第27話 LIKE MUSIC~あくまでLIKE / 単にLIKE / 言い訳だらけ / I LIKE YOU~


彩翔あやと、これはどういうことなのさ?」

「まぁ、まぁ」


 宥めようとする、どうして? どうして俺が宥められているの? 悪いの俺? ねぇ彩翔、俺なの?


彩翔あー君が、急にダンス上手くなるなんて、空が助けてくれたぐらいしか理由がないもんね」


 ニシシと、湊が笑む。名推理だよ、湊さん。でも、お前には言っていたよね?


「でも、もう自主練は必要ないんじゃない? 彩翔は、それなりにもう踊れるし、コーチとして彩音さんが協力をしてくれたんでしょ?」


 黄島彩音――彩翔の姉さん。生粋のCOLORSカラーズファン。会員番号カラーコード#e6b422、初期のファンクラブ会員ナンバーを所持していた。と、その名前を出した途端、彩翔の表情がやつれ、青ざめる。


「空ぁぁぁ! やっぱり、俺はお前が良いっ!」


 ひしっと抱きついてくるな。さっきまで連続でダンスをしていたから、汗臭いったらありゃしない。


「離れろ! 鬱陶しい!」

「ひどい! あんなに激しくしたクセに」


 それ、ダンスの話な! 湊、いちいちムスッとしなくて良いから! 知っていると思うけれど、俺達そんな関係じゃないから!


「だって姉さん、こだわりが強いからさ! あんなの無理ゲーだって。ゼロコンマで合わせろとかさ」


 お前は何を言っている? 合わせなかったらズレるじゃん。そんなダンス、格好悪いだけだろ?


「ま、彩音さんはCOLORS愛が深いからね。中途半端なダンスは認められないって。あー君はまだ良いよ。涙目なのは、火花だよね」

「へ……?」


 俺は目を丸くする。あのキラキラ王子が? それこそ、意味が分からない。だって、あいつはプロのダンス講師を、金に糸目をつけず雇っていたワケで。一番、基礎がしっかりしていたのは、火花だったように思う。


「だって、雇い主んだもん、あの甘いダンスの先生。彩ちゃんと、雲泥の差だよ。あっちは、心底COLORSを愛しているからね。形だけの振付師と一緒にしたらダメだよ」


 ケラケラ、湊は楽しそうに笑う。ダンス――だけじゃないよな、湊さん? 絶対、お前は、俺の反応を見て楽しんでいるだろう?


「下河君」


 そんな声が、俺の耳元で囁かれた。


「あ、天音さん……?」

「うん」


 にっこりと。満面の笑顔を浮かべたのは、天音翼だった。

 いつもの公園。そのバスケットボール用のコート。


 三バカが、ストリートバスケットボールをするいつもの場所。


 そこでダンスの練習をしたいただけなのに――天音さんがいるだけで、特別な場所に置き換わってしまったような、そんな錯覚を憶えた。


「にゃ、にゃ……んすか?」


 ドモってしまった。おい、湊? それから彩翔? 声を殺しても笑っているの、見え見えだから!


「下河君と一緒にダンスしたいなぁって、思ったの。ダメ?」


 さらに距離を埋めて、まっすぐに天音さんは俺を見る。


「お、俺と踊っても……」

「黄島君とは、綺麗に踊っていたよね?」


「そりゃ流石っていうか。動画配信厨の底力――」

「あー君、二人の会話を邪魔しないの」


 外野の二人がガヤガヤ何か言っているが、全然、頭に入ってこなかった。

 まっすぐに、まっすぐに。天音さんは、俺を見る。俺は、その目は目をそらせない。


「私ね、この文化祭でって思っているの」


 そんなことを天音さんは言う。


(優しいよな――)


 素直に感心する。

 君なら、誰だって仲良くなれる。いくらでも想い出を作れる。そう思う。


 これまで、積極的に行事に踏み込まなかったのは、きっとまた転校してしまうか可能性があるから。そんな未来を恐れていたように思う。


 それが今、こうも前を向いて。みんなと、文化祭を成功させようと彼女が一番、一生懸命で。


(……それなら、俺も)


 少しでも、彼女を後押しができたら良い。想い出の断片に、混ざれたらそれだけで嬉しい。


 そう自然に思えたから、小さく息をつく。それからスマートフォンの音楽アプリをスピーカーモードで起動させた。


 見れば、彩翔も湊もすでに定位置で。


 よくよく考えれば、本番で俺は彼らと一緒に踊れない。俺にとっても、これは貴重なレアシーンといえた。

 タップ。再生させる。


 軽快なリズム。打ち込みの音とドラムが混ざって。溶け込んで、ベース。そこから、アコースティックギターの旋律と、シンセサイザーが併走して。加速する。


 チョイスした曲は、COLORSの【LIKEライク MUSICミュージック

 彩音さんの推薦だった。




 ――好ましいって思ってる

 ――何となく、他人とは思えなくて

 ――ちょっと、気になって

 ――ちょっと、放っておけなくて

 ――気になったら、目で追いかけて


 天音さんと、目と目が合う。自然と、頬が緩む。

 やばい、汗が散る。雫が飛ぶ。


 でも、楽しい。

 本番で、俺は踊らないのに。何、マジで俺は踊っているんだろう?


 ――あくまでLIKE

 ――単にLIKE

 ――言い訳だらけ

 ――I LIKE YOU


 歌詞が妙に突き刺さる。好ましいって思ってる。何となく、他人とは思えなくて。ちょっと、気になって。ちょっと、放っておけなくて。気になったら、目で追いかけて。そんな歌詞を、気付けば踊りながら口ずさんでいた。



「ちょっと、二人の世界すぎない?」

「あー君、またテンポが、ズレているよ? 集中、集中!」

「分かっているって!」


 外野がなんだか、やかましい。でも、それもどうでも良かった。ダンスに夢中になっていると、音すらどうでもよくなって。奴らの声すらバックグラウンドミュージック。ただ単に、BGMになる。


 天音さんの息遣い、時折もらす微笑しか聞こえなくて――。


 とりあえず、形にはなりそうだ。なんだかんだ言っても、火花もきっと頑張るはずだ。彼のプライドが、こういう行事では上手く作用して、クラスを盛り上げる。そこに俺が不要な存在であることも、よく分かっている。

 でも、今は――。


(……楽しい!)


 だから、なおさら。少し寂しさを感じてしまうけれど。


 ――あくまでLIKE

 ――単にLIKE

 ――言い訳だらけ

 ――I LIKE YOU


 四人の手が重なって。

 それから彩翔と湊が。そして俺と天音さんの指が絡む。


 これは振り付け、想定内のダンスの振り付け。


 それなのに、温度を感じた瞬間、心臓が跳ね上がるのはどうしてか。本番では、火花と天音さんの指が絡む。


 そう思うと。妙にジクジク胸に突き刺さる感情トゲの正体ががなんだろう。本当によく分からない。




 ――I LOVE YOUなんて

 ――言えるはずもなくて

 ――意地を張って

 ――でもやっぱり譲れなくて



 夕陽がスポットライトのようだった。

 この時間よ、終わらないでと思ってしまう。

 でも、無理だ。

 もう少ししたら、姉ちゃんを迎えにいかないと――。

 曲が終わる。

 次のフレーズで。




 ――誰よりも彼よりも

 ――I LIKE YOU

 ――好ましいって思ってる




 ステップを踏んで。

 天音さんの距離が。頬と頬が触れそうなくらい、近い。


 指を絡めて。

 心臓の鼓動が早鐘を打つようで。


 これは、激しいダンスの後だから。だから、仕方ないんだ。そう言い訳を重ねながら――。










 〝パチパトパチパチパチ〟









 まさかの拍手が飛んで来て、目を丸くした。公園で遊んでいたチビっ子達が、気付けば俺たちに釘付けになっていたのだ。


 ぎゅっと、天音さんが俺の手を握る。

 もう片方を彩翔が。彩翔は、湊の手を握って。

 気付けば横一列、四人でお辞儀をしていた。



 チビッコ達の拍手喝采を全身に受けながら。

 今日だけだって思うのに。


 これはただのダンスの練習なのに。

 体が芯まで熱くて。


 痛いくらいに、胸の鼓動が収まらない。天音さんに聞こえないか、そんな心配ばかり頭の中でグルグル回る。


 ふと、天音さんんと目が合って。

 ふんわり、彼女は微笑む。


(その笑顔、やっぱり好きだな――)


 心の中、そう呟いていた。

 ……って、俺は何を?


 かぁっと、さらに頬が熱くなる。胸の奥底が疼く。

 これはダンスをした後だから。


 ちょっと、息が上がっただけだから――。

 そう、言い訳を。何度も、何度も言い訳を繰り返しながら。

 



 ――あくまでLIKE

 ――単にLIKE

 ――言い訳だらけ

 ――I LIKE YOU


 そんな歌詞が。メロディーが、未だに頭の中で響いて――鳴り止まなかった。







________________



※本当の作者より蛇足。


LIKE MUSICの歌詞全文は

尾岡れきの【詩集】Like Music,Live Song~L.M.L.S.Recorders~に掲載しています。


「LIKE MUSIC」

https://kakuyomu.jp/works/16817139556046041329/episodes/16817139556076254409





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