第26話 仲直りは大パニック!?
今日こそは結花ちゃんと話すぞと息を巻いて家を出た。はずなのに・・・。
どっ。どうしよう。いざ話すとなると緊張してくる。
いまは午前中の大学の講義が終わったところだ。朝から大学には来ていたのだが結花ちゃんを横目でチラチラ見るだけで話しかけられずにいた。
いつもならこのタイミングで結花ちゃんが一緒にご飯を食べましょうと誘って来てくれるのだが今日も話しかけてくれない。寂しい。
もともと結花ちゃんに話しかけた回数より話しかけられた回数のほうが多いので自分から声をかけるのに躊躇いがあるのだ。それにこの前怒らせてしまったので冷たくされたらどうしようという不安もある。
ふうと息を吐いて心を落ち着かせ席を立つ。
いつもは隣で講義を受けていたので結花ちゃんに話しかけ易かった。いまは私の隣は空いていて講義は退屈だ。もともと結花ちゃんと出会う前はそれが当たり前だったのにいまの私の普通には結花ちゃんが必要なのだ。
結花ちゃんの座っていた一番前の席に向かう。その席は一番前とあって人が少なく私と出会う前は結花ちゃんの特等席だったところだ。
結花ちゃんは教材をカバンに入れていた。いつもと違って表情は無って感じでなにを考えているのかわからない。そんな結花ちゃんの表情に思わず踵を返したくなってしまう。
やっぱり結花ちゃんも留学はしたくないのだろうか。
トントントンと結花ちゃんの肩を人差し指で叩く。たった一本の指でも結花ちゃんの服のザラッとした感触が伝わってくる。緊張からか暑さからか手には汗が滲んでいる。
「あっ。あのー。この間の話だけど・・・」
いつもは気にしない周りの目が気になってしまう。変じゃないかなと思う。ドクンドクンと跳ねる心臓は何をしても落ち着く素振りを見せずに跳ね続ける。
「私は気にしてませんよ。それじゃあ」
結花ちゃんの声は低くよそ行きの顔だった。私のことなんてなんとも思っていないかのように。私に背を向けて去っていってしまう。
「結花ちゃん・・・」
結花ちゃんは私のことを嫌いになってしまったのだろうか。
あのときの私の言葉はやっぱり無神経だったのだろうか。
なんて憶測が頭の中に浮かんできてしまう。
今ならあの時私がしたかったことがわかる。ただ私は結花ちゃんと離れたくなかったのだ。でも自分にはどうしようもなくて・・・。結花ちゃんが行きたくないって言ってくれればそれだけで救われる気がしたのだ。
私が名前を呼んだのも完全にスルーして結花ちゃんの背中は徐々に小さくなる。その瞬間私の瞳から涙が粒となって垂れた。止まれという念を込めながら袖で拭っても延々と流れてくる。
「結花ちゃん・・・」
私は結花ちゃんと前みたいに話すことはできないのかな。
いまの私はなんて惨めな表情だろう。きっと紙をぐしゃっとしたみたいな顔かもしれない。でも涙は止まらない。雫が大粒になっていくのが頬の感触だけでわかる。膝から崩れ落ちるという言葉を示すように私は座り込んでしまった。
この部屋には私と結花ちゃん以外にも多くの人がまだ残ってるのに。
私の記憶の中じゃ大学で泣いている人なんてほとんど見たことがない。いまの私の姿も明日にはきっと大学中の笑いものだろう。最後に人前で泣いたのなんて記憶にすら残らないほど昔のことだ。
辺りが急に静まり返ったことで結花ちゃんは違和感を覚えたのか私の方を向く。ここまできたらもう放って置いてほしいと思ってしまった。
「失恋か?」なんて茶化すように声を上げる男子大学生。「えっなんで泣いてるの?」と噂話をするようにひそひそと言う女子大学生。
まぁ失恋っていうのはあながち間違いじゃないかも・・・。
みんなが私と距離を取っている。
「なんで泣いてるのですか?」
そう音も立てずに近づいてきたのは・・・黒髪ロングの小柄な女の子、結花ちゃんだ。結花ちゃんはハンカチをカバンから取り出して渡してくれる。
「だって・・・結花ちゃんが・・・冷たいから」
まともに話せなかったと思う。鼻をすすり涙を拭い、人目を気にせず、発した言葉だった。
「そんなことですか。陽葵は私のことが好きなのですね」
「そうだよ・・好きだよ」
「えっ」
焦ってしまった。結花ちゃんは私をなだめるために冗談のつもりで言ったのだろう。いつもと違うのは結花ちゃんの顔がやや紅潮していることだ。
「わっ。私でいいのですか?」
「うん。私の好きは結花ちゃんだけの特別なやつだよ」
「そっ、そうですよね。陽葵は私のことが好きですからね」
結花ちゃんは動揺しながらも平静を保とうとからかってきた。でも私の心にはそんな余裕はなかった。
「・・・」
「ここで立ち話もなんですし学食行きましょう。久しぶりの一緒の昼食です。陽葵もまだでしょう?」
「そうだね」
目に溜まった涙を最後に拭い明るく返事をする。
結花ちゃんは私の手を握り引っ張っていく。その手はあったかくて焦燥も吹き飛んでしまいそうだ。
きっと結花ちゃんは優しい。いつも通りみたいに接してくれるのは私を心配してくれてるからだろう。
「手っ・・・」
「いやですか?」
「別に・・・嫌ではないけど」
嫌ではないけど恥ずかしいというのが本音だ。最近はこういうことを意識することが増えた。良いことなのか悪いことなのかはわからないけど人と関わるということが増えた証拠かもしれない。
そして久しぶりの一緒の昼食。私は天ぷらうどん、結花ちゃんはカレーうどんを選び列に並ぶ。うどんなのでそれほど待たずに受け取る。
「どこの席にする?」
「そうですね・・・。テラス席なんてどうでしょう」
「いいね。じゃあそうしよう」
うちの大学の学食にはテラス席がある。ガラス張りなので中と外の区別はつかないと言えばそれまでだが外で食べると気分が変わるのだ。ちなみにテラス席のほうがカップル率が高い。
「そういえばテラス席って初めてじゃない?」
「そうですね。恋人同士が多い空間なので気まずかったというか。変に意識してしまうというか・・・」
「ん?」
「気にしないでください」
テラス席はお昼の時間を過ぎているためか空いていた。教室で話しているのに時間を使ったのだろう。ガラス製の重たいドアを開けると熱気が私たちを包む。
乾いた涙のあとがピリッとした。
「暑くない?」
「そうですね。陽葵の天ぷらうどんは冷たいのでちょうどいいじゃないですか」
「結花ちゃんは温かいカレーうどんだったよね」
「そうですね」
「中で食べる?」
さすがにこの暑い中カレーうどんを食べようものなら汗だくになるのは確定だと言ってもいいだろう。
「いえいえ。私は外で食べたいので」
「それならいいけど」
「暑かったら陽葵の冷たいうどんをあーんしてもらいますよ」
あっ。あーん!?
まあ確かにこの前やったけれども・・。大学のテラス席でやることじゃないでしょ!
私と結花ちゃんが選んだのはテラス席の一番端の席。結花ちゃん曰く人目がないほうがいいですよねとのこと。(なんで!?)
「で。話ってなんですか?」
「結花ちゃんアメリカ留学するって言ってたよね」
ずっと私は結花ちゃんのアメリカ留学をどうしていいかわからなかったのだ。表面上で上手くやって笑顔で見送ることもできたかもしれない。でもそれでは絶対の心に遺恨を残す。
「はい。言いましたけど」
「私・・・ずっと言いたかったんだけど」
「なんです?言ってみてほしいです」
「この前もらった命令する権利を使わせてもらいたいんだけど・・・いいかな?」
「陽葵のお願いならなんでも聞きますよ。行きたいとこでもなんでも仰ってくださいな」
結花ちゃんはやっと命令してくださるんですねと嬉しそうな顔だ。切り出し方がよくわからなくてしどろもどろになっていても気にせずに話してくれる。
この前もらった命令する権利とは結花ちゃんとバッティングセンターに行ったときに貰ったものだ。勝負に勝ったほうが負けた方になんでも命令できるというルールで引き分けになった私たちはお互いに命令するということになった。
ちなみに結花ちゃんの命令は一緒に海に行きたいというものだった。
「私のは命令というかお願いなんだけど・・」
「あまり焦らさないでください。気になって仕方ないんですから」
「そうだね。なんていうか・・・私は結花ちゃんにアメリカに留学してほしくない」
私がこの言葉をひねり出すのに使ったエネルギーは数知れない。少なくとも私の人生の決断のなかで最も大きいものだろう。
「そうですか・・・」
結花ちゃんはうーんと考え始めた。さすがに身勝手なお願いなのは分かってる。でも結花ちゃんに自分の思いを伝えたかった。思い通りになって欲しいというわけではない。ただ伝えたかっただけなのだ。
朔は自分の心に素直になれと言った。確かにいままでの私は周りのことを考えて本当の気持ちを黙っていた。
「私は結花ちゃんがいないと寂しい。だから結花ちゃんが行きたいなら応援したけどそうじゃないなら行かないでって思っちゃったんだ」
「ふふふ。陽葵がそこまで言うならしかたないですね。なんてったって陽葵の命令ですもの。私にとってお父様の命令よりも優先順位は上ですから」
「えっ。そんなすぐ決めちゃっていいの?」
「いいんですよ。そんな事言われたらどう転んでも行きたいなんて微塵も思いませんから」
結花ちゃんは喜々としている。
お父さんに反抗するっていう決意的なのじゃないの!?なんでそんな表情なのよ!
「ここまできたら家出してでも私は留学をしません!」
「いやいや、そこまで重い命令じゃないし・・・そもそも命令ていうかお願い的な感じだから」
命令という存在の目的は普段言えないことを言う事。そこまで拘束力のあるものとして捉えてなかったが結花ちゃんはそうじゃないみたいだ。
「そうでなくても私は陽葵がそう言ってくれたのが嬉しいです!」
「そっか」
「そうです。これを期に夏休みの予定でも立てましょう!!」
「いやいや。まだ留学しないって決まったわけじゃないから!」
「それはなんとかしますよ」
おぉ。なんとも心強い。
夏休みの予定を話しながらすすったうどんは完全に伸びていて、でもその味は忘れられないものになった。
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