブルと震えていたが、恐怖のあまり一瞬で意識を失った。
意識のないサントノーレは重いだろうに、シュゼットの歩みは止まらない。
「フレイズの処方する薬は、ブルドロでは貴族がやっと買えるような代物なのですよ。あなた方が一生働いても買えないようなものなの。それを、なに? 森に住まわせてやっているのだから当然だとでも? 言っておくけれど、彼女が森に住んでいるから、人喰い狼は村に出ないのよ。彼女がいなければ、村なんてとうの昔に壊滅しているわ。フレイズは優しい子だから、あなた方を捨て置けなかった。私が言っていることを、あなた方は理解できている?」
シュゼットに言われて、村人たちは気まずそうに表情を曇らせる。
うそだと糾弾する声が上がらないのは、真実だとわかっているからだろう。
(魔女である私を忌み嫌うのは、仕方がないこと。薬を渡したのだって、私のエゴに過ぎないわ……)
謝罪なんていらない。
そう言おうとしたフレイズの口を、トゥイルが止める。
重苦しい空気が流れる中、ひとりの少年が覚悟を決めたように勢いよく頭を下げた。
「魔女様……ごめんなさい。それから、僕たちを助けてくれて、ありがとうございました。あなたのおかげで、僕たちはこうして家族にまた会うことができました。本当に、ありがとう」
勇気を振り絞って謝罪してきた少年は、あの日ポヴィドルを攻撃していた子供の一人だった。
「その……今まで、すまなかった」
「知らなかったこととはいえ、恩人になんて事を言ってしまったのか……申し訳ございません」
「そんな高価なものだったのか……ありがとう、ありがとう、魔女様」
少年の言葉に後押しされてか、親たちから言葉少なに謝罪と感謝の言葉をポツリポツリと出てくる。
シュゼットとしては、まだまだ物足りない。
だが当の本人であるフレイズは、彼らの言葉に目を潤ませて感激していた。
「もう。欲がないのだから……」
少し不満げに頰を膨らませるシュゼットは、もういつもの彼女だった。
春の妖精のような微笑みを浮かべて、彼女は愛弟子を見つめる。
今度こそ、幸せな終わりが見えてきた。
そんな中、遥か上空から箒に乗った四人の魔女たちが降り立つ。
トゥイルは彼女たちの姿を認識するなり、「ゲッ」とらしくもない声を漏らした。
降り立った四人の魔女たちは、シュゼットを見つけてそれはもう嬉しそうに破顔する。
「お久しぶりです、シュゼット様」
「代わりのお肉が育ったと聞いて」
「私たち、急いで参りましたのよ」
「それで? お肉は、どこですか?」
四人の魔女たちは、スペキュラース山の魔女たちだった。
かつてトゥイルを煮て食べようとしていた魔女たちを、シュゼットはにこやかに迎える。
「お探しのものは、これよ」
シュゼットが無造作に差し出したのは、気絶していたサントノーレ。
恐怖のあまり顔面が蒼白になったままだが、魔女たちは気にならないらしい。
「金の巻き毛に、ながぁいまつ毛」
「真っ白な肌に、薄紅色の唇」
「若くてプリプリしていそう」
「とっても綺麗」
サントノーレも王族の血筋だけあって、それなりに容姿が整っている。
魔女たちは嬉しそうに、サントノーレを受け取った。
「シュゼット様。良質なお肉をくださり、感謝いたしますわ。それでは、この子をもらっていきますね!」
唐突に現れた四人の魔女たちは、これまた唐突に、楽しげに歌を歌いながら飛び去っていった。
人々は状況についていけずポカンと口を開けたまま、連れ去られるサントノーレと魔女たちを見送ることしかできなかった。
「し、師匠? 彼女たち、本当に食べたり……しませんよね?」
「あら、どうかしら?」
意味深に笑う師匠に、フレイズは引きつった笑みを返した。
ざわつく村人たちに、シュゼットはニンマリと意地悪な笑みを浮かべる。
「世の中にはね、死刑よりも怖いお仕置きがあるのよ。これに懲りたら、魔女を無碍にしないことね。魔女は良くも悪くも魔女なのよ。大事にすれば善き魔女に、そうでなければ……お分かりでしょう?」
鈴が鳴るような可憐な声で紡がれる言の葉は、呪いの言葉のようだった。
ゾッとするようなその響きに、村人たちはコクコクと何度も頷く。
「うふふ! 分かってもらえたようで、良かったわ。これからも、私のかわいい弟子をよろしく頼みますわね」
場を和ませるように、フレイズのおなかがキュルリと鳴く。
恥ずかしがる彼女を隠すように抱きすくめたトゥイルは、「お昼は僕が作るよ」と彼女の頰へキスを贈ったのだった。
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