第32話 特別編 結花ちゃんのお父さんは超怖い!?
結花ちゃんとのお買い物デートが終わったあと私たちは電車で最寄りの駅へ行った。結花ちゃんとは最寄りは同じなので一緒だ。
結花ちゃんも私も疲れていたので帰りはほとんど話すことはなかった。
「じゃあね。結花ちゃん」
真っ暗な夜のなか街灯と月だけが光っている。流れてくる風は暑いわけでも冷たいわけでもない。
「はい。また今度です!」
バイバイと手を左右に振ると結花ちゃんは笑顔で振り返してくれる。可愛い・・・。
お買い物デートは想像してたものよりもずっと楽しくて予想外なものだった。
まさか自分から告白をしてしまうとは・・・。
告白なんてする気は全くなかった。今までの関係でいいと思ってたしそれ以上を望むのは傲慢だと思った。
でも結花ちゃんと一緒にいたらこのままだけじゃ少し寂しいと感じてしまった。「好き」だから関係性を進めたい。そう思ってしまったのだ。
私は結花ちゃんと反対の方向へ歩いていく。
それはただ結花ちゃんと帰る方向が違うからだがなんとなく寂しい。今日はお別れということをひしひしと伝えてくるようだったのだ。
ずっと一緒にいたいな・・・。
「ねぇ。結花ちゃん」
私は前を向いたままボソッと呟いた。届かないかもしれないほどの大きさだったが結花ちゃんには聞こえたようだ。
「なんです?」
結花ちゃんは立ち止まってそう答えた。私はゆっくりと振り返ると少し離れた距離に結花ちゃんがいる。
「結花ちゃんは付き合うってどういうことだと思う?」
私はよくわからない。付き合うってことがどんなものなのか。
だから少し怖い。特別な関係という言葉に萎縮してしまうのだ。今後どうなるかの期待と不安が入り混じって変な感じだ。
「そうですね。私にはよくわかりません」
結花ちゃんは首を傾げた。
きっと結花ちゃんも恋人とはどういうものかわからないのだろう。でもそれもまたいいのかもしれない。
2人で一步ずつ進んでいくってカンジでいいかもね。
「そもそも告白してきたの陽葵ですよね・・・?」
そっ、そうだけど・・。
私だって戸惑っていたのだ。でもどうしていいか分からなくなって、胸が高鳴って、居ても立って居られなかったのだ。
具体的にどうしたいとかいう目的があった訳では無い。でもこの気持ちは確かなものだと思う。
「うん。私は結花ちゃんとずっと一緒にいたいな」
「そうですね。私も陽葵とずっと一緒にいたいです」
街灯が月明かりよりも明るくアスファルトを照らす。街灯に照らされるのも現代らしくていいのかもしれない。
オシャレではないけどね。
永遠の愛を語るわけでもない。ただの一緒に居たいという約束だ。
「じゃあ。私は帰るね」
「はい。じゃあまた今度」
帰りたくはない。このまま結花ちゃんとどこかへ行きたいとも思う。
でもきっと家に帰れば朔がお腹を空かせて待っているだろうし、今は感じていない疲労だって家に帰ればでてくるだろう。
今度はすぐにくるはずだから焦らずにいきたい。
もう一度、今度は少し離れた距離で手を振ると結花ちゃんも大きく手を振ってくれた。少し距離が離れていて結花ちゃんの顔はよく見えないけど自然と頭に浮かんでくる。
家に帰って幸せに浸ろう!
私はそっと足を前に進めた。
夜は充分に深まった、とは言ってもまだ深夜ではない。いつもなら夕食の準備をしている時間だ。
私が住んでいるおんぼろアパートは遠くから見ると廊下の電気が切れかかってチカチカしているのがわかる。
ふぅと吐いたため息は疲労のものというより満足を表したもののようだ。
「君が一ノ瀬陽葵かい?」
急に話しかけてきたのは真っ黒なスーツに身を包んだ男。身長は私よりも10cmほど高い。
「あっ、そんなに怯えないでくれ。ちょっと用があるだけだから・・・」
こんなに急に話しかけられて怯えないほうがおかしい。見た目は紳士ですよと言わんばかりだけどそんなの一切判断材料にならない。
「どちら様ですか?」
警戒心の解けていない低めの声。
そもそも夜に話しかけてくる男はろくなものじゃない。
「申し遅れてしまったね。私は吉河大樹。君の恋人の父親だ」
・・・。
えっ。まじか。
恋人になったのは今日ですけどと内心ツッコむがそれどころではない。
っていうか、なんでわざわざ結花ちゃんのお父さんが!?
「どっ、どうも・・・」
「そんなに畏まらなくていいんだよ」
なんか・・・思ってたのと違う!!
結花ちゃんを無理やり留学させたりしているようだから怖いそうなものを想像していた。実際に見てみると物腰柔らかくそんな様子は微塵も感じられない。
「立ち話でも何だしカフェでも行くかい?」
「いや・・・ 結構です」
「そうかい。じゃあちょっとだけ話を聞いてくれないかい?」
誰か知らない人とカフェに行くなんてそんな恐ろしいことは出来ない。それに私には夕食の準備もあるのでできる限り早く帰りたいのだ。
「君は結花と付き合ってるんだろう?」
「はっ、はい」
えっ。怒られるの?私。
「それはいいんだけどね。結花に留学を断られてしまったんだ。君も知っている通りね」
「はぁ」
「それで君には責任を取ってもらおうかと思ってね」
えっ。なんでよ!私は悪くないもん。
やっぱり恐ろしいわ結花ちゃんのお父さん。というか社長さんなんだよね。私と話してる時間なんてないでしょ!
結花ちゃんからお父さんの話は何回か聞いていた。でも知ってるのは厳しくて、家族よりも仕事を優先にするということだけだ。
そもそも責任を取れとか言ってくる時点で変わってるのは確かだけど。
「結花ちゃんになんて言われたんですか?」
仲直りしたあの日結花ちゃんは私に「お父様と話します」と言ったあと結局どうなったのかはわからない。というか結花ちゃんに聞くのは気が引けた。結花ちゃんの留学という最悪の結果から目を背けたかったのかもしれない。
「そうだね・・・。言っていいいのかわからないがこの前結花に君と付き合ってるからと言われたんだ」
「えっ」
いやいや。この前っていつよ!付き合い始めたのって今日だし!
「要するに君と付き合ってるから留学には行かないってね。本当にびっくりしたよ」
「あなたが結花ちゃんに留学させようとしたんじゃないんですか?」
「うん。そうだよ」
それを普通に認めるんかい!
私は結花ちゃんのお父さんが嫌いだ。それは結花ちゃんの意思に反して留学させようとしたからという理由だけだけど私にとっては十分だった。
「そのせいで結花ちゃんは悩んでました」
「うん。わかるよ。でもそれは必要なことだと思ったんだ。海外に行って幅広い知識を身につければ将来役に立つだろう?」
「それはそうですけど。結花ちゃんはそんなこと望んでなかったのに・・」
「そんなことは分かってたさ」
「じゃあなんで・・・」
「私はなにか見誤っていたようだ。結花の幸せもなにもかも」
なにかを悟ったかのようにしぼんだようになる結花ちゃんのお父さん。
「私は結花の幸せのためならなんだってしたさ。家庭教師だってつけたし食事だって栄養士を雇った。でもいつしか境目が分からなくなったんだろうな」
「え?」
「別にいい大学に入らなくても、なんなら最低限の学力さえ身に着けていれば結花は幸せだったのかもしれない。別にお金ならうちにいくらでもあったのに」
私は幸せという概念がよくわからない。幸せに鳴るためになにかをするのもちょっと変だ。今の幸せも将来の幸せも同じだけの価値があるはずなのになんで人は将来の幸せを優先するんだろう。
結局結花を幸せから遠ざけていたのは私だったようだねと結花ちゃんのお父さんは付け足した。私は肯定も否定もせずにただ聞いていた。
きっと結花ちゃんのお父さんも結花ちゃんの幸せを望んでいたのだろう。だけど幸せを間違えて解釈してしまったのだろう。
「そんなこと・・・私に言われても・・・」
「だから同性と付き合うって言われても否定する気にならなかったね。それが結花の幸せならもういいんだ」
私たちは同性愛者。それは紛れもない事実だ。変わりつつある社会だと言っても世間の目は厳しい。
昔はそこまで深く考えたことは無かった。学校の授業で知識として習っただけではきっとなににもならないのだと思う。
「それは、ありがたいです・・」
なんて言っても交際が認められたのはいいことだ。結花ちゃんのお父さんには否定されるのではと思っていたから一個不安が減ったことになる。
「まぁさっき言った通り責任を取ってもらうけどね・・」
「責任?」
「結花の心を奪ったんだ。結花を幸せにしてほしいってことさ」
「それなら安心してください」
なんだかんだ言って結花ちゃんのことは結構好きらしい。そうじゃないと私のところまでわざわざ来てこんなことは言わないはずだ。
「それは良かった。全然関係ないけど付き合い始めたばっかだよね?」
「えっ」
「そんな気がしたんだ。どうやら結花に一本とられたようだね」
そうか。結花ちゃんはお父さんに今日よりも前から付き合ってるって言ったのか。
たしかに付き合ってる人がいるって言えば留学は免れられるけど・・・。なんか腑に落ちないな!
あっ、だから結花ちゃんは私にお父さんと何話したか言わなかったのか。
「まあなにか困ったら言ってほしい。この社会で肩身が狭いなら快適に国外で暮らせるようにしてあげたっていい」
いやいや、なによその高度なギャグは!大企業の社長にしか言えないやつじゃん!
何度も言うが結花ちゃんは社長令嬢だ。だから時々ぶっ飛んだ事を言うのはお父さんの遺伝なのかもしれない。
「またまたー」
正直これ以上こんな話につきあっている時間はないのだ。早く帰って夕食の準備をしなければいけない。朔は料理しないからな・・・。
「じゃあ私はこれで失礼するよ。君も忙しいみたいだからね」
「はい。じゃあこれで」
結花ちゃんのお父さんは近くに止めてあった高級そうな車に乗り込んだ。さすが一流企業の社長。洞察力がすごいのか私が帰りたいと思ったタイミングで帰っていった。
私は家に向かって足を進める。もともと家はすぐ近く、というか見える位置に居たのですぐだ。
「ただいま」
ガチャンと玄関が鳴る。そしてバタンという音で家の空気に包まれる。
いつものことだけどどこか安心感がある。外のような暑さもなく涼しい空間はやはり幸せだ。
ソファの上でまったりしたいなと思うが夕食の準備という今日最後の課題が残っている。
「遅かったじゃん」
朔はリビングからひょいと顔を出していった。
「うん。ちょっとね・・・」
「俺が飯作っといたから」
「えっ。どうしたの?急に」
「いや・・・今から作るのは大変かなと思って」
えっ。そんなことあるの!?
朔が料理をするのを私は見たことがない。というかできるの?というレベルだ。とんでもない何かを作っていないか心配だがなんだかんだ平均以上にこなすのが朔だ。
「そっか。ありがと」
「別に」
なにか企んでるのではという疑いが晴れないが朔に限ってそんなこともなさそうだ。純粋な優しさとして受け取っておこう。
「ねーちゃん。なんか元気だね」
「えっ。そうかな」
朔は私の機微によく気がつく。私がわかりやすいだけかもしれないけどね。
「うん。なんか明るい」
「それはね・・・いいことがあったんだ」
今日は結花ちゃんと映画を観て、水着を買って、プレゼント交換をして、そして最後には私の気持ちを贈った。
私にとっては十分すぎるほどの一日だった。思い返すと思わずニヤけてしまうくらいに。
「じゃあご飯にしよっか」
もうずっと前からお腹が空いていた。せっかく朔が作ってくれたご飯は楽しみだ。私がそう言うと朔はコクンと頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます