第5話 大学でデートなんて!!



 結花ちゃんと水族館にいってから数日後。


 久しぶりに大学に早めに着いたので誰もいない教室の一番後ろの席で高校よりも大きな黒板をぼーっと眺めていた。


 入学式で話して以来仲のいいユミちゃんは基本彼氏の隣で授業を受けたりするのでほとんど一緒に授業を受けない。あとユミちゃんがとってるのがほとんど午後の授業なんだよね。あの子朝弱いし。


 ゆっくりとした足音が鳴る。後ろを振り向くと結花ちゃんが立っている。


「あっ。陽葵。大学で会うのは初めてですね。朝早いんですね」


 結花ちゃんはこの前よりもおとなしめのシンプルなグレーのワンピースにクリーム色のカーディガンの組み合わせだ。私が着たら背伸びをしているような服装だけど結花ちゃんが着ると似合ってて可愛い。


「朝早く起きすぎて暇だったんだよね・・・。結花ちゃんはいつもこの時間なの?」

「はい!大体一番目か二番目に来ます」

「早いね。私なんていつもギリだよ」


 弟の朔のために朝ごはんを作りそれから二度寝をしてしまうのでいつも遅刻ギリギリだ。今日は妙に目覚めがよく二度寝も必要なかった。


「二度寝は健康によくありませんよ」


 二度寝してるなんて言ってはないけど・・・。なんで知ってんの。ってかお母さんみたい。


「でもねー。寝ちゃうんだよね」

「そういう気持ちも分からなくもないです」


 そう言って結花ちゃんは私の隣の席に座る。

 ・・・。


 うん。結花ちゃんも私に話しかけちゃって他の席に座りづらいのもわかる。私も一人だから知ってる人が隣りに座ってくれるのはいい。


 だけど!


 私がなんで結花ちゃんといるの?って雰囲気になるのは恥ずかしすぎる!


 何と言っても大学で一番モテるとも言われる結花ちゃんですよ。私なんかとつるんでいい人間じゃないのよ!

 まあそれはそれで私は嫌な気はしないんだけど・・・。


 私の予想とは裏腹に大学の授業では変な噂を去ることなくいつも通りに終わった。少人数の講義だったからだろうか。

 胸をなでおろして教材を片付けていると結花ちゃんが話しかけてくる。


「陽葵は学食一人ですか?」

「うん。そうだよ。今日はユミちゃんが彼氏とご飯食べるって言ってたし。」

「そうですか。じゃあ一緒に食べましょう。」

「うん。いいよ。」


 いつもおとなしい結花ちゃんの笑顔少し見とれつつ食堂に向かう。


「陽葵は彼氏とかはいないのですか?」

「はいはい。いませんよ。昔は欲しいと思ってたけどね・・。最近は友達といられればそれでいいかなって思えてきたんだよね」


最近はユミちゃんに結花ちゃんと話していて楽しい。2人とも私なんかとレベルが違う人間なんだけどね・・・。


「それでいいじゃないですか」

「そう言っても結花ちゃんはモテるんでしょ?」

「べっ。別に男性からの好意は欲しいわけではありませんし。私は陽葵がいれば十分というか・・・」


 いっ。いまのだいぶ際どい発言じゃない!?

 それにこんな可愛い結花ちゃんと私が一緒にいるのはもったいないよ!なんかもっとこう・・。一軍女子っぽいとこの中で一番の一軍みたいな感じじゃないの!?


「そう言ってくれると嬉しいけど・・・。ってか私たち初めて話してからまだそんなに経ってないよね・・」

「確かにそうですね。でも私は陽葵と話しているときが一番落ち着きます」


 不器用なのか結花ちゃんはこういうことをはっきり伝えてくる子だ。だから毎回返事に困ってしまう。でも私にとってその直接的な言い方は何を考えてるかわかりやすいから好ましく思ってる。


「いや・・。一番は言いすぎじゃない?」

「そうですか?大学のみんなは変に私に気を使ってますしフランクに話してくれて嬉しいですよ」


 そうじゃん。なんで私なんかが結花ちゃんにフランクに話せたんだろう・・・。


 いや。一瞬で思いついたわ。あの出会いは流石にボケてるのかって思うでしょ。ツッコんだ流れで接してたのか・・・私。


 でもそう言ってもらえたなら接し方を変える必要もないのか。


「そうなんだ。」


 学食はお昼時ということもあって少し賑わっている。席はちらほら空いているので先に席を取る必要はなさそうだ。


「陽葵はなにを食べますか?」

「私はカレーかな」

「じゃあ私もそれにします!」


 いや・・。別に合わせなくてもいいんだけど。


 食券を買い列に並ぶ。うちの大学の学食はまず入口で食券を買い、その後は種類によって受け取る列が違う。


 結花ちゃんみたいな子が大学の食堂に並んでるのは違和感があるな・・・。もちろんいい意味で。ってかあの結花ちゃんもカレーとか食べるんだ。いや、それは食べると思うけど・・。なんか意外だわ。


 私はカレーを受け取り後ろに並んでいた結花ちゃんを待つ。カレーを受け取った結花ちゃんは食堂のおばさんにきちんと礼をしてこちらに向かってくる。


「お待たせしました」

「大丈夫だよ。置いてったりしないから」

「それはわかってますが、少し心配です」


 やっぱ可愛い!もうなんでこんなに可愛いの!そんなしょんぼりした顔しなくてもいいのに。


「席どこにする?」

「じゃあ少し遠いですがあそこの窓側の席にしましょう」

「うん。そこにしよう」


 食堂はガラス張りの建物で晴れの日は明るい。私たちが通っている大学は私立なので外見には結構凝っている。教室は一流企業のオフィスのような高い建物もあれば歴史を感じさせるレンガ造りのものもある。


 私と結花ちゃんは窓側の一番端の席に座る。


「陽葵はいつもなにを食べるのですか?」


「うーん。気まぐれかな。いつも同じの食べるわけでもないし。週に一回か二回はお弁当作ってくるし。」

「陽葵がつくるのですか?」

「うん。そうだよ。」

「すごいです。私はあまり料理なんてしないですし」

「えー。意外。結花ちゃんみたいな子って料理得意なイメージあったわ・・。」

「別に苦手って訳ではないですよ。ただやらないだけです。お手伝いさんが全部やってくれますし」


 結花ちゃんはお嬢様なんだな・・・。


家柄は日本一だし容姿だって学力だって常人を凌駕する。


 いつも周りから一歩離れたところで見ている感じの結花ちゃん。私なんかとは違って頭が良くて周りからも頼りにされて、私とは天と地ほどの差がある存在。


 ただこうやって話してみて結花ちゃんについて知っていくとだんだん親しみが持ててくる。


 まあやらないだけってことはやったらしれっと普通以上にできそうだけど・・・。


「そうなんだ。お手伝いさんか。そういう暮らしも憧れる・・・」

「陽葵は一人暮らしですか?」

「私は弟と二人暮らしだよ。実家が田舎だからこっちの高校に通う弟の世話が大変だよ」


 大学生なのに弟の朔の朝食の準備やら洗濯やらで朝は比較的早く起きる。ある程度家事を片付けて二度寝をするがやっぱりまとまった睡眠時間は欲しい。


「そうなのですか。でも羨ましいです。そういう暮らしも」

「そう?無駄に疲れて大変だよ」

「それでもです。きっと弟さんと楽しく暮らしているのでしょう。私は家族といた記憶なんてあまりないですし」


 最近話していて分かったことは結花ちゃんの家の家庭環境はどちらかというと良い方ではないのかもしれない。あまり触れるつもりはないがこういう話になると少し寂しそうな目になる結花ちゃんを見ると心が痛む。一流企業の社長の家庭はやはりいろいろとあるんだろう。


「そうなんだ」

「重い話をしてしまいましたね。気を取り直してカレーを食べましょう。じゃないと冷めてしまいますよ」

「うん。そうだね」


 話をしていてあまり減っていないカレーライスを思いっきりスプーンですくう。思い込みだろうがいつもよりも家庭的な味に感じるカレーライスに目が潤んでしまう。


「陽葵。どうしたのですか?体調でも悪いですか?」


 少し溢れた涙を拭う。結花ちゃんの優しい声を聞くとより胸に来るものがある。陽葵は友人は少なかったが家族との仲は結構良かったはずだ。家族といるとあったかくて学校での寂しさを忘れられた。結花ちゃんは同情してほしくて言ったわけじゃないってわかってるのに寂しさを感じてしまう。


「大丈夫だよ。ごめんね。」

「なんで謝るのですか?陽葵は悪くないですよ。きっと。」


 そうだ。結花ちゃんが気にしてないのに私が勝手に泣くなんておかしい。

 結花ちゃんには私が結花ちゃんの家族の分まで優しく接してあげよう。それもお節介かもしれないけどね。


「うん。ありがとう。」


 涙は収まったが湿った目の周りが少し冷たく感じる。結花ちゃんは心配そうに私を見ている。

 結局、両者無言のままカレーを食べるという大学生には似ても似つかない空気ができあがってしまった。


「あの・・。怒ってます?」

「ん?怒ってなんかないよ」

「でっ、でも。私もいろいろと強引に振り回してしまいましたし。それで陽葵の気分を害してしまったかもしれないと考えてしまいます・・・。せっかく友達になれたというのに」


 少し不安そうな涙目で私を見てくる。


 そんな表情されると抱きしめたくなる。全然結花ちゃんが悪いわけじゃないのに。なんて説明したらいいの!?これ。


 強引に振り回されたのは確かだけど嫌ではなかった。それを伝えるのは少し恥ずかしくて、でも言わないままなのは気が引ける。


「そんなんじゃないよ。ただちょっと胸にくるものがあったっていうか・・・」

「そうですか。それならよい、いやよくはないですけど。何かあったら言ってくださいね。とっ、友達ですから」


 友達という言葉を言うのに恥ずかしそうな結花ちゃんは新鮮な感じがする。


「うん。ありがと」


 そう言って私は最後の一口のカレーを頬張った。

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