第22話 (続)アイドル班と調理班


「それじゃ、今日もいっちゃいますか!」


 火花の声に、教室内に歓声が沸き上がった。それは一部を除いて、ではあったけれど。


 学級委員長の湊は、ゲンナリとした表情で。そして彩翔は珍しく、憂鬱そうな表情を浮かべていた。そして、天音さんが、俺に視線を向けていることに気づいて――立ち上がった火花に、遮られる。


「なぁ、彩翔。分担するのは別に良いんだけどさ。こっちの準備についても確認をしたいんだけれど?」


 そう声をかけたら、彩翔はほっとした表情を見せる。いや、彩翔? お前、本当に何があったの?


「よかった。こっちも空に相談したかったんだよ――」

「勝手なことをされたら、困るな。黄島君、君は確かにクラスの副委員長だけどさ。まずは、任せられた役割を真っ当すべきなんじゃない?」

「そんな言い方ないでしょ?!」


 あ、今度は湊さんが、噴火寸前だ。なんとなく、それで状況は理解できた。彩翔ってイケメンなのだけれど、リズム音痴だった。きっと日々の練習で、追い込まれているに違いない。


 陽キャーズ改め、火花ひばなーズに囲まれ、連日アウェーな状態。彩翔は限界に見えた。


(……彩翔って、我慢しちゃうんだよなぁ)


 あれだけ、良い人を演じるなって言っているのに。俺は小さく、息をついて――それから、彩翔の肩を抱いた。


「……空?」

「ダンスを録画しといてよ。今度、一緒に踊ってみようぜ。彩翔に必要なのは、復習だ。そこそこに切り上げろよ? 文化祭も大事だけど、さ。バスケ部だってあるでしょ?」


 さぁyourユア tubeチューブ及びニヤニヤ動画ガチ視聴者の本気ってヤツを見せてやろうじゃないか。


「空っ!」


 彩翔! 抱きしめてくるな、気持ち悪い!


「湊」

「何よ――?」


 だから、そんな剣呑な目で睨まない。お前は、笑ったら可愛いんだから。そういう顔をしないの。


「か、かわ――そ、空に言われても、全然、嬉しくないし!」


 はいはい、こっちに八つ当たりは止めてね。顔を真っ赤にして怒られても、理不尽以外の何ものでもない。


「1 ON 1――」


 ボソッと俺は呟いた。でも、それだけで湊の表情は、憑きものが取れたかのように、穏やかになる。ここで脳筋と言ったら絶対にシバからそう。ちゃんとお口にチャックをした俺は偉い。


「空、ウソじゃないよね?」

「ウソついて、どうするんだよ?」

「俺も?」


 彩翔まで、魚釣りよろしく食いついてきた。分かったから、頬ずりするな。本当に、鬱陶しいったらありゃしない。


「……だいたい、湊とオンリーで1 ON 1とか、どれだけ拷問なんだよ? 彩翔を誘わないと、俺が死ぬって!」


 そう言いつつ、ひたすら俺とプレイをしたがる、この二人を何とかしたい。


「ふふふ。仕方ないなぁ、空がどうしてもって言うなら、受けてたつよ」

彩翔あー君、一番初めは私だよ!」

みーこそ、何を言ってるのさ。今度は俺の番だって」


 言い合いながら、ニヤニヤ笑うの止めてくれない? 

 流石に、目の前でイチャイチャされるのは心にクルものがある。


「ゲームの後は、文化祭の打ち合わせをするからね?」

「オッケー」

「もっちろーん」


 彩翔も湊も、上機嫌急上昇だった。まぁ、奴らは置いておいて。俺は火花に話があるのだ。


 って……おい、火花? 視線を向けた途端、あからさまにイヤな顔をするの止めろ。こっちだってイヤだけど、そうも言っていられない状況で――。

 と、クイクイ制服を引っ張られた。


「へ?」

 見れば、天音さんが期待に満ちた目で俺を見る。

 さらにクイクイと、自分に向けて指を向けた。


「え……っと?」


 俺は湊に助けを求める――幼馴染み様は、にーっと笑う。


つーちゃんも、頑張っているよと仰っているようで御座いますのよ、空?」


 その微妙な敬語、ニヤつく笑顔も合わせて止めろ。本当に気持ち悪い。


「えっと……天音さん、頑張っているね?」


 途端に、ぷくーっと、不満そうな顔を見せる。どうやら、不正解らしい。湊を見れば、何故か目を逸らされた。


「天音さんは、頑張っている――」


 なんで、断言したんだ、俺?

 あ、でも少し、表情が和らいだ。どうやら、肯定して欲しかったらしい。天音さん、湊に毒されすぎじゃないだろうか。どことなく、エンジェルさんを彷彿させるから不思議だった。


 まぁ、それななら。多少、悪ふざけを許してもらえるのなら――ゲームで、エンジェルさんとジャレるように、天音さんに接してみますか。


「天音さんが最強!」

「ふふっ」


「天音さんしか勝たんっ!」

「でしょー」


「フレーフレー! 天音!」

「もう一息!」


「あーまーね! あーまーね!」


 そう俺が連呼すれば、


「あーまーね! あーまーね!」

 男子達まで、悪乗りして追随してきた。


 その瞬間、スンッとテンションが下がったように、天音さんは無表情になってしまう。ちょっと悪乗りし過ぎたか。これはかなり反省だった。


「ま、下河に応援されても、テンション下がるよな」

「納得ー」


 男女ともに、酷い言われようだった。まぁ、そりゃそうかと納得するけれど。でも、そんなことは、どうでも良い。ウンザリとした表情を隠さない火花に向け、俺は即座に距離を詰めた。


 ここ数日、ずっと逃げられていたのだ。

 やっと、掴んだ好機――。



(今日は絶対に逃がさないっ)


 ディフェンスをするように立ち塞がる矢淵さん、おどおどしながらも一番前に出ている本馬さん、美夏さん、実沙さんも立ち塞がって、火花の退路を塞いでくれる。





火花リーダーが忙しいは分かっているけどさ。ちょっと、俺の相談に乗ってよ?」

 ニッと笑って見せる。

 ますます火花が、その表情かおを歪めた。





■■■




「あのね、下河? もう、役割分担はしたでしょ? 企画書も渡した。後は、お互いに自分の仕事を――」


「だから、その企画書について質問したいんだって。プロデューサーの意図に反したら悪いじゃんか?」


 そう言って、火花手製の企画書を広げる。

 と言っても、たいそうなことは書いていない。


 教室内をカフェとしてアレンジする。教壇をステージに見せるような演出を。これも悪くないと思う。ボサノバの流れた店内から、いきなりポップな楽曲にクロスフェード。


 イメージは男女混合パフォーマンス集団、COLORSカラーズ。これも、あの四人なら本当に悪くない。でも――そこまでで。そこから先が空っぽなのだ。


「……じゃあ聞くけどさ、カフェのメニューはどんな、イメージなの?」

「は?」


 火花は目を瞬かせる。


「そんなの、調理班の仕事でしょ?」


 やっぱりかよ。小さく息を吸い込んで、俺は呼吸を整えた。感情を露わにしないように。深く、深く、気持ちを飲み込んで。


「調理班の制服はどうする?」

「え? そのままで良いんじゃない? 中学生らしくで、さ」


 みんなの文化祭で、全員が特別じゃないことが、俺には引っかかっていた。腹立たしいのは、アイドル班以外、みんな同じ境遇。それなのに、他人事ひとごとなのだ。火花達を見て、騒いでいる場合じゃないって思う。


(全部、お前達の話なんだけど?)

 でも、そこはぐっと堪えて。それは、もう少し根回しをしてから――。


「……それは、こっちに任せてもらって良いってこと?」

「雰囲気を損なわなければね」


 暗に邪魔するなって言われたような気がするが、無視して質問を続ける。


「パフォーマンスする時の照明とかどうするの? 音響機材は?」

「俺たちのショーが目玉なのに、それ以上の味付けがいる?」


 マジか、と思ってしまった。別にプロではなくても分かることがある。演出があるから映える。舞台と客席に明確な境界線があるから、スターは、輝くんだ。

 同じ目線。のっぺりとした蛍光灯の下じゃ、映えるものも映えない。


 これは全部、ミキミキとリノリノが教えてくれたことだ。人生で大切なことは、大抵VTuberが教えてくれる。って、力説しても良いですか?


 それはともかく――。


(ここらへんは、後で彩翔と湊に相談かな?)


 思考を切り替える。

 次が、一番肝心な質問だ。


「予算は、各クラス、三万円あったでしょ? どうして、調理班の割り当てが三千円なの?」


 これで飲食カフェを? いったい、何をやらせるつもりなの?――そう言いたくなる感情を、今はとにかく抑える。

 火花は首を傾げるながら、言葉を返した。


「メインは、俺達だもん。衣装はオーダーメイドで頼むからさ。格安のルートで依頼をかけるにしても、これぐらいは必要経費だよ。そうでなくても、練習で使っているスタジオも、ダンスのトレーナーも俺もちだからね。そこの内容を詰めるの役目は、文化祭実行委員長の下河なんじゃない? それこそ工夫次第だって、俺は思うけれど?」


 ニヤニヤ笑って、そんなことを言う。


 火花の考えていることは、何となく分かる。こんなの無理と、泣きついきて欲しいのだ。火花の実家は、不動産を生業としたグループ企業。それぐらいのお金、捻出できると言いたいんだろう。

 でも、俺が欲しいのは、そんな言葉じゃない。


「それは……アイドル班以外のことは、全部俺に任せてもらえるということで、良いの?」

「うん、それで良いよ。頼りにしているね、下河」


 火花はニンマリと笑む。

 よし、言質はとった。俺は心の中で、膝を打つ。誰にも気付かれないように、小さく息をついた――その瞬間だった。





■■■





「……そんなのおかしいよ!」


 絞り出すように、天音さんの声が響いて。俺は大きく目を見開いてしまった。

 天音さんが、俺を見て、火花に視線を送って。それから、また俺に視線を送る。その視線が、痛いくらいに突き刺さる。


 火花がニヤニヤ笑うのを尻目に。


 なんとか、視界を逸らさず、真っ直ぐに見やることができた。

 否定されることも、バカにされることも慣れている。


 だって、彼らの言う通りだって思うから。

 でも、天音さんにまで、否定されるのは――。










 流石に、ちょっとこたえた。

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