第20話 バッティングセンターは大荒れ!?
考え直してみると女子大生二人でバッティングセンターはおかしいのかもしれない。
でもそのことに結花ちゃんはなにも違和感を示さなかったし、私も普通に誘ってしまった。
「女子二人でバッティングセンターって変じゃない?」
「そうかもしれませんね・・・。でも陽葵と一緒ならどこへでも、です」
ひぇ。私はアメリカまではついていかないからね!!
一種のジョークだろうが私の気持ちとしてはアメリカまで付いていきたいとも少し思う。さすがに私は英語もできないし大学を退学することになるので行かないが。
「結花ちゃんはバッティングセンター行ったことある?」
「ないです!」
おぉ。これはやっと私が勝てるチャンスなのでは!!(カラオケでは負けたけど)
結花ちゃんにはライバル意識を燃やしているわけではない。なんでもできる結花ちゃんに勝つ機会があればなと思っている程度だ。それに私は結花ちゃんに振り回されてばっかなのだ。なにか一つの分野だけでも上に立ってみたい。
左側を見るといつもより近い距離で結花ちゃんが・・・。って、手を握ったままだったんだ。
「ちなみに結花ちゃん。いつまで手を握っているおつもりで・・・」
「えっ。ずっとじゃないんですか?」
ずっとなわけないでしょう!
恥ずかしいったらありゃしないよ!
結花ちゃんにさっきまでよりも強い力で手が握られる。離しませんよという結花ちゃんの心の声が聞こえてくるようだ。
ここは駅につながるそれなりに人目のある道だ。うちの大学に通っているものは大半がこの道を通る。私と結花ちゃんは徒歩で通学しているので通ることは少ないが何回かは通ったことがある。
って手汗もやばいかも・・・。
いまの季節は夏なのだ。当然陽は激しく照るし汗だってかく。そんな手で結花ちゃんの御手に触れていいのかと思うのも当然だ。
私の手とは対照的に結花ちゃんの手はサラサラしていてひんやりしている。
平熱低いのかな・・・。
「まぁ着くまでなら・・・」
「ですよね」
なんでこんなことを言ったのかはわからない。でも握った手を離すのは気が引けた。
手に力を抜くと結花ちゃんのがぶんぶんと揺らしてくる。
ちょっと痛いって結花ちゃん!!
「じゃあ勝負です!!」
「勝負って何よ!?」
バッティングセンターに着くなり結花ちゃんがそう言った。久しぶりに来たが内装はほとんど変わっていない。
私が初めて来たのは大学1年生のときだ。レポートの提出で凝った体を動かせる場所を探した結果見つけた。家から比較的近くて一人で時間を潰せるので重宝していた。
大学2年生になって朔が高校進学と同時に上京してきてからは行ってなかったんだけど。
「内容は・・・。どうしましょう」
「うーん。どうせなら普段できないことがいいね」
結花ちゃんがバッティングセンターに来たことがない以上もともとこの勝負は勝ったようなものだ。
「じゃあ勝ったほうが負けたほうに一つ命令できるということでどうですか?」
「えっ。ベタ過ぎない?まぁ変な命令じゃないならいいけど」
「そうですか?ルールはどうします?」
「うーん。20球で何球打てたかでどう?」
「いいですね」
久しぶりにバットを握ると少し違和感がある。
初めてきたときは確かレポートを書いていて肩が凝ったから運動したいななんて考えて近場かつ一人でできるバッティングセンターに来た。
初めは人が少ない時間を狙って来ていたが意外と女子大生っぽいひとがいたりして諸々気にせずに通うようになった。
まぁもともと運動は苦手だからそこまで上手だったわけじゃないけどね。でも何回か経験してるだけで有利なのは間違いない。
「じゃあ勝負です。陽葵!さっきまでの私とは違いますよ!」
さっきまでの結花ちゃんとはしおらしかったときのことだろう。涙のあとももう消えていて気を取り直したという感じだ。
「そっか。それなら私も本気で行くからね!」
「負けたほうに命令する権利は私がもらいます!」
本気で罰ゲーム意識してやるもんなの!!
こういうのって試合終わったら曖昧になって終わるもんでしょ!!
まずいことになったぞ・・・。
命令できるというルールを付け足した結花ちゃんはおそらく自信があるのだろう。
もし負けたら何をやらされるかわかんないよ!
私だって結花ちゃんのことは信用している。変なことをさせられることはないだろうけどなにかを命令されるということに慣れていないので多少不安はあるのだ。
こうして始まったバッティング対決。勝つのは!?
私は経験者だから・・だから・・・勝てる・・はず・・・。
結花ちゃんの圧に負けて私の心は追い詰められてきた。いつもはしないはずの緊張のせいでドキドキが止まらない。
ちなみに試合のルールは飛んでくる20個のボールを多く打ち返せたほうが勝ち。先攻が経験者の私で後攻が結花ちゃん。ということになった。
「じゃあ行くね」
「はい。頑張ってください」
期待の眼差しが痛い・・・。
「あっ。そこは応援してくれるのね・・・」
てっきり勝負だからもっとピリついた雰囲気のなかやるのかと思ってたわ・・・。
「はい。私は陽葵が勝ったって嬉しいですよ。陽葵に命令してもらう機会なんてないですからね」
「いやいや。変なこと言わないでよ。ミスしちゃうから!!」
結花ちゃんはでも私が命令するほうが魅力的だと思いますけどねと付け足した。
集中しなければ・・・。
視界を前にやると広がるのは私だけの世界。そして次の瞬間聞こえるのはボールが風を切る音。
えっ・・・。こんなボール速かったっけ?
後ろを向くとネットは揺れていてボールはただ弾んでいるだけだった。
「なんかボール速くない?」
「そうですか?もともと設定したあったままですけど」
ここではボールの速さを途中で変えることは出来ない。要するに残りの19個のボールもこの速さだということだ。
前の人が速さをもとに戻してれば・・・。
なんて思おうにもこうなった以上は仕方がない。始めの何球かで速さを見極めて打つしかないようだ。
まあそんな芸当は私にできるはずもなく結果は運良く当たった2球となった。
こんなに情けない私でも結花ちゃんは終始頑張れと応援してくれた。なんて天使なんだろう。
「次は私の番ですね」
「ボールの速さゆっくりにしようか?」
「いえ。大丈夫です。そうしたら勝負にならないじゃないですか!」
さすがに初めてであの速さは鬼だろと思ったが結花ちゃんは私の提案をきっぱり断るとバットをそっと握った。
「いや・・。この期に及んで勝負にこだわるの?」
「それはもちろんです。だって陽葵に命令できるんですから!」
ホントに私になにを命令するつもりなの・・・。
「絶対に私には打てないと思っていますね。陽葵。私の本気を見ていてください」
「おっ、おう」
結花ちゃん、自信満々じゃん。こんなことになるなら勝負引き受けなきゃ良かったかもな。
一番初めの球。
機械が音を立てると勢いよく飛び出してくる。先程とは違って私はネットの外にいるのでボールを俯瞰して見ることができる。
あらためてボールの速さを痛感してるとカキンという音が響く。
えっ。
「あー!!飛びましたよ。陽葵!」
「まだ一球目だよ!?」
「ですね。流れで打ったら出来ました!!」
恐るべし結花ちゃん。あんな小柄なのに。
なんでもそつなくこなすという印象が強かったがここまでとは誰も考えないだろう。私は2球目以降の結花ちゃんのバッティングを固唾を呑んで見守った。
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