第16話 リアルとゲームで1 ON 1


「……なんで、姉ちゃんを巻き込んだし?」


 公園に向かいつつ、不満を滲ませて、俺は言葉を漏らす。半歩後ろを歩く姉ちゃんを見やる。人混みや、高校のクラスメートと会うと、その呼吸が浅くなるのはいつからだったんだろう。

 その重要な変化に気づけなかった自分が、悔しい。


 ――たんたんたん。

 そんな音が響く。


 屋外用で使っているお古のバスケットボール。

 湊はドリブルをしながら、上機嫌に口笛を吹いている。


「巻き込んでなんかいないよ?」


 湊がそう言いながら、ニシシと笑う。明らかに確信犯な笑顔だった。


「久々に、雪姫さんとお話したかっただけだよ。言ってみたら、空はおまけ。お・ま・け」


 なぜ、二回言ったし?


「おまけなら、バスケする必要ないだろ? 俺、帰るけど?」

「オマケが贅沢を言わないの。空に拒否権なんか無いんだからね」


 そもそも扱いが酷かった。


雪姫ゆきさん、すいません。何だか、巻き込んじゃって」


 ペコリと、彩翔が頭を下げる。湊もそれぐらいの殊勝さを見せて欲しいと思う。


彩翔あー君、ひどっ?! 雪姫さんを誘った言い出しっぺは、あー君じゃん!」

「ふふっ」 


 主犯が爽やかに笑ってもダメだからな?


「私は大丈夫だよ。むしろ、みんなが以前と変わらないから、安心しちゃった。ごめんね、私のせいで――」

「姉ちゃんのせいじゃないだろ?」

「「雪姫さんのせいじゃないです」」


 彩翔と湊の声が、俺と見事にハモって。思わず、目を丸くして、苦笑が漏れた。姉ちゃんまで、クスリと笑みを溢す。


「空。友達、大事にするんだよ?」


 姉ちゃんが俺に囁く。


「いつまでも、同じように過ごせるとは限らないからね」


 視線を向ければ。姉ちゃんは、妙に達観した顔で、青空を見上げていた。





 たんたんたん。

 たん。

 たん。


 俺は、ドリブルしながら、ゴールを目指す。一方のディフェンスは、彩翔。スピードが速いが、トリッキーなプレイに弱いのは相変わらず。俺はニッと笑んで――その余裕がきえるまで、そう時間はかからなかった。


「湊ちゃん、私……バスケに詳しくないからさ。1 ON 1のルールを聞いても良い?」

「そんなに難しくないですよ? 相手にボールをぶつけたらOKです」

「それ、ドッジボールな!」


 外野がやかましくて、集中力が削がれる。1 ON 1は文字通り、1対1――攻撃・守備に分かれて、鬩ぎ合う。守備側が、相手を止めれば、攻守交代。そんな、シンプルなルール。


 以前は、当たり前のようにゲームに興じていた。退部してからは、すっかりご無沙汰。正直、ココまで、体力に性つくとは思っていなかった。


「空、息があがってるけど、大丈夫?」

「うっせー」


 そう悪態をつくが、ジワリジワリと彩翔が、俺を防ぐ。以前なら、なんなく躱してシュートを放てたのに、ピッタリとくっつくディフェンスが鬱陶しい。


「……この際だから、聞いても良い?」

「なんだよ?」


「空にとってさ。天音さんって、どういう存在なの?」

「は?」


 予想外の言葉にフリーズした。どうしてか、瞼の裏側に、天音さんの笑顔がチラつく。


 人前では、外行きを装った笑顔。

 でも、俺は知っている。本当は、もっとイタズラっ子で。真っ直ぐで。取り繕ったアイドルなんて評価、全く似合わないって――。


「はい、カット。攻守交代ね?」


 コロン。ボールが気付けば、弾かれていた。俺は目をパチクリさせる。

 と、姉ちゃんと湊の声が響く。


 ――天音さん?

 ――転校して来た子です。空が、初日に案内してあげた子で。私の親友ですね。空も、少なからず関心をもっていると思います。兎に角、可愛い子なんですよ。


 そんな姉ちゃんと、湊の声に思わず、集中力を欠いてしまう。


(別に関心なんか――)


 そう思った瞬間だった。

 ぽふっ。

 そんな音がして、ゴールネットが揺れる。彩翔がニンマリと笑む。


「先制点だね」


 心底、嬉しそうに。

 たんたんたん。


 彩翔が、ドリブルしつつ、姿勢を低くして加速する。でも、その動きはフェイク。シュートしようとした瞬間、俺は跳んで――。


 また湊が姉ちゃんに、囁く。



 ――自分とは、釣り合わないって。つーちゃんのことを避けるんですよ? 酷くないですか?

 ――空って、変に気を使うもんね。


 ――でも、翼ちゃんのペンケースを隠された時が、立ち回ってくれて。その意地悪をしようとした子に、諭してくれたんです。

 ――そうなんだぁ。空、全然そういうことは言ってくれないから。

 ――私たちにも何の相談もしてくれないんです。本当に、空のそういうところ、水くさいって思うんですよね。


「言えるかよ!」


 思わず、反応してしまった自分が情けない。穏便に誰も巻き込まないように行動した結果なんだ。彩翔と湊を巻き込んだら、そるこそ本末転倒だ。


「盗み聞きとか、趣味悪いから。空のエッチ」

「ひどくない?!」


 非難されるいわれはないし。むしろ、俺の個人情報を保護して欲しい。


「空」


 彩翔に声をかけられる。そうだった、今はゲーム中。勝負なんだ。そこは、集中しないと――。


「あそこに、天音さんが」

「へ?」


 心臓がとくんと跳ね上がって――思わず、視線を向けて。でも、そこには誰もいなかった。


「彩翔、ドコに?」

「今日なら、3ポイントシュート決めれそうだね」


 そう言った瞬間、3ポイントラインから、彩翔がシュートのモーション。


 しゅっ。

 ゴールが決まって――。


「うそん?」

 呆然と、俺はボールが転がる先を見やるしかなかった。





 …

 ……

 ………。



 10対0、みごとに完敗――。

 いかに、ブランクがあるとは言え。集中力を欠いたゲームだった。今日の俺は酷すぎる。



 ころん。

 バスケットボールが転がって。


 そのボールを、天音さんが拾ってくれた――ように見えた。


 あの日。

 校内を一緒に回った、あの時のように、にっこり微笑んで――。

 目が霞む。


 ぐらんと、世界が揺れて。

 こんなにも、見ていた景色って、モノクロだったんだろうか?


 目をこすって。

 バスケットボールを拾ったのは、湊だった。


(あれ?)


 思わず、探してしまう。

 探す?


 誰を?

 呆然と、公園内を見回してしまう。


 ――空、がんばれー!

 そうエールをくれた、姉ちゃんの声。それが、今はとても遠くて――そこまで思って、はっと我に返る。


 心地良い風が、俺の頬を撫でた。


「次は、私の番だよね?」


 ニッと、湊は笑う。


「ゲームしながらで良いんだけどさ。空にとって、つーちゃんがどういう存在なのか、教えてくれる?」


 湊がドリブルしながら、そんなことを言ったのだった。







■■■




「ふぁぁー」


 ソファーにもたれかかりながら、欠伸が漏れてしまう。久々の1 ON 1。心地良い疲労感を感じる。


 そう、考えていたら。また、欠伸がもれて。

 脳みそが痺れる。

 欠伸をし過ぎて、顎が痛い。


「寝ちゃったら?」


 姉ちゃんが、クスクス笑う。


「いや、でも手伝わないと――」


 ちょっと一息ついたら、食器を片付けて、そるから洗濯物を……。そう思うのに、言葉にする前に欠伸が漏れ出てくる。


「いつも、手伝ってくれているから、大丈夫だよ。それに空、流石に今日は頑張りすぎたんじゃない?」


 まんまと、湊の策に乗せられたと気付いたのは、全てのゲームが終了してから。俺一人が休憩なし、ノンストップ。これで、現役バスケ部に勝てるワケがなかった。


「あいつら……おぼえ、とけよ……」


 そう言う傍から、欠伸が漏れ出てしまう。


「明日は、歓迎会なんでしょ?」

「ん……そうだけれど」

「寝不足で来られたら、歓迎される方はがっかりだよ」


 正論だ。反論の余地もない。俺は、コクコク頷いて――コックリ。また、寝落ちしかける。


「ほらほら、早くお部屋に帰って寝るの」

「ん、ごめん……」

「その代わり、天音さんによろしくね?」


 姉ちゃんは、にっこり笑む。


「変な遠慮はしないんだよ?」


 姉ちゃんの声が遠い。

 空がね、その子のことを嫌いじゃないんだったら。


 変わらずに接してあげて?

 変に距離を置かれた方が悲しいから。


 態度を変えられたら、もっと寂しいから。

 ごく、当たり前に。変に遠慮も気遣いもなく、接してもらった方が絶対に嬉しいからね。


(分かった――)


 誰に対して、コクコク頷いているのかも分からないまま。

 意識が、するすると落ちていくのを感じた。





■■■





電脳世界メタワールドに接続します。

▶コード:フォーリンナイト起動。


 あれ? って思った。

 少し考えて。それから納得する。ログインボーナスが欲しくて、スマートフォンでゲームを起動して――それから、よく憶えていない。


(クリエイティブモード?)


 以前、見たエンジェルさんが作った、公園。以前はイルミネーションが輝いていたけれど。今度は青空が広がっている。


 今日1 ON 1をした公園と、本当にそっくりな作りで――。

 俺はベンチに寝っ転がっていた。


 頭は、エンジェルさんに膝枕をされて。光を覆うように、エンジェルさんの両翼スキンが、俺の目を覆うように包み込んでいた。


「……明日だね、空君」


 エンジェルさんが、囁く。

 俺は、コクンコクンと頷く。ダメだ、眠くて――本当に、ダメだ。何も考えられない。


 どうしてだろう?

 エンジェルさんと、一緒に過ごしているのに。

 天音さんが傍にいるような、そんな錯覚を憶えた。


「私ね、空君とたくさんお話しをしたいんだ」


 エンジェルさんの言葉に、俺はコクンコクン、頷く。


「いつか、空君とね。1 ON 1もしたいし。遊びに行きたいの。これって、ワガママ?」


 俺は首を横に振った。


みーちゃん達と同じように、空君が接してくれたら、嬉しんだけどなぁ」


 そうは言っても。湊はバスケ馬鹿だから、なかなか【フォーリンナイト】はやらないって思うんだよね。


「明日ね、がんばって勇気を出すから。空君も応援してくれる?」

「もち……」


 もちろんって、言おうと思うのに、上手く言葉にならない。

 だから、小指を絡めてみる。


(……おまじない、だっけ?)


 エンジェルさんの【がんばりたいこと】が上手くいきますように。

 指を絡めながら。その感触なら感じないけど、精一杯、祈ってみる。


「ゲームの中だから、良いよね?」


 そんな声が、遠くに聞こえて。

 音しかしない。


 温度は感じない。

 感触もない。


 ただ、耳元から語りかける、音声データだけ。

 それなのに、髪を撫でられて。

 エンジェルさんの小さな唇が、俺の頬に触れた気がした。



 たんたんたん。

 バスケットボールが、弾む音が遠くに響く。





「寝るまで、今日はこうさせて?」

 良いよ。そう、ちゃんと答えてあげたいのに。

 意識が微睡む。




「空君、あのね。私、空君のことが――」


 俺の意識は、ココで落ちた。

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