第21話 怒らないで結花ちゃん!!

 結花ちゃんと私の間で始まったバッティング対決!!


 結果は・・・。


 結果は・・惨憺たるものだった。結花ちゃんが打てた球数は私と同じ2球。どうやら一球目のヒットはまぐれだったようでそのあとは空振りが続いた。


 まぁ結花ちゃんと同じ結果の私がとやかく言える立場じゃないんだけどね。


 室内に籠もった熱気のせいか結花ちゃんの額には少し汗が滲んでいる。それはもちろん私もだ。

 近くにあった自動販売機でジュースを2本買って1本を結花ちゃんに手渡すとありがとうございますと返ってくる。ちなみに私が買ったのはオレンジジュースで結花ちゃんに渡したのがスポーツドリンクだ。


「陽葵は可愛らしいですね」

「なんで!?」

「いえ。オレンジジュースを飲んでいる姿が映えるなと」

「子どもっぽいってことだよね!?」

「いえいえ」


 運動したあとの飲み物は美味しいのだ。まあこれは誰もが知っている当たり前なことだけど私は毎回オレンジジュースを飲んでいた。完全に好みだがそのルーティーンは結花ちゃんと一緒でも変わらなかった。


「陽葵と同じ結果でしたね」

「そっ、そうだね」

「実際にやってみると意外に難しかったです」


 勝てなかったけど負けたわけではない。勝負としては良かったのかもしれないなんなら結花ちゃんが狙ったのではと思うほどだ。(結花ちゃんはそんな柄じゃないけど)

 どちらにも命令しないなんて円満な終わり方だろう。


「じゃあ勝負は引き分けだね!」

「そうですね。じゃあお互い一つずつ命令するということでどうでしょう」

「えっ。なしじゃなくて?」

「それじゃ面白くないじゃないですか。ねっ陽葵!」

「そうかな・・・」


 いやあるんかい!


 結花ちゃんは圧をかけるように笑顔になる。


「じゃあ帰りながら命令を決めましょう!!」

「そっそうだね」


 私たちはバットとヘルメットを所定の位置に戻す。そして結花ちゃんはカバンから空色のタオルを取り出し汗を拭き始める。


 外に出るとオレンジ色の夕日が照って結花ちゃんの顔を直視できない。汗のせいでやや艶のある髪がサラッと揺れる。


 焼けそうだな・・・。


「陽葵は命令決まりましたか?」

「うーん。まだかな。命令ってどんなのにすればいいのかわからないんだよね」

「そうですね。じゃあ私の陽葵への命令は夏ですし海にでも行きましょう!!」

「いいけど・・・。命令じゃなくても良くない?」

「そうじゃありません!普段言えないことを言ってほしいのです!」


 陽葵は優しいので本当に思ったことを言えてないのかと思いまして。と結花ちゃんは付け加える。

 そう考えても言いたいことは比較的口に出しているほうだと思う。上辺だけで付き合いをしていた高校時代とは大違いだ。まあ私の過去の話はあとにして。


 そう言われてみれば命令形式だと普段言えないことも言えるような気もする。


「普段言えないことか。もうちょっと待ってくれる?」

「いいですよ。思いついたときに言ってくれれば」

「うん。ありがとう」

「いえいえ。気にしないでください」


 普段言えないこと、か。


 心の中で反芻してもこれと言って浮かび上がるものはない。強いて言えばこの日常が続いて欲しいと思ってはいるがそんなことを言ったら結花ちゃんに迷惑をかけてしまうだろう。

 そもそも結花ちゃんの留学の件は結花ちゃんのお父さんが決めたことらしい。だから私が話に割って入るのには少し尻込みする。


「今日は楽しかったです。陽葵とのデートは久しぶりですね」

「いや。デートじゃないから!!ていうかデートでバッティングセンターに行くことなんてないでしょ!!」


 デートでバッティングセンターはセンスが無いと思う。恋人ならもっと華やかだったりするところで仲を深めるのがいいだろう。私に好きな人すらいたことないけどどんなラブストーリーもバッティングセンターに行っているのなんて見たことがない。


「どうですかね」

「そもそもうちに泊まったでしょ!」


 結花ちゃんがうちに泊まったのは数週間ほど前だ。だから時間はそんなに経っていないはずなのだが・・・。


「おぉ。あれはお泊まりデートだったと」


 からかってくる結花ちゃんはいつも通りのように見える。

 実は私は知っている。女の子同士で買い物に行ったりするときにふざけてそれをデートって呼ぶことを。


「そうじゃなくて!」

「陽葵といっぱいデートしたかったですね・・・」


 その瞬間に結花ちゃんの声が震えを抑えるようにしたためか裏返る。いきなりの留学は精神的にきついのだろう。


 それは私だって行って欲しくはないんだけど・・・。


 行きたくないならそう両親に伝えればいいじゃんと思ってしまう。もしかしたら結花ちゃんにとってそんなに簡単なことじゃないのかもしれない。でも心の片隅ではちゃんと話せば・・と考えてしまうのだ。


「ねぇ結花ちゃんは留学したくないんだよね」

「だからお父様が・・・」

「そうじゃなくて結花ちゃんはどうしたいの?」

「私は陽葵と一緒に居たいです!陽葵のことが好きなのですから」


 結花ちゃんはふふふっと笑って言った。

 いつも見ている笑顔のはずなのにいまだけは取って付けたもののように感じたのだ。


「茶化さないで!いま私が知りたいのはそんなことじゃない」


 だから私は声を荒げてしまった。自分の性格にも合わずに。

 でも私は見てられなかったのだ。結花ちゃんが苦しんでいるのを。


「わっ。私は留学なんてしたくないです」

「結花ちゃんはもっと自由に生きればいいんだよ」

「そんなこと言わないでください。私は陽葵と出会ってからずっと自由です」


 確かに結花ちゃんは自由だったかもしれない。私と初めて会ったときだって大学でも。

 でも私が求めてるのはそれだけじゃない。


「私は結花ちゃんにもっとわがままになって欲しいんだよ」


 きっと結花ちゃんはずっと自分の考えをはっきり主張してこなかった。大学でも私の前以外では周りが望むようの行動してそこに意思なんてものはなさそうだったのだ。


「わがまま?どういうことですか?」

「結花ちゃんがしたいことをすれば良いんだよ。お父さんに話してみればいいじゃん」


 お父さんに反抗しろと言いたいわけではない。でも結花ちゃんがこのまま心に嫌な気持ちを抱えたまま海外に留学してしまうのは良くないはずだ。


「私にしたいことなんてありませんよ。陽葵みたいに立派な夢があるわけでもありません。ただ言われた通りに生きてきただけなのですから」

「そっ、そんなんじゃだめだよ。結花ちゃんには結花ちゃんの人生が・・・」

「陽葵になにがわかるのですか!!」


 結花ちゃんの声が路地裏に響く。普段温厚で大声を出すことのない結花ちゃんだがどうやら私が怒らせてしまったようだ。


 私はただ結花ちゃんに自由になってもらいたかったのだ。それはずっとなにかに縛られていたんじゃないかと思ったからだ。


「陽葵は鈍感です」


 鈍感?私が?


 結花ちゃんはそう言うと進んでいた方向と逆方向へ行ってしまった。

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