第3話 眠れない夜

〈陽葵の場合〉

 うぅ。眠れない・・・。


 結花ちゃんと水族館に行ったその日の夜私、一ノ瀬陽葵は眠れずに悶々としていた。


 マッチングアプリで出会った人と初めてのデートで来たのは一個上の男の人じゃなくて大学一の「美少女」。


 一瞬なにかのいたずらかと思ったけど結花ちゃんの黒曜石のような瞳はまっすぐだった。


 だから嫌だったというより困惑したという方が正しいのかもしれない。なんならカフェ、水族館に行って楽しかったと言っても過言ではない。


 私を眠りから引き上げているのはなんと言っても結花ちゃんが言った一目惚れしましたという一言。


 私に恋愛感情があるってこと!?今日初めて話したのに・・・。


 それに結花ちゃんは私と大学同じだってこと知らなかったわけだし・・・。

 あーもうどうしよう!


 水族館に行ったときは流れで普通に話せたけど落ち着いて考えるととんでもないことを言われたんじゃないかと思う。


 今後どう接すればいいの!?


 どれだけ夜が深まっても迷宮にも似たこの悩みのスパイラルを繰り返してしまう。今夜はきっとこの迷宮を彷徨い続けるだろう。




〈結花の場合〉


「今日は陽葵との初デート楽しかったです!」


 吉河結花はただただ幸せに浸っていた。お手伝いさんに眠ると言ってから、かれこれ一時間自室で今日撮った写真を眺めてしまう。


 写真はほとんどが水族館の魚を写したものだが実は数枚だけ(こっそり撮った)陽葵の写真が存在する。


 あんなに自分と親しげに話してくれたのは初めてだ。


 みんな私を崇めるかのように壊れ物を扱うように話しかけてくる。そしてそこに優しさなんてものはない。


 さらには陽葵は見た目を偽って騙してしまったことにも一切の文句を言わなかった。


 陽葵はどうかしてます・・・。


「そういえば陽葵は大学が同じだって言ってましたね。」


 結花と陽葵は同じ大学の同じ学部学科だ。結花はそれに気がついていなかった。


「今度、大学で話しかけてみます!」


 胸の高鳴りを感じながら決意を固める結花だった。


さくの場合〉


 一ノ瀬朔は勉強机にへばりついていた。


「もう11時か。」


 高校1年生の朔は勉強ができるほうだ。娯楽を積極的に嗜む姉と対照に趣味がなかったのでなんとなくの気持ちで勉強を進めていたがいつしか習慣になっていた。その上部活に入っているわけではないので成績がいいのは言うまでもなかった。


 やや眠気が体をつつみ瞼が重くなる。


「寝るか。」


 椅子から体を持ち上げ布団に入るが姉のことか頭に浮かぶ。


 いくら姉と言えどかなりの年齢差がありそのせいか距離は遠い。晩ご飯の前後くらいしか話す機会はなくそれ以外はそれぞれの部屋で好きなことをやっている。思春期の朔にとっては文句を言ってくる人がいないのは嬉しいが関わりが少ないのは少し寂しくも感じる。


 朝いつもよりテンションが高く身なりに気を使っていた姉は帰ってくるなりなにか思い悩んでいる様子だった。


 だけどその詳細を聞くのはどこか躊躇われる。


「なにがあったんだろう。ねーちゃん。」


 あの姉のことだ。結婚詐欺とかの被害にあうことだって考えられなくもない。


「心配だな・・・。」


 反抗期の朔は姉と相談事をすることなんてよほどでないとない。だけど決して姉のことを嫌っているわけではない。


 だけどこのまま放っておくのは朔の良心が痛む。どこか抜けた姉を守るのは自分だと別れ際に父親に言われたのを思い出したからだ。

 そう考えると自然と足が姉の部屋のほうへ向いていた。


 ドアから漏れる光がないことから推測するに姉はもう眠ってしまったようだ。ゆっくりとドアを開けるベッドの上で頑張って目を瞑りながらうめき声をあげる姉がいた。


「ねーちゃん。なにやってるの?」

「あっ、朔。ちょっと寝れなくてね。」


 姉は軽々と起き上がると悩みを取り繕うようにケロッとした様子で言う。


「そうなんだ。」

「朔は?」

「俺はちょっとねーちゃんに話があって。」

「んー。どうしたの?まさか寝れないから一緒に寝てほしいの?」


 寝れないのはねーちゃんだろ。


「そーいうのじゃなくて。」

「どうしたの?朔。なにか悩みでもあるの?」

「別に。」

「なにー?寂しくなっちゃったの?隣に座っていいよ。」


 ねーちゃんはちゃんと姉をしてくれる。料理も毎日ある程度ちゃんとしたものを作ってくれて掃除、洗濯も文句を言いながらもやってれる。

 朔はそれが少し嫌だった。でも手伝おうとすると高校生らしいことをしなと言って家事らしいことをなかなかやらせてくれない。

 だから姉の悩みを聞くのは弟としての仕事なのだ。

 少し恥ずかしくてもそこで見過ごすわけにはいかない。


「ねーちゃん。なんか悩みでもあるの?」

「なっ、な、あるわけないじゃん!」

「嘘でしょ。何か隠してる。家に帰ってきてからずっと変だよ。」


 うちの姉はわかりやすい。だからなにかを隠すのが苦手だ。ちょっとした動揺も隣にいるとすぐに伝わってくる。だから騙されやすいのだ。


「うん。ちょっとね。」

「なんかあったの?」


 普通に話しているつもりなのにそっけなくなってしまう。本当は嫌いじゃないのにどう接していいかわからない。だけど姉がなにに悩んでるかくらいは知りたい。


 相談をすれば楽になるのは姉が昔教えてくれたことだから。


「どうしていいか分からなくてね。私は友達なんて数人しかいないし人間関係の機微にも疎い。」

「人間関係の悩みってこと?」

「うん。そんな感じ。」

「相談になら乗るよ。俺、ねーちゃんよりも友達多いし。」

「煽ってる!?」

「別に。話してほしかっただけ。」

「そっか。ありがと。朔。でも大丈夫だよ。弟には心配させたくない。というか朔に相談するのは恥ずかしいし・・・。」

「そう。それならいいよ。」

「朔の前だけはかっこいい姉でいたいからね!」


 そうやって言われると相談事を無理に聞くのは違う気がした。


「そっか。」


 朔はそっと立ち上がり陽葵の部屋を出る。本当に困ったときは恥を捨てて相談してくれそうなので大丈夫だろう。


 朔の心の不安は少し晴れ、眠気が体を襲ってきた。

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