【物語の欄外】作者さんとヒロインさんのお泊まり会
つい吹けない口笛を吹いてしまう。冬君なら綺麗に、音色を紡ぐんだろうけど。
シングルの、狭いベッドに私と翼ちゃん。お客さま用布団もあるけれど、翼ちゃんはここで一緒に寝たい、って言う。
――ダメですか?
そういう上目遣いは、空にだけにして。危うく、私までハートを撃ち抜かれるトコだったよ……。
「……やっぱり、お姉ちゃんみたい」
ふふっ、って翼ちゃんが至近距離で笑う。
「それなら、空は翼ちゃんのお兄ちゃんかな?」
ニッと笑って見せる。翼ちゃんは、ポカンと口を開けて――それから、少しだけ瞳の色が翳る。あぁ……と納得してしまう。もしも兄妹だったらとして。空に好きな子ができたら、応援しないといけない。きっと、翼ちゃんは、そんな想像をしてしまったんだと思う。
私は、スマートフォンを弄る。そういえば、下書きだけして放置していたっけ?
ゼロ距離で、横になっているので、翼ちゃんにも見えてしまう。
「……【来世でもまた恋しようと誓い合った私たち、双子の兄妹に転生したので、叶わぬ恋だから、諦らめ(ません!)】って……え?」
翼ちゃんが、目をぱちくりさせて、私とスマートフォンを見比べる。3話までしか書いていない、そんな未完成作品だった。イメージが湧かず、お蔵入りしていたのだが、ちょっと刺激を受けてしまったかもしれない。
「……お姉さん?」
「私ね、誰かモデルがいると書きやすいんだけどさ。空って、どんな状況でも、全力で覆してくれそうじゃない? なんか、そんな空を書きたくなっちゃった」
クスッと笑って見せて。
ま、冬君ほどじゃないけどね。そう考えると、冬君と空も兄弟みたいだ。あの二人、放っておくと自然と一緒に居るから、こっちがヤキモチ妬いちゃうんだよね。
コクン、コクン。
翼ちゃんは、何度も――何度も何度も頷いた。
「……この作品、ジャンルを現代ファンタジーにしようか、恋愛にしようかで悩んでいたんだけれどね――」
「恋愛ジャンルが良いです」
「へ……?」
私は大きく目を見開いた。
「空君なら、どんな私もきっと受け入れてくれるって思うから。ファンタジーじゃなくて、現実が良いって思いました」
翼ちゃんの真っ直ぐな視線に、つい苦笑が漏れた。
なるほど、と私は頷く。この子にとって空は、外見や周囲の評価だけで判断しない、そんな満幅の信頼があって。
ずっと評価されることが当たりだった子に、それは大きかったんだと思うと――。
ピコン。
スマートフォンに着信音が鳴る。
「お姉さん?」
「……レビューコメントをもらったみたい――」
思わず、頬が緩む。
――隣にいる友人の恋バナを聞きながらウンウンと頷いている気分になれますよ。
「これ……」
「うちの生徒会副会長さんだね」
「こ、こ、恋バナって――そ、そんなのじゃ、な、な、いし……」
翼ちゃんが、狼狽している。あぁ、これは妙に意識しちゃったヤツだね。
「翼ちゃん、それは今さら無理があるんじゃない?」
「空君と私は、とも、と、友達で――」
これほど棒読みな友達宣言、初めて聞いたよ。大胆に行動するからと思えば、いざ空を前にしてフリーズしたり。パジャマを忘れたと言って、今は空のスエット上下を着込んで。少しダボダボで。襟元に口を埋めて、まるで着ぐるみを着ているみたい、って思うけど。
どうせなら、空の部屋に突入したら良いって思うのに、そこはやっぱり乙女な翼ちゃんなのでした。
躊躇して、気持ちが消化不良なまま――モンモンとしたまま時間が経過して、今ココ。困ったものです。
■■■
結局、スマートフォンを二人で覗きながら、時間をただ貪って。
まぁ、これはこれで良いか。と、私は開き直る。
また、刺激になるエピソードを書いて、空をツンツンしてあげたら良い。このお泊まり会は、翼ちゃんへの取材も兼ねているのだ。
なお、空の取材は、冬君が担当です。冬君、いつもありがとう。ただ、私はちょっと冬君成分が足りなくて、欲求不満です。
「……お姉さん、このコメントは?」
良いタイミングで、声をかけてもらった。危ない、危ない。暴走しかけた自分を自制――。
「あぁ、この人面白いよね。この読み専さん、ラブコメに精通しているすごい人だよ。この人のフォロー作品をみたら、まずハズレないからね」
私が書き始めてから、ずっと応援してくれている人で。
冬君の次に、大感謝の人だった。
▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥
翼 「この出来事以降、私は彼のモノを見つけては、密かに口に含めるようになったのです。」
空 「言い方。」
▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥
実力テストで、翼ちゃんが無意識にくちびるが鉛筆に触れてしまった
最初、コメントを読んだ時思わず吹き出してしった。絶対、翼ちゃんが言わなそうな台詞を、本当に二人が言いそうに書いてくれて、面白すぎだ。むしろ、小説を書いてくれたら良いのにとは、私の心の声。
「お、お姉さん?」
「なに?」
「こ、これ……?」
「あぁ、ペンケースの時の感想だよね」
「そうじゃなくて、咥えるって何を?」
あぁ、そういうことって、妙に納得してしまった。
こういうことを教えて良いのかなぁって言う罪悪感と。翼ちゃんの反応を見てみたいという好奇心がせめぎ合って。
(ごめんね、空)
お姉ちゃんは、翼ちゃんに悪いことを教えることにしました。
「翼ちゃん――」
私は耳元で、ごにょごにょごにょごにょ囁く。言葉にすれば明快。でも、翼ちゃんが、その意味を咀嚼するのに、数秒。理解するのに、さらに数秒。大きく目を見開いて、頬や耳どころか、指先まで真っ赤にさせる。
口をパクパクさせ、思うように言葉にならない。むしろ、呼吸の仕方まで忘れてしまったんじゃないかと思うほどに、動悸が早い。
「あ、あの、お、お姉さん? ほ、本当に?」
「本当に」
にっこり笑って言う。
「お姉さんも、したことあるんですか?」
今日の翼ちゃんは、食いついてくるなぁ。私も、ちょっと体の芯が熱を灯るのを実感しながら、首を横に振る。
「冬君が私を大事にしたい、って言うからね」
「お姉さんも、その――」
「冬君が喜ぶのならするし、そうじゃないのなら、しないかな?」
「へ?」
翼ちゃんが、目を点にする。きっと、もう思考が追いついていないんだと思う。
「あのね、翼ちゃん」
私は囁く。本当は、私が言える立場じゃない。私は冬君にもらってばかりだから。
半年前から――そして、今も。
前に進もうと。
空に近づこうとする、翼ちゃんは本当に格好良いと思う。
「翼ちゃんが、友達のままでいたいのなら、そうしたら良いよ」
「……お姉さん?」
「その時は、他の子が空の隣にいるだけだけだから。その子がそういうこと、するかもね?」
あぁ、私って本当にイヤな子だ。でも、この子に頑張って欲しいんだ。スマートフォンをスクロールさせて。みんなが、応援してくれている。本当は当人達の問題で。私だって、しゃしゃり出る資格なんて、無い。
(……これはね、姉のひいき目なの)
うちの弟ってさ。不器用だけど、真っ直ぐだって思うの。やっぱり、空には幸せになって欲しいって思うの。それなら、アイツが一番、信頼している相手が良いって思うから。
翼ちゃんが、ぎゅっと、タオルケットを握りしめた。
「イヤ……」
「翼ちゃん?」
「それは……イヤです。空君の隣、私が良い……。私じゃ、なきゃイヤなんです……」
「うん、そうだね」
私は首肯した。
まるで、ひな鳥が羽ばたくように。
この言葉を絞り出すために、どれだけの勇気が必要だったんだろう。
でも、羽ばたかずにはいられない。
だって、後もう少し。
あと少しだけ、羽ばたけば。
あの空に届きそうな気がするから。
「それじゃあさ、ちょっとだけ勇気を出そうか?」
「え?」
翼ちゃんは、目をぱちくりさせて。
そして、私は満面の笑顔を溢した。
■■■
【SORA】
そう書かれたネームプレートを見やりながら。
私も――翼ちゃんも、とっくに見慣れたネームプレート。
折角、お泊まりするんだもん。何もせず、朝を迎えるのは少しもったいない。空と冬君がゲームを満喫しているのはリサーチ済み。情報提供者は、もちろん冬君。もう、本当に大好きすぎる。
「あ、あの……お姉さん。そ、そのまだ、心の準備が――」
普段の快活で、ゼロ距離で空に飛び込んでいこうとする、翼ちゃんとは思えない。でも、これは翼ちゃんなりに考えたうえでの、最善策で。
(だって、鈍感マンにはこれだけしても気付かないからね)
半年前から翼ちゃんは、羽ばたこうと努力し続けてきた。空は空で、クラスメートに遠慮して、その身を引いた。それは翼ちゃんにとっては、余計なお世話でしかなかったけれど。
そんな空だから――もっと、踏み込むしかなくて。遠慮なんかしていたら、雲に紛れさせて、本音を隠して。雨であっさり流してしまう。
――待っているだけの、女の子でいたくない。
――可愛いって言われなくても良い。
――らしくなくても、良い。
――他の人は愛想をつかしても
――空君の隣が良い!
そうだね。
雲が流れるより早く。
天気が変わるより早く。
景色が移ろうより、もっと早く。
翼ちゃんが、羽ばたくしかない。
だから、ね?
「せーので! どーんっ!」
ノックなしで、私は翼ちゃんを、空の部屋に押し込んだのだった。
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