第14話 お泊まり会は大波乱!? 〜朔の場合〜

 夕食後の時間はとっくに終わり陽葵がとっくに眠りについたあとのこと。


 一ノ瀬朔は自室で小説を読んでいた。普段小説を読むことは少ないが読書は好きだ。普段体感できないことを不意に求めてしまうときが稀にある。


 そしていま朔が読んでいるのは恋愛小説だ。

 内容は高校が舞台の現代青春作品で平凡な主人公と学校一の可愛らしさを誇るヒロインが出会うシーンから始まる。劣等感を抱える主人公は前向きなヒロインに励まされ成長していく、はずだったのだが僅かな入れ違いにより二人の間に溝ができてしまう。


 いつしか恋とはなにか気になった拍子に手に取った。

 その時は気が進まず本棚に眠ったままだったがさっきの気持ちの正体を確かめたくて読み始めた。


 朔は恋というものをしたことがない。異性の容姿が優れているなと思うことはあっても恋仲になりたいと考えることはなかった。


 だから先程から続くドキドキがなにか気になったのだ。


 それは彼女、吉河結花がうちに来てすぐのことだった。


 雨に濡れて重そうな衣服に包まれた彼女はか弱く寂しそうだった。庇護欲をそそったといえばそれまでだがそれだけじゃないなにかを感じたのだ。


 吉河結花を見ると胸が高鳴る。


 それが恋かもしれないのは薄々気がついていた。悩みを解決するのに恋愛小説を手に取るくらいには。

 いつもは普通に話せるはずなのにドキドキして頭と舌が上手く回らなくなってしまう。


 心を落ち着かせようといくら深呼吸をしても吉河結花の笑顔が頭から離れない。その笑顔がたとえ自分に向けたものじゃなくても。


 今まで感じてきたことのないこの感情はドキドキとモヤモヤが大部分を占めていた。吉河結花の姉、陽葵に対する距離感への嫉妬のせいかもしれない。


 というのも結花と陽葵の距離はいささか近いように感じる。友人としての距離を超えているような気もするが高校生と大学生では勝手が違うはずだ。自分がとやかく言うのはおかしいと分かっているががやるせなさがある。


「ふぅ。」


 朔は今年一番の深い溜息を吐く。これが恋煩いであるというのは直感的にわかった。

 大学生と高校生では恋愛対象になることすら難しいだろう。その上結ばれるなんてもっての外だ。

 それに吉河結花は姉の数少ない友人のうちの一人だ。二人の関係に水を指すようなことはしたくない。


 だけどあきらめるという選択肢は朔にはなかった。朔にとってこれは初恋。


 初恋はかなわないなんて言われることが度々あるが朔はそうは思っていなかった。


 初恋とは文字通り初めての恋のことを言う。それがかなわないと言われるのはたった一回のことを言うからだ。


 ただ朔にとっては初恋だからかなってほしいわけではない。想いを抱いた相手が彼女だからかなってほしいと思っているのだ。


「なに考えてるんだ。俺は。よりによってこんな恥ずかしいことを。」


 普段の朔はクールという印象で自分でもそう思っている。下らない話をしたりしないしもの静かで大人しい。

 恋バナなんていうのも恋愛相談を受けることはあっても自らしようとは思わない。そもそもモテないことはないが付き合ったことはない。


 小説はクライマックスまで達していた。前まではヒロインに引っ張られてばっかだった主人公が入れ違いにより好意を自覚し勇気を出して想いを伝え隔たりは無くなった。


 引っ張られてばかりの卑屈な主人公は嫌いだ。男ならリードするのは当たり前だ。

 ただ心が動かされたことは間違いない。甘い雰囲気を羨ましいと思ってしまった。こんなことは初めてだ。誰かからの恋愛感情を欲しいなんて思ったことはない。


 でも今は彼女に好かれたいと思ってる。誰かからの好意なんて対応が面倒で煩わしいだけだと思っていたのに。

 想いを抱くとこうなってしまうのか。


 小説をパタンと閉じると紙の匂いが鼻腔をくすぐる。冴えてしまった頭を落ち着かせるために水を飲もうと自室の扉を開ける。


 電気が消されて暗くなった部屋の真ん中で姉の陽葵が眠っている。そしてその近く、陽葵の同じソファの上には姉の友人の結花も眠っている。陽葵と結花は向き合うように眠っていて相変わらず距離が近い。


「なんでそうなってるんだよ・・・」


 姉は彼女と寝ることを拒んでいた。それなのに・・・。

 朔は瞳を閉じた。


 そっとため息を吐くとざわついた心が落ち着いた。いくら暑いとは言え夜は冷えるかもしれない。


 朔は小さいブランケットを結花の背中にかけた。自分の想いをふさぎ込むようにそっと。

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