第31話 沈む夕日には告白がつきもの!?

 真っ赤な夕日に誘われるようにテラスまでやってきた。


 東京湾を股にかけるレインボーブリッジは沈みゆく太陽を眺めている。これが東京かと思うが東京に来てもう2年目だ。


「ねぇ。結花ちゃん」

「どうしたのですか?陽葵」

「やっぱり。なんでもないよ」


 言葉を発すれば返ってくるのは優しい返事。それだけで嬉しくなってしまう。だから名前を呼んだと言ったら怒られてしまうだろうか。たぶん結花ちゃんは怒らないけどね。


 夕方と言ってもまだ暖かい。スーと息を吸うと潮風が鼻を刺激する。地元には海があったからか少し懐かしさを覚えるが都会の喧騒とやらにはまだ慣れそうにない。


「そうですか。今日の陽葵はいつもより可愛いですね」

「かっ、結花ちゃんこそ」


 私に可愛いという言葉は似合わないだろう。可愛いのは華奢な体格と誰にでも好かれる結花ちゃんのほうだ。


「そういう陽葵がですよ!」


 このままだと埒が明かないのではいはいと軽く受け流す。結花ちゃんはむすっと頬をふくらませる。


 私だって今日の結花ちゃんはいつもより色気があるというかなんかで可愛らしいと思う。

 それは顔を見たときはいつでもドキドキしてしまうくらいに。それでも目を離せないんだけどね。


 告白・・・とかしちゃう?


 私と結花ちゃんの関係は友達という範疇を超えるものではない。どんなに楽しかったお買い物だって友達同士なら当たり前のことだろう。


 もちろん私は一歩踏み出して特別な関係になりたいと思ってしまう。でもお互い好きあってるかもしれないと考えているいまが一番幸せなのかもしれないと考えて現状維持を望んでしまうのだ。


 私ってば勇気ないな・・・。


 今のままの関係では満足できないけど関係を進めるのが怖い。よくあり話だけど自分のこととなると変な感じだ。


「それにしても夕日、綺麗ですね」

「うん。思わず見とれちゃいそうだよ」


 結花ちゃんはうっとりした目で夕日と真っ赤な海を眺める。まるでどっかのお話の一部分ような美しさに動揺してしまう。


「あのー。陽葵。言いたいことがあるのですかど・・・」

「どうしたの?」


 雰囲気に当てられたのか真剣な表情になる結花ちゃん。


 えっ。こっ。告白とか!?確かに雰囲気的にはいい感じだけど!!心の準備が・・・。


「陽葵・・・」


 名前を読んだあと少し時間を空ける。結花ちゃんは私の目をしっかりと見ていて緊張じてきてしまう。


「実は私は陽葵のことが・・・いや・・やっぱ、いいです」


 言ってくれないんかい!ちょっと心の中では期待してたのに・・・。


 真っ赤に見える結花ちゃんの頬は夕日のせいかそれとも緊張のせいか。自分の顔もそうなのかと考えるとさらに恥ずかしさが込み上げてくる。


 夕日は更に傾き影ができる。夜の闇が息をし始めるのを感じられる。


「そっか」


 返答に困りなるべくいつも通りの返事をする。なるべく残念さを隠したつもりだが絶対に隠しきれていない気がする。


 でもこのまま中途半端な感じで終わるのは嫌だ。


「じゃあ、あの私から言いたいことがあるんだけど・・・」

「なんです?ぜひ言ってくださいな」


 結花ちゃんはゴクリと唾を飲んだ。

 ドキドキして息が苦しくなる。なのに今から伝えてしまうのだという実感が湧かない。


 伝えてしまったら今の関係には戻れないと知っているのに。


 一歩進みたいという欲張りな気持ちが心を侵食してくる。結花ちゃんへの感情が前よりも大きくなって頭と体が一致しないのだ。


「あの・・・結花ちゃん。私・・・」


 結花ちゃんは緊張を解くようにふっと笑った。太陽はもう半分以上が沈んでいてもう夜の兆しが充分に見えている。


「私・・・結花ちゃんのことが・・・好き・・・だよ」


 言っちゃった。


 結花ちゃんはハッと大きく息を吸ってはにかんだ。

 この沈黙は果てしないものだ。結花ちゃんの顔を覗いてもなにも言葉を発してくれない。なにか言ってよ・・と不安になる自分といい返事を期待している自分、その2つが混ざって居ても立っても居られない。


 そして結花ちゃんがゆっくりと口を開いた。


「私も陽葵のことが・・好きですよ」


 もうご存知だと思いますけどと結花ちゃんは付け足した。その時の結花ちゃんの顔は沈みかけた夕日よりも赤く染まっていた。


「えっ」

「私はずっと陽葵に言ってほしかったのですよ。一方通行の恋じゃいやですからね。陽葵に求められて嬉しいです」


 一方通行、なんてことは絶対にない。私が結花ちゃんのことを嫌いになるなんてありえないからだ。


「求められるって?」

「私が陽葵を必要としているだけで陽葵が私のことをどう思っているか不安だったってことです」


 確かに私は結花ちゃんに振り回されてばかりだった。結花ちゃんはそこに私の意思がないと思っているようだけど私も案外楽しかったのだ。世間知らずの結花ちゃんと友達が少ない私、2人で一緒にいろんなことをやったのはいい経験だと思う。


「一方通行なんかじゃないよ」

「そうですか。嬉しいです」


 私の知っている華奢な結花ちゃん。その存在が愛おしくてたまらなくなる。


「ねぇ、結花ちゃん。今度はどんなとこに行こうか?」

「そうですね・・。海水浴はもう決まってますし海外旅行でもしましょうか」

「いや・・海外は・・・」


 海外という言葉にいい思い出がない。結花ちゃんに留学の話を思い出すからだ。もう会えなくなってしまうのではないかと考えてしまうからだ。


 一緒に行くという前提なのは知っているがやっぱり怖いものは怖い。できるだけ結花ちゃんを海外から遠ざけたいと思うほどだ。


 ちなみに留学の件は結花ちゃんがお父さんを説得したと言っていたけど詳細はしらない。


「留学なんてもうしませんよ」

「それは分かってるけど」

「それじゃあやっぱり陽葵の実家に行ってみたいです」

「えっ」

「恋人だって紹介してくださいな」


 親に紹介!?


 なんて紹介すればいいのかはわからない。でも隠すのは嫌だ。むしろ見せびらかしたいくらいなのだから。


 結花ちゃんは海水浴のついで程度なのかもしれないが私にとっては重大なことなのだから。


 いつも通りに似た会話。それがどんなに大切でかけがえのないものかを知った。もう入れ違ったりはしたくないけどそういうのを通してもっと仲良くなりたいなと思う。


「あの・・・陽葵。目を閉じてください」

「なっ、なんで?」

「いいから閉じてください!」


 えっ・・・。何をされるのよ!


 謎が頭に残りながらも恐る恐る目を閉じる。

 ふわっとした香りが鼻をくすぐる。思わずうっとりしそうになり気を取り直す。


 突然唇に湿っていて生暖かい感覚が伝わる。


「えっ。なにすんのさ!」

「私のファーストキスですけど」

「いや・・。それは私もだけど」


 びっくりして結花ちゃんの顔を引き剥がすと残念そうな顔の結花ちゃんが見える。キスをして一切照れている素振りを見せない結花ちゃんの精神力はとてつもないのだろう。


「嫌でしたか?」

「そうじゃないけど・・・」


 嫌だったというより驚いたという表現が正しいだろう。目をつぶったら唇を直接奪われたのだから心の準備なんでできたもんじゃない。


「じゃあ目を開けても一回しましょう!」


 いやいや、人目があるから。なんで仕切り直して・・みたいな空気にするのよ!


「恥ずかしくない?」

「そうですか?ここはカップルも多いので誰も気にしませんよ」


 ここショッピングモールのテラスは有名なデートスポットだ。彼氏彼女で来る人も多いと聞く。結花ちゃんの言うことに少し納得するも恥ずかしいものは恥ずかしい。


「そうかな・・・」


 結花ちゃんは今度は逃がしませんよと言わんばかりに私の顔を両手でそっと押さえた。


 えっ。


「ちょっちょ・・・あっ・・」


 動揺する私とは対照的に澄ました顔で唇を近づけてくる。徐々に結花ちゃんが近づいてくるのと同時に私の心臓は限界まで跳ねる。


 再び香るふわっとしたいい匂い。そして重なるぷるんとしてあたたかい唇。自分が発した熱気が頬を包んでいるのがわかる。


 さっきよりも長くて柔らかい口づけ。


 私はその快楽に身を委ねるように唇を結花ちゃんに預けてしまう。感覚はただ唇を合わせたらそうなるだろうと思うほどのものだがどこか幸福感に包まれる。


 「ちゅ」という高い音が私と結花ちゃんにしか聞こえないくらいの音量で響くと結花ちゃんはそっと口唇を離した。


「はっ」


 いきなり現実に引き戻され羞恥に襲われる。


「何を気にしてるんですか。お互いファーストキスはもう済ませているでしょうに」

「今さっきでしょ!!」


 キスなんてして当然みたいな顔で言われても・・・。こっちは恥ずかしいの!!


「じゃあ帰りましょうか。もう夜ですし」

「そうだね」


 先程まで私たちを眺めていた夕日はとっくに沈んでいて夜が始まっていた。


 結花ちゃんは私の手をそっと握り歩き始めた。




 今日は私たちにとって始まりの一日である。



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