第17話 結花は伝えたい

 ※吉河結花視点です


 7月中旬、夏休みへのカウントダウンが始まってきている季節のことです。



 今日は大学があります。ということは陽葵に会えるということです(たぶん)。


 そのことが陽葵と出会ってからの私の数少ない楽しみとも言えるような気がします。なのに陽葵の顔を見ると胸の鼓動が早くなって顔が熱くなるのです。


 私の朝は早いです。

 小、中、高と続いてきた生活習慣を変えるのは難しくて陽葵のように夜ふかしをしたり朝までゆっくり寝てたりすることにも少し憧れます。


 用意されたいつもの温かい朝食もどこか機械的な味がします。


 家でも外でも私は知らずに力が入ってみたいです。だけど陽葵と一緒にいるとどこか心が休まって本当の自分が出てしまうときがあるような気がします。



 そんな私は今日陽葵に留学の話を伝えなければいけません。なんて伝え方は考えてないけど心優しい陽葵なら受け入れてくれるはずです。


「行きたくない・・・なんて言えませんしね」


 陽葵と一緒にいたいと思っていたのに一緒にいるどころか距離は離れてしまいます。きっとそんなことをしていたら疎遠になってしまうのは分かりきっています。


 そう考えると胸の奥がツンってなって、なんて表現したらいいのわからないですけど、嫌だな・・と感じてしまいます。




 じりじりと地面を陽光が照らしそれは私にも降りかかります。日焼け止めを塗っていても心配なものは心配です。陽葵の肌ほどではなくとも美しく保ちたいと思うのです。


 まあ陽葵の肌はどちらかと言うと赤ちゃんみたいですけどね・・・。


「あっ。おはよ。結花ちゃん」


 明るくて優しい声がしたほうに振り向くと半袖にロングスカートの陽葵が立っています。


「おはようございます。相変わらず髪ボサボサですね・・・」

かす時間がなかったんだよね。結花ちゃんはちゃんとしてるね」

「そうですか。でも陽葵は肌が綺麗で羨ましいです」

「そうかな。・・・あっ」


 陽葵は何かを思い出したように焦り始めます。


「どうしたのですか?」

「日焼け止め塗ってくるの忘れちゃった。途中でコンビニ寄っていい?」

「お間抜けさんですね。いいですけど私の日焼け止め使ってください」

「うん。ありがとう」


 陽葵は表情豊かだと思います。日焼け止めを忘れただけで絶望したような顔です。

 まあそんなところも可愛らしいんですけどね。


 カバンから日焼け止めを取り出して陽葵に手渡すとすぐに塗り始めます。陽葵は肌の手入れには凝っているようできれいな肌は羨ましいなと思ってしまいます。



 なんて陽葵のことを見ているといつもより陽葵が輝いて見えます。

 本人は日焼け止めを塗るのに必死で気づいてないっぽいですけど。


「あっ。結花ちゃん。塗り終わった。ありがとね」

「いえいえ。気にしないでください」


 はっきり言って私にとって日焼け止めの少しなんて端金に過ぎないのです。そこまでお礼を言われるほどではありません。


「ねぇ。結花ちゃん、今日暇?」

「暇ですけどどうかしましたか?」

「駅前に新しくできたカフェ、行ってみない?」

「いいですね。講義が終わったら行きましょう!」

「うん」


 最近はこうやって陽葵から誘ってくれることも多くなりました。私の想いの一方通行みたいな感じの昔よりよっぽど嬉しいのです。




 大学につくと大体同じ部屋で授業を受けます。学部学科が同じメリットですね。


 陽葵の隣で講義を受けるのも当たり前になってきています。講義の間にひそひそ話すのにも憧れていた時期があったことを思い出します。

 今日は陽葵に合わせて遅め家をでたので席は後ろにちょこんと腰掛けることになりました。


 あっ。


 そういえば陽葵に留学の件を伝えなくてはいけませんね。陽葵はどんな反応をするのか見当もつきません。


 留学したら陽葵と会えなくなってしまうのでしょうか。


 まだ仲良くなったばかりなのにお別れだなんて嫌ですよ・・・。


 お父様のせいで大学の講義も耳に入って来ません。真横をチラッと見ると私の悩みなんてつゆ知らずに陽葵はシャープペンシルを頬に当てて考え込んでるようです。


 陽葵は細かいことは気にしなさそうですね・・・。


 なんて考えていると目頭が熱くなってきます。

 陽葵と離れたくないとかそういう単純な感情だけじゃない気がして心がもやっとしてきてしまい涙が溢れます。


「どうしたの?結花ちゃん」

「なんでもありませんよ」


 陽葵は気にしないでくださいと言うと寂しそうな表情が帰ってきます。申し訳なく感じますが流石に講義の最中に話す話でもない気がしたのです。


「そっか。なんかあったら相談してね」

「はい。もちろんです」


 誰かの前で泣いてしまったのはいつ以来でしょう。

 吉川家の長女として正しい振る舞いをしてきたつもりです。だから人前で涙を流すのは言語道断だと思っていました。


 陽葵のそばを離れたくないという思いと陽葵の包容力が混じった結果がこれです。


 どう転んでも陽葵のせいじゃないですか!

 いい意味で、ですけどね。


「ねぇ。結花ちゃん」

「えっ。あっ。はい」


 急に話しかけられてうろたえてしまいます。そういえば陽葵から話しかけてくるのは珍しいですね。


「さっき言ったカフェなんだけどパンケーキが美味しいらしいんだよね。一緒に食べない?」

「いいですね。甘いものは好きです」


 きっと浮かない顔をしていた私に気分を変えさせるために話を振ってくれたのだろう。

 もう・・。陽葵は優しいですね。そういうところも大好きですよ!!


 留学のことは忘れて今日は陽葵を愛でることに専念しましょう!!



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