第17話 天音さんの歓迎会にようこそ



――紐がほつれても

――結び目が解けても

――ムリに結ばなくても


――何度でも

――いくらでも


――あとをつけてあげる




■■■




「はい! 引退した伝説のアイドル、神原小春さんの『結び目』を私たちが歌ってみました! これ、本当に難しかったぁ!」


 今日はもう、アーカイブで聞くしかないと思っていたから、お得感がある。時間短縮、録画配信だとしても、リアルタイムで聞けて、コメントを残せるのだから、俺は満足だ。


@SORA:最高だったよ、ミキミキ! リノリノ!



「ミキTとめっちゃ練習したんだよ!」

「リノリノ! 収録でミキTって呼ばないで!」


「はいはい、メキメキね」

「ミキミキ!」


「まぁ、似たようなもんでしょ。はい、ということでお時間になりました。ミキミキとリノリノの汚部屋、今日はこのへんでおしまいです!」

「収録配信だから、みんなのコメントが見られないのは残念です」


「次回は、雑談枠で今回のコメントに返信しちゃうからね! ミキTと、シーモがどうだったのか、そこらへんも報告します!」

「だぁかぁらぁ!」


 ミキミキはこの【シーモ】なる男に片想い中なのだ。


 容姿アバターが、メガネ三つ編み文学少女。自称中学生VTuberに、本当は騙されているのじゃないかとのコメントが絶えなかった。でも、ミキミキの真摯な姿に、いつのまにかフォロワーが応援モード。


 デート代に使えとばかりに、投げ銭スパチャをするユーザーの多いこと、多いこと。かくいう俺もその一人で、つい「がんばれ!」って気持ちで、なけなしのお小遣いを投じてしまった。


「ま、もしかしたら【シーモ】はウチとくっついちゃうかもしれないけどね」


 そう言ったのは、相方のリノリノ。彼女の容姿アバターは、金髪ギャル。耳にはピアス。ブラウスの胸元は解放されて、やけにセクシーで。こんな中学生がクラスメートだったら、本当に羨ま――けしからん。


 現役VTuber二人に、片想いされているなんて。

 天音さんと距離が近い、火花を始めとした陽キャ達を思いながら。世の中、こんなにも不公平だ。


(でも、この子達って応援したくなるんだよね)


 真っ直ぐすぎて――眩しいって思ってしまう。


 じゃぁ、俺が誰かを好きになって、ココまで真っ直ぐに行動ができるかと思うと、やっぱりそれは無理な気がする。

 仲良くなりたいと思っていた子を前にして、結局、足踏みしているのは俺だから。


(ダサッ……)

 って自己嫌悪に陥ってしまう。


「……リノリノ。延長戦で、とことん決着をつけましょうか?」

「ミキT! 怖い、目が怖い!」


 アニメーションは、目のハイライトが消えていた。そして、その瞳へなめらかにズームアップ。ここまで、細やかにイラストやアニメーションが変わるのだ。どんなスタッフが関わっているのか、興味は尽きない。


「命が惜しいから、この辺にするよ!」

「ミキミキと――」

「リノリノの汚部屋」

「「次回もお部屋をとっちらかして、待ってるよー」」


 ここでフォロワーが「部屋、片付けろよ!」とコメントして、スパチャを送るまでが恒例の流れ。


@SORA:その歌声だったら、絶対に【シーモ】も落ちるって! がんばって、二人とも――。


 そうコメントを送信したところで――。




「これ、どういうことなのよ?!」


 湊の興奮した声が、飛び込んできた。


 イヤフォンの外部集音機能をONオンにしていただけに、見事に俺の鼓膜に、湊の声が突き刺さったのだった。






■■■






 歓迎会の会場である【カラオケ花火】


 その待合室で、邪魔にならないように配信を聞いていた俺は、目を丸くする。

 開始、10分前――。

 見知ったクラスメート達が、集結していた。


「おっす、空」


 声をかけてきたのは、彩翔あやとだった。まぁ、そもそもクラス内、疎遠な俺が話す相手なんか、彩翔コイツぐらいしかいないわけで。


「うす」


 コクンと頷いて見せる。


「シモ!」


 たんたん、駆けてきたのは、矢淵だった。


(ん?)

 やけに上機嫌じゃない?


「ミキT、こっち!」


 手招きされて、本馬さんもやってくる。こういう場に慣れていないから恥ずかしいのか、スマートフォンの画面に視線を向けて、顔を上げてくれない。


「本馬さん?」

「あ……うぅ……あの、その――」

「私服、初めて見たけど。似合うじゃん」


 安心できるよう、ニッと笑ってみせる。実際、秋物カーディガンが、本当によく似合っていると思う。一方の矢淵さんは、サスペンダー付きのジーンズで。活動的な彼女らしい。


「矢淵さんも、ね」


 折角、安心させてあげようと思うのに、本馬さんも矢淵さんも、なぜか俯いて顔を上げてくれないのだけれど、彩翔? こういう時はどうしたら良いの?

 隣で彩翔は、深くため息をついた。


「……俺、何か悪いこと言った?」

「同じように、天音さんにも言ってあげなよ」

「いや、だって。天音さんには、みんながもう言っていると思うんだけれど?」


 視線を向ける。人気者の彼女は、クラスメート達に囲まれて、笑顔を浮かべている。と、そんな天音さんと、視線が一瞬、絡み合った。


 シックな、ブラウンカラー・格子柄のキャミドレス。こんなアイドルが、ステージに立って、センターでスポットライトを浴びていそうで。


(エンジェルさんとオフ会したら、こんなイメージだよね。天音さんが、ゲームなんかするワケないけどさ)


 本当に、天音さんは似合うを通り越して可愛いという言葉しかでてこなくて。引き込まれそうで――だから、つい目を逸らしてしまう。


 視界の端。

 寂しそうに、唇を結んだのは。

 きっと、傍に湊がいないからだ。


「……それより、湊は何を怒ってるのさ?」

「部屋割りの話だよ」


 また彩翔は深々とため息をついた。





■■■





「どうして、みんなパーティールームじゃないの?!」

「だから、感染予防対策で定員より少なめの入室をお願いされていたんだって。後で、ローテーションで部屋を回っていけば良いでしょう?」


 そう冷静に微笑んで見せたのは、火花だった。

 なるほどね。俺はコクンと頷いて見せる。湊が、あれだけ怒っているのだ。どうせ、俺だけ個室とか、そういう部屋割りなのだろう。


「だから幹事は私がやるって言ったの! なんで、そうやってクラスの中で区切ろうとするのよ!」

「心外だな、海崎さん。このカラオケ店は、パパの子会社だよ? だから格安で借りれたんだけど? それに、後出しで言われたら、調整が難しいよ」


「でも、これクラスの歓迎会なんでしょ!」

「そうだよ、だからローテーションで――」

「湊、俺はそれで良いよ?」


 俺が、みんなを掻き分けて顔を出した。


「ちょっと、空。でも、こんなの――」

「別室でも、料理を頼んで良いんだろ?」


 事前案内では、オーダーフリーとあったのだ。食うしか楽しみがないと思っていた俺には、部屋がドコでも問題じゃなかった。


「良識の範囲内で、ね」


 なぜか火花は、苦虫を噛み潰したような顔で俺を見る。


「ねぇ、下河シモ? 後出し申請ってことは、ウチも下河シモと一緒の部屋で良いってこと?」

「「へ?」」


 何故か、俺と火花の疑問符が重なる。


「いや、矢淵さん? 君達の席はちゃんと、用意しているから。クラスのみんなと仲直りするチャンスだって思うから――」

「私も、下河君と同じ部屋が良いです」


 本馬さんが、顔を上げてそう言う。俺から、その表情が見えないが、火花が「ひっ」と息を呑むような声を漏らし――顔が青い。


「それなら、俺も一緒にさせてもらうね」


 ぐっと俺の肩を組んで、彩翔が言う。


「えー? 彩翔君、一緒に歌おうよ!」

「彩翔君の歌を聴くの楽しみにしていたのに!」

「彩翔君――」


 そう声をかけていた、女子達の声が停止する。湊が、不機嫌にギロリと睨むのだ。湊さんや、嫉妬に狂った山姥やまんばみたいだから。ほら笑って。笑顔、えがお。


「誰が、山姥よ!?」


 おっと、湊に怒られた。どうやら、声に出ていたらしい。


「それなら、私達も……」


 そう言って手を上げたのは、本馬さんのお友達、二人。まぁ、仲良し三人組だ。それは仕方ない。でも折角、人気者の火花と仲良くなれるチャンスだって思うのだけれど、本当に良いのだろうか?


「それなら、私も――」


 天音さんが、漏らした声は、興奮したクラスメートに遮られた。


「いやいや、何を言ってるの?」

「天音さんの歓迎会だよ!」


「部屋割り、難しいから仕方ないよ。火花君、かなり悩んでいたし」

「ローテーションで回るから、大丈夫だって」

「どうせ、下河なんか、居ても居なくて一緒で――」


「どさくさに紛れて、つーちゃんに近づくな、スケベども」


 そう間に立つのは湊。本当に彼女には、損な役回りをさせている気がする。

 天音さんと、また視線が合う。

 その双眸が感情で揺れているように見えた。


(……気を遣わせちゃったか)


 本当に優しい人だなって、思う。安心させるように、ひらひら手を振って踵を返す。




 ――空君。




 天音さんから、そんな声が漏れた気がした――のは、なんて自分勝手な思い込みなんだろう。厨二病すぎでしょ、とつい苦笑が漏れる。


 クラスメートの喧噪が、すぐにロビーを覆い尽くす。


「空、【ゆずかりん】の【春色】歌おうよ。また、ハモろう?」

「彩翔、お前は湊のトコに行けって」


「え? みーとはいつも一緒だけれど、空と一緒に過ごせるのってレアだからさ。やっぱり、こういう時間を大切にしたいんだよね」

「レアって……ガチャ排が渋いみたいじゃんか」


「矢淵さん、実際に課金しないと無理レベルだから。空が時間を作ってくれるのってさ」

「それなら……絶対に私、課金します」


 熟考の上でする決断じゃないからね、本馬さん?


「空、クラスメートを貢がせるようになったんだね。別の意味で、成長したなぁ」

「違うからな、彩翔!」


 こっちは真面目に反論しているのに、笑いが溢れて。

 この喧噪で耳が痛いのに。





 ――空君。






 あり得ないのに。

 天音さんが、俺の名前を呼んだ気がして。


 思わず、振り返ってみれば。

 火花と、天音さん。肩と肩が触れあうぐらい近くいから――。



 俺は、無意識に唇を噛んで。

 視線を逸らした。






________________


【物語の欄外より愛を込めて】


いつもお読みくださり、本当にありがとうございます。

「あの空へ、君の翼で」

年内、最終更新となりました。


本編はまだ、9月ですけどね。


更新や返事が滞っていて、本当にすいません。

今、冬君とおせち料理を作っていて。

黒豆って、本当に手間がかかりますよね。


お正月は、まとまった時間がとれそうなので、更新がんばります。

あ……でも、元旦は姫初めを狙ってい……いえ、なんでもないです! なんでもないですからね! ただ、冬君を寝かせたくないなぁ、って――。


なんでもありません!

本当に何でもないですから!


【閑話休題】


皆さんは、この一年どうでしたか?

次の一年が、皆さんにとって素敵な一年でありますように。


引き続き「あの空へ、君の翼で」

よろしくお願いします!


良いお年を!



Yuki Shimokawa(yukki@フユ君を寝せない×寝させない('□'* )ね ('ㅂ'* )さ ('ε'* )せ ('ㅂ'* )な('ε'* )い♡)

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