第25話 フードバンクと美紀ティーと負けられない天音さん、矢淵さん



 かちゃっ。


 食器が鳴る。そして、どうしても静かだから、相手の咀嚼音がやけに耳についてしまう。俺は、空席に目を向けた。

 時々、姉ちゃんはこうなる。


 ――今日は、ごめんね。


 弱々しく笑う。唇を噛み締めて、必死に耐えながら。でも、聞こえちゃうんだ。姉ちゃんの呼吸がひゅーひゅー、静かに音を立てるのが。


 いつもは姉ちゃんが、料理を担当してくれている。でも、こういう時は何もできない。別にしなくても良い。ただ、本音を漏らしてくれたら、それで良いのにと思ってしまう。


(こういう時、絶対に学校で何かあったんだ……)


 そう思うのに結局は、俺は姉ちゃんに何もできない。

 一瞬でも、脳天気に姉ちゃんが文化祭に来てくれないかな? って思った自分を呪いたい。何もかもがが歯がゆくて――。


「ねぇ、空?」


 ダイニングに響く、食器と咀嚼音はまるで心の落ち着かないASMR。その繰り返しを破ったのは母ちゃんだった。


「前にさ、食材を安価で買えないかって相談してくれたでしょ?」


 俺はコクリと頷く。でもなぁ……と心の中でため息をついた。言った、確かに相談した。技術系の父ちゃんに比べて、広報を担当する母ちゃんなら、そういう人脈も――と思っていたが、自分の読みの甘さを痛感する。予算残額300円って……今頃、知育玩具も買えやしない。


「あぁ、うん……」

「フードバンクなんか、どうかな?」


 母ちゃんの言葉に、俺は目をパチクリさせる。


「食べ物、銀行?」

「まぁ、直訳すればね?」


 母ちゃんは苦笑いしながら、タブレットを取り出す。


「お?! それ第Ⅲ開発室のデモ機じゃん! 俺もまだ触ってないのに――」

「はいはい、父ちゃん。ちょっと、黙って」

「う……ひどくない?」


 ショックで打ちひしがれている父ちゃんは、とりあえず置いておく。オートバイとパソコン関係の開発となると、途端に病的なまでにのめり込むんだ。こういうオトナにはなるまいと誓う俺だった。


 母ちゃんが、タブレットで検索する。

 フードバンク――。


 まだ、食べられるのに、廃棄される食材。食品ロス。そんな食材を回収し、活用する事業がフードバンク。日本では、年間、523万トンの食品ロスが発生している。世界で、飢餓に苦しむ人へ向けた食糧支援が440万トンで。フードバンクは、そんな食品ロス解消の取組として、近年注目されている――。


(うちの町にもあったんだ。知らなかった……)


 母ちゃんのタブレットが、今度は写真を映し出す。


「……本馬さん?」


 俺は目を見開く。

 所狭しと、置かれた食材。その食材の整理に没頭していた女の子達の一人。それは、クラスで、俺と隣の席の本馬美玖さんだった。





■■■





 教室内、ザワつく声が胸を突き刺した。


「下河、お前がチクッたのかよ!」

「本当に陰険だよな!」


「黄島と海崎もグルなんだろ? クラス委員として最低じゃん」

「……あの武林先生。僕はあくまで、生徒の自主性を尊重していて。これは本当に寝耳に水と


「全然私たちのこと考えてないよね、本当に――」


 教壇に立つ武セン。そして、その傍で縮こまっている担任。喚き散らしているのは、火花を取り巻く陽キャーズ。火花は沈黙を守っていたが、その目は憎々し気に俺を見ていた。


 教室の空気は、これ以上、底がないってくらい重苦しい。


 まぁ、分かっていたことだ。

 何より、心苦しいのは――。


(戦犯は俺だけで良かったのにな……)


 俺は小さくため息ををついた。これで、尻込みする彩翔と湊じゃないから、余計に気が重い。 


「何を言ってるの?! そもそも話は聞かないし、勝手なことをするあんた達が――」


 湊が早速、爆発寸前で立ちあがろうとした瞬間だった。

 すっと天音さんが立ち上がる。


「……ごめん。言っている意味が、私には分からないや」


 そう陽キャーズに向かって、天音さんは言葉を投げかける。


 ――え?

 俺を含めて、そんな疑問符が重なった。陽キャーズはまるで勝ち誇ったかのように、笑顔を浮かべている。


「だって、下河君は、この文化祭が成功するために、頑張ってくれてうるんだよ? それなのに君達は、下河君に文句しか言わないでしょ? 成功させたいの? 失敗してざまぁって思ってるの?」


 天音さんの言葉は、教室の空気を一気に、ひっくり返した。


「そんな?!」

「天音さんは、どっちの味方なんだよ!」

「そんなの決まってるでしょ?」


 天音さんはにっこり笑んで――え? どうして俺を見るのさ?


「下河君を応援したいに決まっているよ」

「あ、あ……ありがとう?」

「どういたしまして」


 やっぱり天音さんは、ニッコリ笑う。


「な、なんだよ、それ……」

「天音さん、下河に騙されてるって」


「絶対に俺達のプランでやった方が……」

「でも火花君達のプランじゃ、クラスの予算じゃ足りないし。そもそも、個人のポケットマネーから出すのは、そもそも規約違反なんだよ?」


 そう、切々と天音さんに窘められて、陽キャーズは言葉を失っていく。スゴイな、って思う。俺じゃ、アイツらを説得なんかできない。天音さんは、たった一言、二言でアイツらの言葉を封じていく。


「あ、天音さんはどっちの味方なんだよ……俺達、友達ダチだろ?」

「友達だったらなおさら、厳しく言わないといけない時があるし。ちゃんと伝えないといけないコトってあるよね? それに――」


 一歩。また一歩、俺の方へ歩み寄ってくるの、どうして? 窓際に立っている俺は後ずさることなんかできない。


「私ね、一生懸命に考えてくれる人がね」


 言葉を、句切る


「――好きなんだ」


 瑞々しい唇ばかり目がいって。目を逸らそうにも、近すぎて。天音さんしか、見えない。こ、これは心臓に悪すぎ――。


「そういうことだ」


 おもむろに教壇から降りた、武センがニッと笑らう。

 天音さんの背中をバンバン叩いた。


「きゃっ?!」


 可愛らしい声。その衝撃で、天音さんがさらに距離を縮めて――俺の胸に飛び込んでくる。


「ちょっと、武セン?!」

「あ、あの……下河く、ん。ゴ、ゴ、ゴ、ごめ――」

「天音さん、落ち着いて?」


 天音さんがパニックになったのは分かる。でも、だからって距離を縮めようとしないで? これ以上、距離が縮まる余地ないから!


「おっと、わりぃ。ちょっと、勢いがつき過ぎてしまったぜ」


 そう言いながら、武セン、全然悪びれてない。強面のクセに、時々こういうイタズラをしてくるから、たちが悪い。


「こいつらとは、俺がしっかりお話しするから、さっさと行け。どうせ今から、文化祭の準備で、走り回るんだろう?」

「ん、うん……」


 それより、離れてくれない天音さんをどうにかして欲しい。俺の心臓が本当にもたない!


「「「「「ぬぬぬぬ……!」」」」」


 周囲の男子の怨嗟に混ざって、本馬さんと矢淵さんが、そんな声をあげるのはどうしてか。






 ようやく、教室を出て。

 階段を降りようとした瞬間だった――。










「お前ら、全然分かってねぇぇぇぇじゃねぇぇぇかっっ!!」







 武センの怒声が、窓という窓をビリビリ震わせたのだった。

 人呼んで、鬼の武セン。


 顔が怖い。生徒指導でははっきりと言う。オブラートに包まず、言葉は全てストレート。でも、武センの怖さはソコじゃない。


 生徒のためとなれば、一切妥協しないのだ。

 誤った行動をした、生徒にはなおさら。

 とことん、向き合ってくれる。


 の俺にとって、こういう先生がいてくれたコトは感謝しかない。

 と、ビクンと体を震わせ――怖かったのか、天音さんは俺の手を引っ張り、走り出す。


「ちょっと、天音さん?」

「ちょっと、待ってよ! 下河君!」


 もう一人、ビックリしたのか、本馬さんまで、俺の手を握ってくる。


「え? あの、え――」

「フードバンクにお願いに行くんでしょ? 私を連れて行った方が良いと思うけどね?」


 にっこり笑って、本馬さんが言う。いや、もともと、お願いをしていたから。そのつもりでなんだけれど。でも、これは――え?


「あぁぁっ! また先を越された! 最近、天音っちも美紀ティーも、あざとすぎるよ!」

「あざとくて結構。折角の文化祭だもん、遠慮なんかしてられないからね」


 にっこり笑って。それから、もう片方の手で、ピストルのハンドサイン。BANバンと撃つジェスチャーをするや否や、また天音さんは全速力で走り出す。


「ちょっと? 天音さん、手、手!」

「うん、離さないよ?」

「私も、離しません」


 左右から、そんな声が聞こえて――。

 二人に引っ張れて、俺は目を白黒させるしかなくて。二人の笑い声が響く。


「絶対に、追いつくから!」

 矢淵さんの声が後ろから迫りながら。


 気付いたら、バカみたいに校内を走り抜けて。

 息継ぎをするより、早く。

 言葉にするより、早く。

 自然と笑いがこみ上げてくる。


 みんなとなら、この文化祭……なんとか、やり切れる気がする。そんな高揚感が溢れて。


 ――姉ちゃんが文化祭に来れたら良いのに。


 なぜか、そんな感情が漏れそうになって。


(今の状況じゃ、あり得ない――)


 俺は自分の胸内に、その感情を封じ込めた。






________________



作者のyukki@フユ君大好き×大好き('□'* )だ ('ㅂ'* )い ('ε'* )す ('ㅂ'* )き♡)です。


コンテスト期間終了が近づき、ココでいったん小休止とさせていただきます!

ココまで応援してくださり、本当にありがとうございました!


読書選考後、また連載を再開したいと思います。


それまで、私は冬君充電タイムです。


この間も、応援していただけたら、連載再開のモチベーションになりますから!

ぜひ、よろしくお願いしますね!


間もなくバレンタインデーでしょ?

私はね、今年は生チョコ作りに挑戦します!

それから、今、手編みのマフラーを頑張っているんです!


冬君がいつも一緒だから。気付かれないように、作業をしているんです。休載期間中は気合いを入れて頑張ろうって思っています!

ぐっ(๑˃̶͈̀∇˂̶͈́)و⁾⁾˚*


あ、空には義理チョコあげるからねー。

本命はあの子から、もらってね💕


それから、フードバンク。

これ、とっても素敵な活動だって思うんです。

小さな活動が、誰かを支える手になっているんです。

具体的には、次回の更新で取り上げていきたいと思っている作者です!


お楽しみに!

それまで、皆さんの街にフードバンクがあるか調べてみても面白いかも、ですね。


文化祭編はもう少し続きます。

引き続き、よろしくお願いします! 


改めて、ココまで読んでくださって!

そしていつも応援、本当にありがとうございます!

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