第26話 フードバンク【パクパクモグモグ】


「ウチも下河シモと一緒に行く〜!」


 校門の前。ほぼ半泣きの状態で、矢淵さんは湊に引きずられていく。


「はいはい、全員が空についていったら、非効率でしょ?」


 湊さん、とても冷静だった。


「ヤダー! だって、湊っちは、黄島っちとラブラブじゃん! そんなトコ見せつけられている間に、シモとの悪女達の仲が進展しちゃうじゃん!」


「「だれが悪女?(ですか?)」」


 おぉ、天音さんの本馬さんの息がピッタリだった。


「まぁ、俺は男子チームと一緒に、音響機材を借りられないか、レコード店のおじさんと打診予定だけどね?」


 彩翔がニッと笑う。どうせやるなら、徹底的にヤりた。彩翔の父ちゃんはスピーカーオタクかつ、うちの父ちゃん達とバンドを組んでいたというのだから、驚きだ。


 なんでも父ちゃんが、ギターボーカルで、母ちゃんに捧げる愛の歌を――うん、それ以上は聞きたくないから、カットアウト。両親ののろけ話を聞かされる思春期の少年の気持ちと、その切り返しを300字以内で答えよ。あ、これ強制課題ね。


 照明機材は、保育園と小学校から借りれそうだし。

 稽古場は、学校と公民館、その両方で何とかなりそ――う?


(ん?)


 見れば、クラスメートの連中が、申し訳なさそうな表情を浮かべ、俺達に視線を向けていた。武センのお説教は免れたが、終始、何も言わなかった人たち。でも、それが悪いとはとても思わない。


 一度生まれた流れに逆らうのは、結構エネルギーがいるんだ。俺だって、本当なら今頃は家に帰って、ゲームかお昼寝を満喫して――。


「……あの、天音さん……? 私たちも手伝って良い?」

「え?」


 沈黙を破るように紡がれた言葉に、天音さんが目を丸くした。そんな天音さんを見て、つい俺は唇が綻んでしまう。


 やっぱり天音さんは、このクラスのなかで特別な存在だ。男女ともに好かれる素質は天性のモノ。その一挙一動に誰もが、魅せられる。それはまさにアイドル性と言って差し支えないと思う。


 素の彼女は、湊とは別の意味で天真爛漫で無邪気で真っ直ぐで。そんな天音さんの良さをもっと知ってもらえたら良いのに――心の底からそう、思う。


 行動派の湊。


 人を纏め、リーダーシップを発揮できる彩翔。


 アイドル性があって、ストレートに物言いができる天音さん。これは最強の布陣じゃないだろうか。 


「えっと……? ここまで頑張ってくれたの、下河君だから。お願いするなら、下河君にじゃないかな?」

「俺?!」


 まさかのキラーパスに、声が上擦った。


「でかしたよ、つーちゃん! 空ってね、ある程度安定したら、勝手にフェードアウトするからね。絶対に離しちゃダメだよ?」

「うん、分かった!」


 天音さんは満面の笑顔で、俺の袖を掴む。いや? え? ゆくゆくはバトンタッチは考えていたけれど、それは適材適所ってヤツで――え?


「本馬さん?」

「しっかり掴まえておくの、了解です」


 本馬さんまで頬を朱色に染めながら、もう片方の俺の袖を掴む。俺、完全に迷子のお子様じゃない?


「あぁぁぁぁっ! 美紀ティー! また、どさくさに紛れて! ズルいよ、ズルすぎだよ!」

「それなら里野ちゃんも、空いているところを掴ませてもらったら良いじゃない?」


 コテンと本馬さんは首を傾ける。ごめん、正直に言う。いや、心の中で言うけれど。正直、可愛い。MIKIMIKIが実在したら、きっとこんな感じなんだろうなってつい想像してしまった。


「か、可愛いって……こ、声に出て……」

「下河君のそういうトコ、本当にダメだと思う」

「ウチも下河シモのつかむーっ!」


 むぐっと、矢淵さんに掴まれたのは、俺の胸ぐら。いや、これ女子三人にカツアゲされている図じゃない?


「違うー!」

「違います!」

「だって、掴むトコないんだもん! 仕方ないじゃん! 流石に下河シモのシモ掴んだら、私変態だし――」


「「どこ、掴む気なの?!」」


 そう言いながら、三人とも離してくれな……まって、矢淵さん? 首がしまって……首――い、息ができな……。

「なんで下河ばっかり?! ハーレムじゃんか!」


 男子が呪詛をこめて言う。

 そう言うのなら、代わってほし――。


(あ、ダメだ。これ……)

 視界がブラックアウトする瞬間。


「「下河君!?」」

「下河?!」

「「空?!」」

 そんな声が響いて、そして一瞬で、意識が落ちた。






■■■





 ほんの一瞬だけれど。

 川辺に綺麗な蓮華の花。

 

 渡し船に、亡くなった婆ちゃんの姿を見た気がしたけれど。

 それは、さておいて――。






■■■





 俺は唖然としてしまう。


 所狭しと置かれた段ボール、そして食材。足の踏み場もないほどだった。スタッフさんは仕分けで忙しそうだった。それも日常茶飯事と言わんばかりに、フードバンク【パクパクモグモグ】の君島三恵きみしまみえさんは、ふんわりと微笑んだ。


「……下河君、君のご両親にはお世話になっているんだ。今日はよろしくね?」


 パチッとウインクされる。大人の女性に至近距離で覗きこまれ、ついドギマギしてしま――。


「痛ってぇぇぇ!」


 何故か、左右の足をそれぞれを。天音さんと本馬さんにめいっぱい踏まれたのだった。


「あらら」


 そして、ふふふと笑う。


「美紀ちゃんも、そんな顔をするんだね?」


 三恵さんに視線を向けられて、本馬さんは瞬時に頬を染める。ん? 普段は違う様子なんだろう、か――?


 もう1度、左右から踏まれてしまった。


「「この鈍感マン!」」


 いや、二人に怒られる意味がまるで分からない。


「え……? っていうか、本馬さん? 食材の量すごくない? これ、本当に一般家庭から集まったの?」


 スーパーで、


『ご自宅の賞味期限の切れていない、食べきれない食材をフードバンクに寄付してください』


 そう書かれたボックスをたまに見る。でも、食材を余剰に買う家なんてそうあるワケがない。ロスになる食品を再利用するのがフードバンク事業、その理想は素晴らしいと思うが、そう考えても無理が……。


「522万トンのうちの275万トン」


 本馬さんが、そう呟いた。


「へ?」

「日本で発生する、合計522万トンの食品ロスのうち、53%が企業が出すロスなの。例えばね、商品のパッケージが変わっただけで、破棄されちゃう」


「……は、き?」


「うん、ゴミとして処分されちゃうの。それは何かトラブル予防のため、多めに生産するパンや惣菜もそう」


「え、でもさ? それ安く売ったら良くない?」

「そんなことをしたら商品の価値が下がっちゃうよ?」


 まるで社会の授業みたいだ。でも、本馬さんの言いたいことは、なんとなく分かる。安い基準で売りまくったら、利益が出ない。売れば、売るだけ赤字になる。だから、企業は食品を廃棄するのだ。でも、そう考えれば、食品を処分する費用もきっとバカにならない。


「フードバンクはね、そういう企業から食材を寄付してもらって、福祉施設に寄付するの。企業は、環境課題に向き合うことになる。結果、SDGsに貢献することとイコールだよね? 処分費用も減る。福祉の現場では、子ども食堂のような場所に寄付ができる。WIN-WINの関係ではあるんだけれどね。まだまだ、浸透していないのが現実かな?」


「美紀、ありがとう。そこまで解説されたら、私の出る幕はないね」


 三恵さんが苦笑している。はっと我に返ったのか、本馬さんがあわあわ、顔を真っ赤にしながら手を振った。


「あ、ごめんなさい! 出過ぎた真似を――」

「良いの、良いの。美紀は小学校の時から手伝ってくれていたもんね。人手不足だから、手伝ってもらって、本当に助かっているし。そこまでウチのこと語ってもらえたら、むしろ本望かな?」


 カラカラ笑いながら、三恵さんは言う。それから、真剣な眼差しを俺に向けた。


「ココの在庫管理ね、下河先輩にシステムを組んでもらったの。あ、君のお父さんにね」

「……へ?」


 いきなりの話に思考が追いつかない。


「だからね、恩があるし。美紀が好きな子って聞いていたから――」

「ちょっと、三恵さん! どさくさに紛れて何を言ってるんですか!」


 今までにないくらい本馬さんの大声が響いた。耳がキンキンして、肝心の話がよく聞こえない。


「……鈍感なうえに、ココぞという場所で難聴になるんだから。本当に下河君のバカ。ま、私的には良かったけどね」


 なぜか天音さんにディスられた。え? 俺、悪くないよね?


「ねぇ、空君」


 三恵さんが俺に囁く。大人の女性の真摯な眼差しに妙にドギマギしてして――両サイドから容赦なく踏まれた激痛――は、なんとか耐えた。


(……今、大事な話の途中なんだけれど?)


 抗議せず、ちゃんと三恵さんに向き合った自分を俺は褒めたい。


「フードバンクってね、企業と契約を結んでいるの。決まったルート以外に食材を提供しない。提供した団体は正確に報告するって感じでね。空君は、どうしたら良いと思う?」

「……」


 あの……三恵さん? それ、耳元で囁く必要ないですよね?

 ますます両隣が、不機嫌なの意味不明なんですが。こっちは、どうしたら良いと思う?!


「それは、交渉の余地がありってことですか?」

「空君次第かな?」


 指先で俺の首筋を撫でる。


 綺麗なお姉さんは好きですが、今このタイミングで締まらない顔を見せようものなら、両隣から天誅を受けそうで自粛する。それよりも、思考を巡らす。俺の回答次第で、食材がどうなるか決まってしまう。だから考えろ、ちゃんと考えて――。


「アイドル喫茶で、フードドライブをしたらどうでしょうか?」


 そう言ったのは、本馬さんだった。


「フードドライブ?」


「うん。あのね、翼ちゃん。お家から余剰食品を持ち寄ってもらうの。スーパーとかによくあるヤツ。あれがフードドライブなんだけれど。寄付してくれた人にはアイドル喫茶の料金を無料にするとか、どうかな?」


「良いね! ついでにアイドルチームが握手をしてあげて――」

「絶対にイヤ」


 天音さんがにべもない。良いアイディアだと思ったんだけれど……だから、グリグリ足を両サイドから踏むの、本当に勘弁してくれない?


「それなら、チャリティーコンサートの名目にするのも良いかも。売り上げで黒字になった分は、地震での寄付に――」


「それナイスアイディアだよ、翼ちゃん!」


「ついでに企業さんから、協賛金とか出してもらえないかな?」


「それは学校と要相談だけれど、面白いね! チャリティーアイドル喫茶SDGs、これなら学校側もスムーズに納得してくれそうだし。予算の心配もなくなる気がする!」


「寄付してくれた人には、アイドルチームがデートを――」


「「却下」」


 二人揃って、にべもない。良いアイディア――とは思わないけれど。でも二人とも、容赦なく頬を抓るの、もう少し遠慮して?


「……まぁ、それなら企業と交渉できるかもね」


 クスリと、三恵さんが苦笑を漏らす。それは快諾を得た瞬間だった――けれど。

 冷静になって思う。


(……俺、何もしてないよね?)


 と、じっと二人分の視線が、俺の瞳を覗きこむ。


「「あのね、下河君……?」」


 二人とも息ピッタリで。思わず、後ずされば、段ボールの壁に塞がれた。


「「私たち、がんばっているよね?」」


 二人がニッコリ笑む。

 俺はコクコク、頷く。むしろ、縦に頷くしか選択肢がない気がした。


「「だったら……文化祭、一緒に回ろう?」」


 そんな二人の言葉に、やっぱりコクコク頷くしかなくて。





 ――どうやら、俺のお昼寝喫茶の夢は、ものの見事に砕け散ったようだった。







________________



【ところで、ここでクラスメートの叫びを】


「俺達もいること、忘れてませんかー!」

「ムリだって。絶対に聞こえてないから」

「あぁ、天音さんとあんなにくっついて。下河、そこ変われ」

「天音さんに踏まれたいのなら、どうぞどうぞ」

「多分、蹴られると思う」

「粉砕だね」

「本馬さん、恋する女の子じゃん。応援したい!」

「前から思っていたけど、素の天音さん、可愛いよね。下河君やるなぁ」




【ところで、ここでリノリノの叫びを】


「絶対に、今イチャイチャしている気がするー!」

「はいはい、分かった分かった」

「湊っち、冷たい?!」

「そこに里野が入ったら、ますます収拾つかないでしょ?」

「うー、下河シモー! 会いたいよー!」

「離れてまだ、10分じゃん」

「10分も離れたんだよ?! 湊っち、さては彩翔っちと倦怠期だな?」

「ほぉ。頑張った里野に、空と文化祭過ごせるよう段取りしようと思ったんだけどなぁ……。里野、そういうこと言うんだ?」

「ウソです、ウソ! 神様、仏様、湊summerサマー!」

「うん、今絶対にバカにしたよね?」

「やーん、湊っち! 胸がないのがむしろ男前!」

「……もう、里野なんか知らない!」

「あぁ、湊っち、ごめんって! 本当にごめん!」




 空君はお昼寝喫茶を実現できるのか。

 文化祭編、さらに続きます(by 姉)


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る