第5話 天音さんと下河君の距離感
「むー」
「天音さん、どうしたの?」
「難しそうな顔をして。やっぱり、緊張している?」
不正解。私、天音翼は、今、最高潮に不機嫌だ。
理由は、隣の席の主の不在――下河君だった。
昨日のお礼をしたい、そう思っていたのに。
休み時間の度に押しかけてくる、彼女ら彼ら、クラスメートたち。
――下河、ジャマ。
――お前、そこドケよ。
小声で言ったつもりなんだろうけれど。しっかり、聞こえてしまったんだ。下河君は、小さく息をつく。それ以降、彼らがこっちに足を運ぶ姿を見れば、さっさと本を片手に教室を出て行ってしまう。
「あ――」
声をかける間もなかった。
思わず、指先がのびて。
でも、この手でどうしたら良いのか、分からなくて。その手を下ろしてしまう。
まるで、別人のように、下河君が笑ってくれない。
昨日、あんな笑顔を見せてくれたのに。
あんなに、真っ直ぐに、私のことを見てくれていたのに。今は、ほんの少しも視線も向けてくれない。男子達の嫌らしい視線ばかり受けて、ウンザリしてしまう。
下河君なら、ちょっとくらい、そういう目で見てくれても――。
(……って、私は何を考えて――)
頬が熱い。自分の思考がよく分からない。
下河君は、私をそういう目で見ない。他の男の子達とは違う。彼は紳士的なんだって思う。ても、キザったらしくない。妙に女子を意識しているワケでもない。自然体に、素の私をちゃんと見てくれていた。それが、嬉しいと思ってしまう。
「空がいないの、気になる?」
ボソッと海崎さんに囁かれて、私は言葉につまってしまう。妙に頬が熱い――のは、緊張しているせいなんだ、と思う。
「え……あ、それは……」
否定はできなかった。戻って来てくるんじゃないかって、期待している自分がいた。どうしても教室の入口に目を向けてしまう。
「空は多分、階段の踊り場にいると思うよ」
「へ?」
黄島君の一言に、私は目を丸くする。海崎さんと一緒にいる黄島君。下河君に何かと敵意をぶつるけるのは、火花君。この教室は、この二人で派閥が分かれていた。
もっとも黄島君は、そんな駆け引きには、まるで無頓着で。下河君の親友と広言して憚らない。それは海崎さんも一緒で。
そんな下河君達に対する評価も様々だった。
――あの三人の関係って良いよね。
――小学校からの三バカだっけ?
――お情けで海崎さん達がいてくれるだけでしょ?
――バスケ部の時の下河君、格好良かったのになぁ。
――今は、なんていうか無気力?
――いやいやいや。今も前も普通に陰キャだから。
そんな声が、耳をすまさなくても聞こえてくる。下河君にだって、絶対に聞こえているはずなのに、彼は表情一つ変えず、本に没頭している。そして今、自分の席を譲って、教室を出てしまっている。
こんなの間違っている、と思うのに。それを口に出せず――俯くことしかできない。
「まぁ、空は変に気遣いをするからね」
「え?」
ボソッと呟く海崎さんの言葉に、私は思わず顔を上げた。
「あいつは、いっつもそう。頼んでもないのに、お節介をやく。どうしたら、みんなの輪のなかに、溶け込めるか。円滑に進められるか。問題は何なのか? それを一つ一つ、解決したかと思ったら、勝手にいなくなる」
なんとなく、海崎さんの言っていることが理解できた。
先生が提案してくれた、学校案内。
あれで、誰も手を上げてくれなかったら、気まずかった。でも、それだって良くある話で。それなら、先生にお願いすれば良いこと。だって、言い出したのは先生なんだし。
ムリにゴネない。不安そうにしない。必要と思えるタイミングで、絶妙な瞬間に声をかける。転校生なんて、どう解釈しても異物なのだ。口では歓迎ムードの言葉を紡いだとしても、それが本心とは限らない。
だったら、ちょっとずつ馴染むしかない。
そう、私は学んだんだ。
(それなのに……)
ズルいよ。
空席になった、持ち主を思いながら。
あの時、見せてくれた笑顔が、今も瞼の裏側に焼きついて離れなかった。
■■■
隣の席なら、何かしら会話の手段があるはず。
休み時間が難しいのなら、授業中だって。
そう思っていたのに。
授業の展開が早すぎて、追いつくのに必死で、そんな余裕がない。
考えてみれば、当たり前のことだ。前の学校とは、授業の範囲が違うのだ。この一週間が勝負。転校の度、毎度のことじゃないか。本当に、私ってバカだと思う。
あっという間に、授業の時間は過ぎ去ってしまう。
でも、考えろ。
考えるのよ、天音翼。逆にこれはチャンスと言えるのかもしれない。
勉強に追いつくのに、必死。
言ってみれば、下河君に勉強を教えてもらえる口実が――チャンスだっていうこと。
チラッと、視線を向ける。
授業中だけ、眼鏡をかけるとか。ちょっと、それ反則じゃない?
思わず、引き込まれてしまった。
昨日の笑顔の。今の眼鏡姿も。
普段、見せない姿が下河君は多すぎて、ドギマギしてしまう。
どう、下河君に声をかけよう?
あの人達が群がってくる、その前が良い。
できるだけ、好印象に見てもらえるように。容姿は転校するうえでの、武器だった。それが、
でも、君と友達になりたい。
上辺だけで見ない、君が良い。
そう思ってしまう。
時間が過ぎて――タイミングが難しい。授業が終わり、ついにショートルームの時間になってしまった。
でも、この時間が終わったら、絶対に下河君に声をかける――そう決意を新たに、拳を固める刹那――。
「よし。それじゃ、転校生――天音さんに、より馴染んでもらうため、席替えするぞ」
突然、先生がそんなことを言った。
「先生、グッドアイディア!」
「よっしゃぁ! 絶対、天音さんの隣になるぞ!」
「いや、俺だって!」
「残念だったな、下河。ザマァ」
そんな歓喜と、卑しい感情の混じった声に。私は呆然と。そして、下河君は、何の感情も見せずに、その光景をただ眺めていた。
■■■
厳正な、あみだくじの結果――。
「なんでだぁ!」
「くっそぉ!」
「神よぉぉっ!」
男性陣の阿鼻叫喚が
「天音さん、よろしく」
ニカッと笑ったのは、海崎さん。そして、その前には、黄島君が微笑んでいる。
「バスケ部でも一緒だし。天音さんって呼ぶのも堅苦しいよね。翼ちゃ……
「もちろん!」
下河君と話した時ぶりだろうか。武装を、この子の前でなら解いても良いと、素直に思えた。
「……え、っと?」
「改めまして。
「じゃぁ、私も
「もちろんだよ!」
ぐっと握手を交わした今この瞬間も、男子達の怨念めいた声は止まらなかった。
「黄島、お前、代われよ!」
「彼女持ちは引っ込んで――」
「それ、
一気に、黄島君の言葉で温度が冷え込む。黄島君と海崎さんは、学校でも有名なカップルなのだ。そんな二人にちょっかいを出そうものなら、馬に蹴られたって文句は言えない。
「いえ、何でもないです……」
一方、しゅんとフェードアウトする男性陣。
「
と、海崎さん――
「むしろ、怒らせたら怖いのは、
「そんなこと無いと思うけどなぁ」
「それあなら、空に聞いてみようか?」
息を吐くようにイチャつくバカップルは、さておくとして。
私は下河君に視線を向ける。
最前列――お下げの女の子が隣で。いかにも文学少女という印象だった。
「本馬さん? 確か、初めて喋るよね? 下河です、よろしくね」
下河君が、お隣さんにそう言うのが聞こえた。
「あ……本馬美紀です。よ、よろしくお願いします」
不安そうに、ゆっくり言葉を紡いで。そして、ペコリと彼女は頭を下げる。
ふわっと一瞬、下河君が笑うのが見えた。
(え?)
私は目を疑う。
昨日、今日。下河君は、教室のなかで笑わなかった。
昨日の放課後、彼の笑顔を見て――もっともっと、見たいと思ってしまったんだ。
(これは、私のエゴだ――)
着飾らなくても、下河君の前でだったら、素顔を晒せる。
勝手なイメージで、幻滅なんかしない。私のことを勝手に決めつけない。
彼がそういう人だって、昨日一日で、知ってしまったから。
そんな君だから、友達になりたいって思ったの。
君の笑顔を、私がもっと引き出したい――そう思ったのに。
(バカ、バカ――下河君のバカっ!)
自分でも理解不能な感情に囚われて――私、天音翼は今、最高潮に不機嫌だった。
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作者からのお願いです( *•∀•)ノ ゚⌒*:゚♡
物語の欄外パートで、ぜひ読者の皆様のコメントを紹介させてください。
よろしければ「欄外OK」と書いていただけたら、もれなく作者が喜びます。
空や
作者 yukki@フユ君大好き×大好き×大好き('□'* )だ ('ㅂ'* )い ('ε'* )す ('ㅂ'* )き♡
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