第二章 

第33話 私、帰省しちゃいます!

 大学生の実家への帰省は楽しみなものではない。どうせ食生活がどうとか、口酸っぱく言われるのがオチなのだ。


「あの…陽葵ひまり。私ちょっと緊張してきました」


 そう言ったのは私の恋人である吉川よしかわ結花ゆいかちゃん。まっすぐに伸びた黒髪が特徴的な華奢な子だ。先日、私が告白をして、お付き合いをしている。


「だっ、大丈夫だよ…!きっと!」


 色々なことが重なって結花ちゃんと一緒に帰省することになった。結花ちゃんの大丈夫だと言う言葉に自信が持てるはずもなく、私も緊張してきてしまった。


「なんか、陽葵を見ていたら安心してきました」

「どういうこと!?」

「いえ、私がしっかりしないとな、って思っただけです」


 ひどいな!


 私だって結花ちゃんと一緒じゃなければ緊張しない。でも一緒じゃなければ物足りない気もする。

 それほどまでに私は結花ちゃんのことが好きだ。いまならはっきりそう言える関係だ。


「今日はどういう順番で動くんでしたっけ?」


 今日の日程はこんなものだ。新幹線と在来線を乗り継いで私の実家の最寄り駅まで行く。最寄り駅までは両親が車で迎えに来てくれているのでそれに乗る。私の実家に着いたらあとはだらける!


 結花ちゃんにそれを伝えると随分大雑把ですねと言われた。去年もこんな感じで帰省できた私を舐めないでほしいわ!



 新幹線と在来線を乗り継いで私の実家の最寄り駅に着いた頃には夜に近かった。夏休みを利用して遠出する人が多かったのか電車はとても混んでいた。


「着きましたね!」

「うん。そうだね。私のパパとママを探さないと!」

「パパ、ママって呼んでるんですね…」

「あっ…」


 言わないように気をつけてたのに!


 大学生にもなって「パパ」「ママ」と呼んでるのがバレたら恥ずかしいのだ。場合によっては馬鹿にされたりもしそうだし。


「別に気にしなくていいんですよ。そういうことろも可愛いです」

「いや、可愛いじゃなくて幼いでしょ」


 改札を出ると少し懐かしさを感じる。高校時代も使っていた駅だからかもしれない。

 パパとママの姿は見つからない。いつも帰省すると駅まで迎えに来てくれるので不思議だ。


「パパとママはまだ来てないね…」

「そうですね…」


 パパとママという呼び方もさっきは恥ずかしかったけど、もう気にしない。バレちゃったものは仕方ないのだから。


 それから数分待ってもパパとママは来なかった。


「ちょっと電話してみるね」

「はい」


 結花ちゃんはコクンと頷いた。


「あの…ママ?………えぇぇぇぇえ!」


 ママに電話をする。そして私はやらかした。


「どうしたのですか?」

「あの…ものすごく言いにくいんだけど…」


 私は、なにも包み隠さずに言った。


「実はパパとママに帰省するって伝え忘れてたみたい…。それで、パパとママは旅行で海外に行ってるって…」


 最近は、色々と手一杯だったのだ。結花ちゃんと遊んだり、帰省の準備等々に追われていて、肝心の帰省する旨を伝えるのを忘れていた。


「でっ、でも、家は使って良いって言ってたから、問題はないよ!」

「そうですか…。陽葵とホテルでふたりっきりかと期待しましたよ」

「変なこと言わないでよ!」


 結花ちゃんはこんな状況なのにもかかわらず、くすっと笑った。


 *


 私の家までは最寄りの駅からバスで数十分だ。田舎だから、少し遠いけれど、この生活は好きだった。


「ここが、陽葵の実家なのですか!」

「うん」


 玄関に立つと、結花ちゃんはわぁーと声をこぼす。

 私の実家、といってもどこにでもある普通の家だ。それに結花ちゃんのお家と比べたら、絶対に見劣りする。


「さっ、入ってよ。軽く案内するね」

「はい。ありがとうございます」


 玄関のドアを開ける。鍵は上京したときにもらっていたのでそれを使う。

 玄関に入ると家の懐かしい匂いが押し寄せてくる。私は実家に帰った時のこの匂いが好きだ。心が安らぐような、そんな瞬間だ。

 それに私は学校よりも家が好きだったからだろうか。


 でもいまは大学だって楽しい。それは間違いなく結花ちゃんがいるからだ。


 結花ちゃんには荷物をリビングの端に置いてもらって、一通り部屋を案内する。

 実家は私がいた時とほとんど変わらないままだった。私の実家は一階にリビング、和室、キッチン、お風呂などがあって、二階に私の部屋、弟の朔の部屋、そして寝室がある。


 もう夜になっていた。もともとはそんな予定じゃなかったけど、電車の混雑に私の連絡不足、等々でこうなってしまった。


「結花ちゃん、先にお風呂入ってよ」


 結花ちゃんはお客様という位置づけだから、私はそう言った。


「陽葵と…一緒に入りたいです…」


 こうなるだろうと、少し予測はしていた。というか期待してはいた。でも実際に言われると小恥ずかしい。


「うん。じゃあ一緒に入ろっか」


 恋人同士が一緒にお風呂に入るのは普通のことだ。だから前みたいに否定はしないし、むしろ嬉しかった。

 結花ちゃんと一緒にいる時間が増えてほしいと思っているからだ。


「今日は陽葵、素直ですね…」

「そうかな…」


 結花ちゃんと付き合い始めて初めての外出だ。だから自分の気持ちに素直になりたいと思った。


「じゃあ、洗いっこしましょう!」

「えっ」

「いいじゃないですか!!」

「恥ずかしいよ…」

 洗いっこという言葉はものすごく魅力的だ。私だってしたい。結花ちゃんの肌に触れたいし、私に触れてだってほしい。

 でも、私は結花ちゃんほどスタイルが良いわけではない。結花ちゃんは「平均的ですよ」と言ってくれるけど、恥ずかしいものは恥ずかしい。


 お風呂に入るだけなら、問題はない。一度経験したというのもあるし、恋人同士だ。


私は期待と不安を持って、結花ちゃんが待っているお風呂に入った。


 *


 結花ちゃんとお風呂に入った。エッチなことはしていない、と思うけど、私の精神は大幅に削られた。


「結花ちゃん。晩ごはんは何にしようか?」

「そうですね…。私は好き嫌いとかないですから、何でも構いませんよ」


 それは知っている。この前結花ちゃんが私の家に泊まったときに知った。


 あーもう。それが一番困るんだよ!!


 両親は海外旅行に行ってるから、冷蔵庫にはなにもないし、いまから買い物にいくのもな…。


「じゃあ、出前とかどう?」


 私が頭からひねり出せた、最も良さそうな答え!


「出前…ですか?」

「うん。どう?」

「いいですね!私、実は出前を取ったことがないんですよ…」


 でた…。結花ちゃんのお嬢様の部分が。


「じゃあ、初めての出前だね」

「はい!」


 良く考えてみると、私も出前を取るのは久しぶりだ。一人暮らしをするようになって、朔と一緒に住むようになって、自炊ばかりだ。


 確か実家には出前のチラシをストックしてあったと思うので探す。リビングの棚の一番下の段から取り出して、ダイニングテーブルの上に並べる。


「じゃあ、結花ちゃんどれが良い?」

「うーん。たくさんあるんですね!!」

「うちはしょっちゅう出前を取るから、チラシを貯めてあるんだよね…」

「そうなんですか!」


 うーんと結花ちゃんはチラシを一枚一枚丁寧に眺める。


 別に直感でこれがいいって選んでくれていいんだけどね…。


「じゃあ、これはどう?」


 私が選んだのはピザだ。出前の定番とも言えるけど、私は結構好きだ。


「ピザですか…。いいですね!」

「じゃあ、どれにしよう?」


 結花ちゃんからも好感らしいので、ピザにする。チラシにはマルゲリータ、ツナマヨ、シーフード等、色々な種類のピザが載っている。


 2人で話し合った結果、定番のマルゲリータとシーフードにすることになった。


 初めて出前を取った結花ちゃんの目は輝いていた。








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マッチングアプリで出会った大学一の美少女に好意を寄せられて困ってます! 赤松奏 @sonandesu

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