第2話 傍観者さんと主役さん


 天音さんが、嬉しそうに鼻歌をうたう姿を見ながら。


(テンション、高くない?)


 教室で眺めていた時と、少し空気が違うと思うと――少しだけ、頬が緩む。

 休み時間のことを思い返えす。


 苦さが半分。

 そして、天音翼に救われたと思うことが、それ以上で。


 そして、やっぱり考えこんでしまう。

 彼女は間違いなく、この物語の主役なんだ、って――。





■■■





 休み時間、俺はいつも傍観者になる。

 ラノベを読みながら、自分の世界に浸ったフリ――をする。隙を見せれば、彩翔や湊、バスケ部の連中が寄ってくるから油断ならない。退部したヤツのことを構うのは良い加減、止めれば良いのにと思うけど。


「天音さんって、転校が多かったんだね?」

「うん。だから、友達は多いんだけれど……こう、深くの付き合いはなくて。それは、ちょっと寂しかったかな?」


 寂しそうに彼女が微笑んだ。

 亜麻色の髪が揺れる。俺の方向からは、その表情は、まるで読み取れない。そんな様子を見ながら、この場の主役――天音さんに感心してしまう。


 驚くべきは、そのコミュ力だろうか。質問攻めにまるで躊躇していない。真摯に受け止める。お高くとまってないし。かと言って、その容姿を武器にするワケでもない。自然なコミュニケーションが、彼女の人目を惹く容貌と相まって、クラスの面々の気持ちを攫っていったのは間違いない。


 その隣に湊と彩翔がいるのは、良いことだ。彼女なら、アイツらと一緒にすぐ人気者になれる。


「なぁ、下河」


 突然、声をかけられて、顔を上げる。


「放課後の学校案内、俺が代わるよ。お前、どうせ姉ちゃんのことで忙しいんだろう?」

「……」


 なんだ、それ?

 それなら、最初から立候補してやればよかったんじゃ――。


 いや、むしろ良いか。天音翼の対人スキルが高いのはよく分かった。きっと彼女なら、上手く躱すし、色々な人を味方につけられる。姉ちゃんの部活が終わるまで、また本屋で……。


「下河君! 放課後、よろしくね!」


 この会話を知ってか知らずか。無邪気に、天音さんはそんなことを言ってくる。


「その件だけどさ。放課後、下河の代わりに俺が――」

「え? 後藤君、忙しいんでしょう? 無理しなくても大丈夫だよ? 今日はたくさん、みんなとお話したいって思っていたから、丁度よかったかな。下河君とは、後でゆっくりお話しようね?」


「いや、俺と30秒も話してないと思うけど? それと、俺は後藤じゃなくて、郷田だよ!」


 ひどすぎる。【ご】しか、合っていない。


「ま、転校初日。みんなの名前を覚えきれなくても、仕方ないよね」

「ねぇねぇ、天音さん。趣味って何――」


 あっという間に、女子達に天音さんは攫われてしまう。

 とんとん、と誰かが肩を叩く。見れば、彩翔だった。


「校内デートじゃん。がんばって?」


 ニッと笑って囁く。

 バカかよ。

 俺は、そう呟くのが精一杯だった。















 性懲りもなく、天音さんの学校案内を代われとやってくる輩が多すぎる。

 挙げ句、同行を申し出てくる男子が多いこと多いこと。


 ――人数が多いと、ちゃんと教えてもらえなそうで、少しイヤかな? 


 ――下河よりも、俺の方が完璧に学校案内するよ!

 なんだよ、完璧な学校案内って?


 ――完璧な学校案内って、ちょっと堅苦しそうだね。


 さらっと躱す。それでも、男子達は食い下がってくるのだから、その根性はたいしたモノだと思う。


 ――シスコンの下河と一緒にいたら【病原菌】がうつるぞ? 

 あいつの姉ちゃん、バイ菌で有名だもんな……。



 衝動的に。感情に身を任せて拳を握りそうになる、その瞬間だった。見れば、彩翔と湊まで、殴りかかりそうな勢いで――。


 不自然に、天音さんが持っていた教科書が落ちる。叩きつけなきゃ到底でない、そんな音を響かせて。



 ――ごめん、落としちゃった。


 ぺろっと舌を出して。男子達を見ずに。

 はにかむように、俺に向かってそう笑いかける天音さんがいた。





■■■






「休憩時間の話だけど?」


 天音さんが言う。


「どうして男の子って、露骨にああなの?」


 天音翼は、ご機嫌斜めだった。思い出して、より不快感がこみ上げてきたらしい。


「えっと……。そのまま行けば職員室で――」

「露骨に胸を見て、その次に顔でしょ? ちょっと、失礼じゃないかな? 人のことを悪く言うのは、もっといただけないよ」


 天音さんや。校内案内しているんだから、ちょっとは俺の話を聞いてくれ――とは思うけど。


 彼女は彼女で、初日の洗礼と品定めのような視線に辟易していたんだと思う。


「下河君はどうなの?」


 放課後の学校。夕陽がさしこむなか。天音がくるっと、体をターンさせて。俺を見る。運動部の掛け声が混じりあうのを、遠くに聞きながら。まるで、時間が止まったかのような錯覚を覚える。


「へ?」

「……下河君は、あまり私を見ないから。もしかして、嫌われたのかな……って思って。海崎さんは『空に限って、そんなことないよ』って言ってくれたけど。やっぱり、気になるし――」


 見ない、と言うよりも。関わりたくないと言った方が正解かもしれない。彼女はラノベで言えば、メインヒロイン。俺は明らかにひねくらた脇役モブだって、自覚があるから。正直、天音さんは眩しすぎるんだ。


「……男なら、見ちゃうでしょ?」


 いや、俺は何言ってるの?


「それは、下河君も?」


 いや、君も何で聞き返すのさ?


「……転校生が来たんだ。気にはするよ?」

「どうして、案内役を立候補をしようって思ったの?」

「そっちは保健室で――」

「どうして、案内をしてくれようって思ったの?」


 誰もいない廊下で。

 距離は保っている。


 薄暗くて、廊下の端がぼんやりとしか見えない。それなのに、どうしてだろう。天音さんとの距離が近い――そんな錯覚を憶える。


「……初日に最悪な気分にさせたくなかっただけ」


 そっぽを向いて、何とかそれだけ言う。

 たいした意味なんか無い。そもそも、いらないお節介だったんだ。今日の天音さんの姿を見ていれば分かる。俺が余計なことをしなくても。きっと誰かが――。


「そっか」

 彼女は微笑む。


「嬉しいなぁ」


 夕陽に照らされ、影がのびる。

 影が描く指先に気を取られていると。

 天音さんとの、距離が近かった。


「分かっていたけれどね。下河君は、下心なく私のことを見てくれたんだね?」


 にっこり、天音さんは笑う。


「は? 違うし。俺だって男だから、下心あるし!」


 何を吐露してるの、俺?


「うんうん。お姉さん想いな所を含めて、安心できる人だよね、下河君って。海崎さんの言う通りだって思った」


 ニコニコ笑って天音さんが――俺の手を取り、走り出した。


「ちょ?! ちょっと?」

「海崎さんがね、後で来てねって言っていたの。だから、下河君も付き合って?」

「湊が?」

「うん。後で体育館に来て、って言われていたの」

「い、イヤだよ!」


 体育館はバスケ部連中がいるじゃんか。退部した古巣に、誰が好き好んで行こうと思うのさ――。


 そう思うよりも、早く。

 天音さんは、俺をぐいぐいと、引っ張る。


「廊下は走っちゃダメだって!」

「今、階段だけど?」

「余計にダメ!」


 クスクス、この間も天音さんは、笑みを絶やさない。


 夕陽に照らされて。

 俺達の影が重なる――のも、見えないぐらいに。俺はアンバランスな姿勢で、走らされている。


「ちょっと、天音さん?!」

「今さら、行かないは無しね? 海崎さんは『空は嫌がるかもだけど。よろしく!』って言われたから。どうせなら、友達と一緒に行きたいでしょ?」

「友達って――」

「違うの?」

「違わない、違わないから! だから、止まって! ちょっと、その手を離して!」

「嫌」


 満面の笑顔で、拒否する。


「だから、俺の話を聞いてって!」


 天音さんはクスクス笑んで、まるで俺の話を聞いてくれない。この子は、どうやら時に暴走気味になるらしい。そういうキャラは、幼馴染……海崎湊だけでお腹がいっぱいだと言うのに――。








「体育館、そっちじゃないから! ちょっと、本当に待って!」


 俺の必死な絶叫は、天音さんの楽し気な笑いに、かき消されてしまったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る