第6話 お昼前の静かな攻防(知らないのは下河君ばかり)


(天音さん、もしかして不機嫌?)


 彼女が転校してきて3日。もう彼女はクラスの中心にいた。湊、そして彩翔と一緒にいるのも大きい気がする。


 もう一方の派閥グループ、火花達も、天音さんとお近づきになりたい。無派閥のその他大勢も、彼女の魅力を感じている。誰かが「天音さんはアイドルみたい」と言っていたが、言い得て妙だ。特に自分の容姿を武器にしているワケでもない。鼻につく行動も無い。それなのに、どうしてもその一挙一動に、目を奪われていた。


 ただ――。

 どうしてだろう。校内を一緒に回った時や、バスケをしていた時に見せた笑顔に比べたら、まるで希釈された笑顔のように感じてしまう。


(気のせい、か)


 あの時、俺が楽しかったんだよな。

 小さく息をつく。


 どう考えても、友達として過ごすにしても、立つステージが違いすぎる。どうしても、そんなことを思ってしまう。


「……あ、あの……下河くん?」

「ん?」


 目をぱちくりさせ、目を向ける。どうやら、本馬さんが声をかけてくれるいたらしい。


「どうかした?」

「あ、あのね。下河君って、何の本を読んでいるのか、気になって」

「あぁ……」


 そう頷きながら、本馬さんの手にする本を見やる。確かに、と思った。こうやって隣にいるのに、そんな話題を交わすことなく、黙々と本を読む二人だった。


「えっとね……。俺は『8回目の嘘コクは幼馴染からでした』これの最終巻――」

「あぁっっっっーっ!」

「はい?」


 突然の奇声に、俺は目を丸くする。雑談で花を咲かせていた教室内が、一瞬静まり返って、めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど?


 それと――ちらっと視線を向ける。どうしてか、天音さんの不機嫌具合が上昇した気がするんだけれど。なんで、こっちを睨むのかな?


「絶対に、ネタバレダメだからね! 『8ウソ』今日、本屋さんに行って買うんだから」

「今日って……。初回限定版のssは無理なんじゃ――」

「言わないで! 仕方ないじゃん! だって……『精霊王の末裔』を優先したんだから」

「へ?」


 それこそ俺が目を点にしてしまう。初回限定、設定イラスト集。第0話コミカライズがありながら、後回しにして『8ウソ』と『虹空』を優先したら、まさかの完売だったんだ。あれほど悔し涙を飲んだことは――って、待てよ?


「本馬さん、非常に勝手なお願いをするんだけど、さ」

「……私もしようと思ってた」


 ゴクリと、二人揃って唾を飲む。


「「本の貸し合いしない?(しませんか?)」」


 見事に二人の声が重なって――二人、目を丸くして――揃って、吹き出してしまう。


 すっと、お互い手が伸びた。

 握手である。


「お兄ちゃんの蔵書も提供できると思うよ、下河君。90年代、スニーカーやファンタジア文庫なんか、興味ある?」

「それなら俺も姉ちゃんのライブラリーを……。確か女性向けの薄い本があったはず」

「下河君、それはちょっと早い!(けど、勉強したいからヨロシク)」


 小声で堂々の宣言したよ、この人。

 まぁR-18指定だけど、心が大人ならきっと良いよね。


※作者注:ダメだよ! というか、時々本の位置が変わっていると思ったら、そういうことなのね。勝手にお姉ちゃんの性癖晒すの、止めてよね!


「……便乗して、相談しちゃうんだけどさ。下河君って、何かゲームやってたりします?」  

「なんで?」


「だって。話を聞いていたら、趣味が合いそうって思ったんだよね。実はFPSを始めてみたいなぁ、って思ていて。でも、ああいうのってガチ勢が多いじゃないですか?」

「まぁ、そうね」


 頷く。とちらかと言うと、俺もそういう意味じゃガチ勢かもしれない。


「俺は【フォーリンナイト】ってゲームやっていて――」

「100人でバトルロワイヤルするアレですよね? プレイするの怖くないですか?」


「アイテムや建築次第で、初心者も挽回できると思うよ? なんなら、登録したらフレンド申請してよ。ID、教えるからさ」

「……考えてみます」


 真剣に考え込む本馬さんが、妙におかしかくて、可愛らしいと思ってしまう。


「し、下河君……!?」


 見れば、本馬さんが顔を真っ赤にして俺のことを睨んでいる。


「へ?」

「下河君、そういうことさらっと言うの、本当にダメだから」

「へ? 今の声に出てた?」


 聞けば、本馬さんがコクコク小さく頷いて――え? マジ?

 むしろ俺の方が、恥ずかしかった。








「むむむむむ――下河君のバカ」


 どうしてか、後ろから天音さんの余計に不機嫌な声が届く。彼女は温厚で、誰にも平等だ。そんな天音さんを怒らせたの、いったい誰なんだろう?


 誰かの名前を呟いていたが、喧騒で聞こえなかった。ま、少なくとも、俺じゃ無いのは確かだった。





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