第10話 ID:SORAとID:TUBASA

(あぁ、やっぱりこの瞬間が好きなんだよな)


 オンラインFPSゲーム【フォーリンナイト】

 俺がバスケ部を辞めたくらいのタイミングで始めたのだが、すっかり沼。ドハマリしていた。


 グラフィックが、あまりに美麗過ぎる。

 無造作に、生み出される文字の羅列に、飲み込まれそうになる。


 毎回、見るのに飛ばすことなく、見入ってしまう。これから始まるバトルを想って、静かにアドレナリンが湧き上がる。

 ここでお決まりのナレーション。この声が、また良い。


『その電脳世界メタワールドは、すでに修復不能なバグにより潰えようとしていた。コードエラーにより、無差別にエラーが発生する。デバッガー達は、この壊れた世界に眠る偶然の産物として誕生したコード、世界記憶の断片アカシック・レコードを求めていた。この戦場で、アカシックレコードを望む君は強欲者か? それとも救世主か?』


▶モード、デュオが選択されました。

▶ユーザーIDを認証中。ID:Sora


▶認証。


▶スキンをロードしています。

▶シンクロ率100%


電脳世界メタワールドに接続します。

▶コード:フォーリンナイト起動。


▶デュオモードのため、世界崩壊前に98人のデバッガーを駆逐するか、アカシックレコードを解読してください。


▶コード:フォーリンナイト展開します。5秒後にアポカリプスへ突入。準備してください。


▶DIVE IN

▶I wish you all the best

▶bon voyage……







 文字の羅列に包まれたかと思えば、途端に光が弾けて。白い閃光を潜り抜ければ、途端に青空が広がり――そして、容赦なく落下した。


 同じ状況で、落下していく人たち。彼らが、今回ログインしたプレイヤー達。つまり、敵さんである。今回は二人で協力プレイのため、実質98人を倒したら良い。


 ボフッ。

 光が灯って、他のプレイヤーの浮力装置ホバーシステムが作動した。行きたい場所がどこかにもよるが、最初から浮力装置ホバーシステムを稼働させると、むしろ到着が遅くなる。


 地面から落下する手前で、浮力装置ホバーシステムは起動する仕様。それなら、目的地を決めて、身一つで滑空した方が良い。早く武器と資材、アイテムを手に入れる。それが、最初の一歩だ。


 それは、兎も角。

 二人プレイを誘ったフレンドはどこに――。


(……なんで、そこにいるんだよ?)


 マップで確認をしたら、呆れてしまった。俺と真反対の方向に、さんを確認。しかも、玄人ユーザーが集う激戦区だった。


『やっほー【SORA】君!』

『……なにやってんのさ。エンジェルさん、今回はチャットしながら、のんびりやろうって言ったじゃないか?!』


 ボイスチャット越し、向こうでは銃撃戦がスタートしていた。チャットは苦手だ。あの子がこのゲームをプレイするはずが無いのに、エンジェルさん――スナイパー・エンジェルの異名をもつ、プレイヤーは、天音さんに声がよく似ている。


『いやぁ、ね。明らかに初心者プレイヤーが【実験室ラボ】めがけて行くじゃない? 心配になっちゃって、さ。ちょっと、助けてあげたの。今ゲットした、【ワープフープ】で移動させてあげたところ』


 見れば、空にポッカリ大穴が。

 これが、エンジェルさんの言うワープフープである。激戦区での銃乱戦で重宝する。欠点は、ドコに飛ばされるか分からないこと。見れば、この山間部エリアの町中に溺れるように落ちていく。


 浮力装置ホバーシステムの操作も上手くできないくらいの初心者さんだった。早速、プレイヤー達に囲まれている。


「あ、わ? え? え? どうしよう?」

 本馬さんのような声をキャッチする。


(仕方ないなぁ)


 このゲームは慣れるまで時間がかかる。そう簡単に、No.1ナンバーワンの称号は取れない。かといって、瞬殺も悲しすぎる。


 俺は、加速装置のアイテムを使って、間合いをつめる。取っておいた、衝撃ボムをセット。ジャンプして、浮力装置ホバーシステムで滑空している間に、ボムを起動させた。


「きゃっ」


 可愛い声が響く。これぐらいは勘弁してね。体力はちょっと削られるけれど、ゲームオーバーには至らない。


「てめぇ!」

「獲物、横取りかよ!」

「お前からキルしてやるよ!」


 物騒な声を響くが、体の重心がブレブレだ。もうちょっと、ジャイロ機能を理解すべきだね、って思う。俺は、距離をつめショットガンをぶっ放した。


「んがっ!」

「や、な、なに? なんだ、こいつ――」

「兄貴、ヤバイですよ。こいつ、ランキング入りの【スカイウォーカー】ですよ!」


 狼狽える奴らを尻目に、躊躇いなくトリガーを引いていく。銃声が、きんきん響く。


『いいなぁ。【SORA】君、そっちも楽しそう』

『エンジェルさんが、打ち合わせなく、勝手に行くからでしょう?』

『ねぇ【SORA君】そろそろ、私をIDで呼んでくれても良いんじゃない?』


 この銃撃戦の最中、エンジェルさんが、とんでもないことを言ってきた。


『はい?』

『このゲームで、私と【SORA】君って、それなりの仲だと思うんだけれどね?』


『主に、生きるか死ぬかの、ね?』

『むー。そんな、物騒な物言いをしなくてもいいじゃん』


 そう言いながら、ボイスチャットの向こう側、ライフルが炸裂した音が響くのですが?


(……勘弁して欲しい)


 エンジェルさんのIDは【TUBASA】なのだ。どうしても、天音さんのことを思い出してしまう。放っておいても、彼女のイメージが沸き上がってしまう。エンジェルさんの容姿スキンが、天使の羽根を生やした、亜麻色の髪の乙女。どうしても、天音さんを連想してしまう。


 その残像を振り払うように、俺はショットガンのトリガーを引いていく。


 発砲。

 発砲。

 はっ――。


『じゃぁ、今から、一分間、どっちがプレイヤーを多くキルするかで決めよう。私が勝ったら、君はIDで呼ぶこと。君が勝ったら、私を好きにしても良いよ?』

『また、そんなからかうことを言って――』

『それじゃ【SORA】君。検討を祈ります』


 あり得ないのに、天音さんが満面の笑顔で敬礼するイメージが浮かんで。

 そこで、ボイスチャットの通信が途絶えた。


「ちょっと、強引すぎじゃ無い? いつものコトだけどさ?」


 呆れながら、俺はプレイヤー達に向けて、トリガーを引いたのだった。






■■■






 結果、プレイヤー・キス数――13対6。

 放っておけば良いのに、初心者さんを守りながら戦った結果がこれである。


「あ、あの。本当にすいません……」


 申し訳なさそうに、謝ってくる。課金なしの容姿スキン――初心者スキンと言われる容姿が、むしろ初々しいと思ってしまう。


 俺は、つい苦笑が漏れた。勝負には負けたが、周囲のプレイヤーにはこの条件で勝った。そう思うことにする。


「……どうせゲームするなら、楽しむ方が良くない?」


 ニッと笑って見せる。


「え――?」

「ナイスファイトだったよ。守られてばかりじゃなくて。自分でも、アタックしようとしたじゃん。でも、焦っちゃ駄目。照準エイムがブレるからね」


 と、少女の容姿のプレイヤーの手を取って、銃を構えさせる。

 照準は大事だ。焦ったら、絶対にぶれる。

 俺は、彼女の手を取り、銃の照準を定める。


「このポジションで、しっかりと構えてね? うん、良いじゃん」


 あまり大きな声を出して他のプレイヤーに気付かれてもいけないので、俺は耳元で囁いた。


「あ、う、は、はい。が、がんばり、ましゅ――」

「緊張しすぎだって」


 俺は笑って――ポンと手を打つ。


「そうだ、フレンド登録しようよ? 俺まだ、一枠残っていたんだよね」

「え、あ、は? え? 私――?」


「今、目の前で話しているの君でしょ?」

「……私、下手くそですけど。私で良いんですか?」


「どうせプレイするなら、楽しくゲームしたいじゃん。このゲームをもっと好きになって欲しいしね。君だから、フレンド申請をしたいって思ったんだよ?」

「あ、うぅ。その、私で良ければ――」


「IDを教えて?」

「えっと……MIKI-Hで……」

「じゃぁ、ミキちゃんって呼ぶね? これから、よろしく!」


 ぎゅっと、握手を交わす。


「今度【フォーリンナイト】でデートしようぜ。ミキちゃん、またね!」


 にっと笑って、エンジェルさんの位置情報を探す。すごい勢いで、こっちに向かって来るのを、マップで確認する。このスピードは、きっとヘリコプターでもゲットしたのに違いない。これは、移動が楽に――。









 ブルンブルンブン。

 ヘリコプターの音が響いて。

 眼前に、軍用ヘリコプターが迫ってくる。そのヘリに乗ろうと跳躍し、縄梯子に掴まろうとした、その瞬間――。







■■■









『……【SORA】君のバカァっ!』

 なぜか、ヘリコプター上の相方に、機関銃掃射されそうになる、俺だった。

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