第16話 留学なんてしたくありません!
※吉河結花視点です
「お父様。やっぱり昨日の件についてなのですが・・・。」
吉川結花は都内にある吉河産業の本社の社長室にいた。
吉河産業とは明治の産業革命時に欧米の技術を取り入れ現在の子会社は300超えの日本のTOPに君臨する企業だ。
静まり返ったその部屋で結花は弱々しい声で言った。社長室にいるのは結花とその父にして吉川産業社長の、
昨日の件とは結花が陽葵の家で泊まることになった原因だ。
<それは昨日の夕刻のこと>
夕刻、父である吉河大樹が家にやってきた。
マンションの最上階の部屋は父から与えられたものなので来ることに問題はないが普段来ることはないのでなにかあったのだろうか。特に何事もない様子で普通に家に上がって来る様子に少し違和感を覚えた。
「結花、久しぶりだな。一年ぶりくらいか?」
「お久しぶりです。お父様」
「おぉ。元気そうでなによりだ。」
大樹の声は淡々としているがいつものことだ。大樹は仕事優先であるため家族となにかすることはない。結花もこんな父だと分かっているので特段話すことも話したいこともない。
大樹がリビングのソファに座るとお手伝いさんたちが紅茶とお菓子を机に運ぶ。かたっとお皿がなると結花が話しかける。
「お父様。今日はどのようなご用件ですか?」
「お前の将来に相応しい選択をしてもらいたい。」
「どういうことですか?」
「アメリカの大学に留学しろ」
「・・・」
「アメリカだから英語が話せれば大丈夫だ」
結花にとって言語なんてどうでも良かった。
そもそも海外に行ってしまったら陽葵に会えなくなってしまう。それは絶対に嫌だ。まだ最近仲良くなったばっかなのだ。
「いつからですか?」
「今年の9月からだよ」
いまは7月。準備の時間を含めると少なくとも8月中頃には日本を経たなくてはいけない。
「嫌です・・・。」
勇気を出し切っていないような弱々しい声。この声は沈黙に消えていくようだ。
これが結花の親への初めての反抗だった。いつだって結花は大樹の言うことに従って生きていた。それが正しいと信じていたわけではないが従うべきだという義務感のようなものがあった。
「たった数年の話だぞ」
「お父様にとってはそうかもしれないですけど・・・」
「まったく誰の金でここまでいい暮らしをしてると思ってんだよ。」
大樹は声を荒げるとお手伝いさんの間にも沈黙が走る。
「そんなことを言われても嫌なものは嫌です。自分の人生くらい自分で決めさせてください。」
父親に反抗するということに多少の勇気は必要だった。だけどこのまま父の言う通りになるのは嫌だった。だから自然と言葉を発することができた。
「落ち着け。よく考えてみろ。これはお前にとってもいい話だ。」
「どこがですか。」
「海外の大学には優秀な学生が集まる。そんな環境で勉強できる人間は少ない」
「それはそうかもしれないですけど」
「経営権を持たない結花への配慮だろうが」
大樹の強めの言葉に結花は萎縮してしまう。
吉川産業は兄の祐樹が継ぐことになっている。それに関して結花自身は経営したいなんて全く以て考えていなかったのだから問題はない。
「私は別に会社を経営したいわけではありません。」
「今はそう思っているかもしれない。でも今後絶対に後悔することになるだろう。」
大樹はそう確信するようにそしてたしなめるように言った。結花は陽葵と離れるの
が嫌なのだ。経営なんてどうでもいい。ただ普通の暮らしができれば。
きっと我が家は普通ではない。そんなことずっと前から気がついていた。だけど陽葵と出会ってから更に重く自覚させられた。
陽葵が弟のために早く帰ったり家事をやったりするのだって優しさからだけでなく家族愛というものだろう。結花にはまだ味わったことのないものだがきっと素晴らしいものなのだろう。
「私は普通に生きたいのです」
「普通とはなんだ。平民のように生きることが普通だと考えるのなら愚かなことだ」
今の時代一般人を平民と呼ぶ人が少ないのを知っている。そういう点で大樹の考えは少し古くて封建的だ。
「私が求めるのはお金でも高位に在ることでもありません。お父様はちっとも家庭を顧みないじゃないですか。」
「家族愛が欲しいならよそへ行け。うちには果たすべき義務があるんだ。いい加減それをわきまえろ。」
大樹は息を大きく吸ってそう叫んだ。勘当だと言い放つように。結花が求めていた愛はそこには無かった。もともと開いていた溝は限界に達するまで深くなってしまった。
「もう良いです。私はここに居たくありません。」
そう言って結花はリビングを出る。
ただ結花は一刻でも早くこの場を去りたかった。そもそも父親が無理と言ったら無理なのだ。そこに娘が介入できるはずがなかった。
怒鳴ってまともに話にならないなら逃げ出すしかないのだ。真っ向から戦って勝てないのなら・・・。
なんて考えていると目に涙が溜まってくる。自分ではどうしようもない悔しさからかそれとも父からの強めの言葉からの恐怖か。
こうして吉河結花は途方に暮れたのだった。
「やっと決断する気になったか」
大樹の口元は弧を描きなにかを確信するようだ。
「はい。私はお父様のご采配に従います」
私が未熟だった。お父様に逆らうなんて間違っていたことなのだ。
私の生活は多くの社員と顧客によって成り立っている。だから私にはそれに答える義務がある。
「そうか。それなら諸々の手続きを済ませておく。日本を経つのは来月だろうから準備を進めておきなさい」
「はい」
そう軽く返事をすると結花は社長室を去った。
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