第7話 下河君のお昼時間(in 学校の秘密基地)


 チャイムが鳴って、授業は終了。待ちに待った、お昼休憩だった。


 みんなが、それぞれ仲良しグループに分かれる。そんな、それぞれを尻目に、俺は弁当箱と本を片手に席を立つ。

 彩翔を見れば、天音さんとともに、クラスメートに囲まれていた。


好機チャンスっ――!)


 隙あらば、一緒にお昼を食べたがる幼馴染ズ。その気持ちは本当にありがたいが、俺はお昼、静かに食べたい派なんだ。まして今日は姉ちゃんの唐揚げが待機している。絶対に、あいつらにはめぐんでやらない。これは決定事項だ。


「あ、あの……下河君……」


 本馬さんが申し訳なさそうに、顔を歪めた。気にしなきゃ良いのに、本当に良い子だ。本馬さんの友達に席を譲ったことを気にしているのだ。


 うちの中学校は、割と自由な校風で、食事も基本的には自由だ。カフェテリアコーナーで食べて良し、よそのクラスも良し、校庭で食べてもオッケー。


 ただ、天音さん効果で、他のクラスの生徒まで、ウチのクラスに押しかけるから、辟易する。生徒会本部が暫定措置として、抽選会を行ったのは、後で彩翔に教えてもらった訳だけれど――。


「別に、気にしなくて良いよ。俺、静かに食べたいだけだし」

「ごめんなさ――」

「そういうの、良いから」


 我ながら無愛想だって、思う。ひらひら、手を振りながら、踵を返して――。


「下河君、ありがとう……」

「あ、空、ちょっと待って!」

「空?!」

「下河君……」


 本馬さん、彩翔、湊の声に混じって。天音さんの声が聞こえた気がした。


(……割り切ったつもりだったのになぁ)


 天音翼と過ごした時間は、幼馴染ズと一緒にいる時間とまるで遜色なくて。

 欲だな、って思うけれど。


 彼女と友達になれたら、楽しいだろうなぁ。そう想い馳せてしまう。天音さんは、今一緒にいる華やかな人達がお似合いだと思うし、俺は姉ちゃんを最優先したいから、そもそも彼女と友達になるシナリオなんか、あり得ないけれど。


 誰もいない廊下。

 ステップして。


 レイアップシュートをイメージして、跳ねてみる。

 生徒の賑やかな声、笑い声に交じって。


 たんと、俺の足音が小さく響く。

 シュートが上手く決まらず、ボールが転がっていくような消化不良を憶えた。





■■■






 校舎、最奥の階段を登る。

 4階――最上階の踊り場。下の階は、廊下が続くが、ここは何もない。ただ、その分、踊り場が少し広く作られていた。


 書庫が並び、不要となった書類や物品が無造作に積み上げられ、書庫につっこまれていた。


 キャビネットが、屋上へ続く階段を封鎖している。


 通称――開かずの間。学校七不思議の一つ。ここには、病弱だが読書好きだった悪霊が未だ成仏できず、憑いている。


 彼は、同級生からの虐めに耐えられず、屋上から身を投げた。

 屋上まで、閉鎖されたのは、その名残り。


 夕方、灯がとらない場所で、青白く光が漏れて。

 影が揺れているのを、階下から見た生徒がいたのだ。


 ――怨嗟の読書愛好家リゼントメント・ブックリーダー

 後ろめたい過去がある子どもは、その本に収集されて――そして帰らない。





(……なんか、ごめん)


 申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 だって、ソレ。俺なんだよねぇ。


 奥の書庫から、カーペットを取り出して、広げる。


 あとはクッション、そして座卓を取り出せば、休憩スペースの完成だった。教員が不要と捨てた、電子レンジ、ミニ冷蔵庫を回収して、開かずの間に引き込んだのは何を隠そう、この俺。ケトルでお湯も沸かせるから、紅茶も飲める。最高の読書スペースだった。


 あの日、新刊が面白すぎて、日が暮れるまで読み耽っていたんだ。

 むしろ、気付かれて慌てたのは俺。

 慌てて、キャビネットの奥に隠れようとして、物音をたててしまった。

 むしろ脅かす格好になってしまった。


 心霊スポットと評され、誰も近づかないのだから、結果オーライと言えるけれど。

 




 ――天窓から、陽光が注ぎ込む。


 小さくあくびが漏れた。程よい温度。本当に、最高の環境だと思う。

 唐揚げを箸で運んで。


 昨日の揚げたてももちろん、美味しかったが。お弁当の唐揚げは、また油がなじんで。じんわりと、口の中に旨みが広がる。


(うまぁ)

 本当に姉ちゃんは天才だと思う。

 よそに嫁がなくてもいいから――なんて思うから、シスコンって言われるのか。ただ単純に姉ちゃんの作る料理が、上手いだけ。純粋に料理が上手いという評価。断固、そこはシスコンではないと主張させてもらう。


 俺は少し、体をのばして。


 家でしたら、絶対に怒られるけれど、ここでは自由。箸を口に咥えつつ、本のページを捲る。耳にはワイヤレスイヤホン。ノイズキャンセリング機能で、無用な音をシャットアウト。音楽に溺れながら、物語を読み進めることができる。


 誰にもジャマされない時間があるのって、本当に幸せ。

 学校で過ごしていると、雑音が多い。

 そして、悪意も。

 姉ちゃんのことで、ほとほと痛感した。

 今だけは、何も考えずに、本に没頭したい。 

 つい、そんなことを思ってしまう。


 もう一個、唐揚げを頬張り、さらに幸せを満喫しようとした、その瞬間だった。





■■■





『ねぇ、天音さ、調子に乗りすぎじゃない?』

『本当にね、ちょっと可愛いからってさ』


『火花君が優しくするからって、勘違いしてるのよ』

『だよねー』


『ちょっと、教えてあげないとダメじゃね?』

『教えるって、どうやって?』


『……実はね、天音のペンケース、隠してやったの』

『ガキかよ』

『図書室の本棚に隠したからね。絶対に見つからないよー』

『マジ、クソガキ』

『でも、実力診断テストで、ペンケースないとか、まずくない?』


『次、タケセンでしょ? あいつ、いきなり切れるじゃん! 中学生はもう大人としての自覚をもてとか、さ。それなら、メイクぐらいで、カリカリすんなっての』

『言えてる~』


『だから、いいんじゃん。武センに「なっとらん」とか、ムチャクチャ怒られたらさ。アイツも、ちょっとは反省するんじゃない?』

『言えてる~』







■■■






「ふむ」


 俺は寝っ転がって、開いた本をアイマスク代わりにして、ため息をつく。


 下の階の踊り場での密談すら、ワイヤレスイヤフォンは聞き取ってくれるのだから、昨今の集音マイクの性能は素晴らしい。プレゼントしてくれた父ちゃん、今日だけは呪ってやりたい。


 今なお、奴らの笑い声をイヤフォンが拾い続けてくれて――耳から、イヤフォンを取り出し、無造作にカーペットに放り投げる。


(それにしても――)


 折角の美味しかった唐揚げが、ぜんぶ台無しだ。

 このまま、この陽気の誘惑に負けて。眠りこけて――現実逃避してしまいたい。本をめくる気力すら湧いてこなかった。


「……どうせ、俺には関係のない話なんだけど、さ」


 呟く、その刹那。本がずり落ちた。

 天窓から差し込む日差しが、やけに痛くて――。


 だって。

 言い訳が漏れる。

 陰キャの俺には、どうしてあげることもできないじゃんか?


 眩しくて、目を閉じる。

 今もさ、あの時の笑顔がチラつくの。

 



 ――ちょっと、ズルくない?

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