第18話 つーちゃんの萎れていく笑顔


 カラオケボックスのパーティールーム。

 明らかに、空席があるのを見て。私、海崎湊かいざきみなとは、最高潮マックスで苛々していた。


「やっぱり、海崎さんは黄島君がいないと、寂しい感じ?」

「常に一緒だもんね」

「お情けで、下河君に付き合わなくてもね。本当に下河君、何で来たんだろう?」


 お情けで話を合わせているのは、こっちじゃい!

 クラスの歓迎会に、空が来ることの、何がオカシイって言うんだろう?


「まぁ、でも。黄島君がいないってことは。逆に、普段できない話ができるチャンスじゃない?」


 そう火花が、私の肩に腕を回してこようとするから、咄嗟に予約用のリモコンを渡す。


「さ、みんなもどんどん曲を入れていって!」


 明るく、振る舞って見せて。

 腹が立つ。

 本当に腹正しい。

 彼氏がいても見境なく声をかけてくる残念イケメンの火花も。


 ――火花君は誰にでも、優しいからね。

 すっかり、目の曇っている女子の言葉も。


 ――ラブコメの主人公って、火花君もたいな人だよね。

 ウザいわ。本当にウザい。

 火花がラブコメの主人公とか、絶対に読みたくない。

 それより、何より――。


(どうして気付かないんだろう……?)


 それが不思議で、仕方ない。つーちゃんの笑顔が、どんどん萎れているのが。

 日に日に、だ。


 一番、笑顔を見せていたのは、転校初日――空が、つーちゃんを案内した時で。空との接点がとれなくなって、どんどんつーちゃんの笑顔が曇っていく。


「それじゃ、海崎さんのリクエストにお応えして、一曲目は俺がいっちゃいますー!」

「火花君、がんばって!」

「待ってました!」

「歌う前から惚れちゃう!」


 アホか。


「この曲を、天音さんに捧げます。『今夜、君に会えたら』を」

「おぉ! ドラマの曲じゃん!」

「ナイス選曲!」

「さすが火花君!」


 それぞれ、盛り上がっているところ悪いが、それ失恋ソングだよ?


(……なんで、分からないかなぁ)


 周囲に合わせて、つーちゃんは手拍子を打つ。でも、それだけ。

 みんなが、楽しめるように。


 この空気を壊さないように、絶妙の仮面を被って。

 空が視界に入った時は、途端にその仮面を脱ぎ捨ててしまう。


つーちゃん自身も気付いてないけれどね)


 私は、耐えられなくなって。

 スマートフォンで彩翔あー君に電話をかけたんだ。





■■■





「あ、湊? 楽しんで――ごめん、愚問だったね」


 まだ何も言ってないのに、うちの彼氏さんは聡すぎる。


「そっちは……」


 聞くまでもなかった。やけに盛り上がっている。キーマンは矢淵さんか。そういえば、って思う。クラスの盛り上げ役を買ってくれていた矢淵さん。今は、みんながつーちゃん目当てなので、そういう楽しさがまるで無い。


「黄島! 黄島! 黄島!」


 まるでプロレスのコールのようだった。


「赤コーナー、むっつりイケメン・黄島彩翔ー!」

「ひどいと思わない?」


 彩翔あー君が楽しそうにケタケタ笑う。いや、矢淵さん? 私の彼氏に何を言ってくれるの?


「青コーナー、鈍感マン・下河空!」

「ひどくねぇ?」

「「「ひどくない」」」


 私を含めた、複数の声が重なって「なんでだよ?!」と、スマートフォンの向こう側で空が悶絶している。


「……下河君?」


 スマートフォンから漏れた声を聞きつけて、つーちゃんが私の肩に寄せるような姿勢で、耳を澄ます。


「おぉ、これはなかなか」

「レズップルですね。眼福」

「ちょっと、天音さん! 俺の歌をい聞いてよ!」


 うん。火花はこの際、どうでも良い。


「それでは、赤コーナー・黄島彩翔。遠く離れ、すでに寝取られてしまった彼女を想って歌います」

「「寝取られてない!」」


 私と彩翔あー君の声が、見事にハモった。


「曲は機動戦士BANDAMUバンダムのテーマ曲『立ち上がれBANDAMU』です」

「それ、彼女に捧げる曲としてはどうなの? 絶対彩翔あー君が好きなだけじゃん!」


 思わず、声を漏らすが、カラオケの賑やかさで、周囲は意に介していない。やっぱり、電話の向こう側で、うちの彼氏さんは楽しそうに笑っている。


「ということで、俺、歌うから。湊、ちょっと待っていてね」


 ガサガサと音がして。多分、スマートフォンをテーブルに置かれた。


 手拍子。

 口笛。


 そして、タンバリンが刻むリズム。

 そういえば、空ってこういう時、パーカッションで盛り上げるの、本当に上手だったよね。


(仕方ないなぁ)


 一回、通信を切って、もう一回かけ直そうか――。

 そう想った瞬間だった。




「下河君って、どんな曲を聴くの?」


 そう聞いてきたのは、本馬さん。見れば、つーちゃんが、私の腕を掴む。きっと、無意識だ。


「ん? ボカロとかは、良く聞くよ?」

「そうなんだ……」

「VTuberの歌ってみたとか、好きだね」

「VTuberの配信とか、見るの?」


 本馬さんのテンションが上がる。


「わりと、ね」

「誰か、推しって居る?」

「ミキミキって、知ってる? あの子――っていう言い方が良いのか、どうか分からないけれど、ミキミキが今、好きだね」


 ごんっ。

 何か、したたかにぶつかった音がした。


「大丈夫、本馬さん?」

「だ、大丈夫……だよ。ちょっと、バランスを崩したというか……へへへ。下河君はミキミキってVTuberの、ドコが好きなの」

「んー」


 空の唸った声が聞こえて――。


「そうだね、ひたむきな所も。まっすぐ所も。後は、おとなしい感じなんだけれど、熱があるっていうか。一度、取り組んだことは、絶対に最後までやり通す意志とか。上げたらキリが無いけれど、そういうの全部ひっくるめて、ミキミキのことを愛してるかもね」


 ゴンゴンゴン。また、スマートフォンで聞こえるくらい、強い音が響く。


「ちょっと、本馬さん? 本当に大丈夫?」

「だ、だ、だ、大丈夫……ちょっと、緊張したみたいで……あはは……」


 から笑いが響く。


「ねぇ、下河シモさ。他に好きなVTuberとか、いねぇの?」


 今度は矢淵さん。ねぇ、私は彼氏の歌が聴きたいの。例え、BANDAMUであっても。


「……そうだね。ミキミキと一緒に配信しているリノリノが好きだな」

「ぶっー」


 何か、盛大に吹き出す音がした。


「ちょっと? 矢淵さん、飲み物を吹くなよ!」

下河シモが変なことを言うからでしょ」


「別に変なことは言ってないでしょ。リノリノはね、一見ギャルな容姿アバターだから、軽そうに見えるけれど、とても配信のことをよく考えていてさ。ミキミキが上手く言葉にできない時も、フォローするのが上手なんだよね。絶対、リアルでも優しい人だって思う。ああいうこと、さり気なくできる人って好きなんだよね――」


「ぶふっー」

「ちょっと、里野ちゃん! 汚いよ! 飲んじゃったじゃない!」


下河シモが変なこと言うから!」

「俺、何か言った?」

「「言った!」」


 見事に矢淵さんと、本馬さんの声が重なって。

 現場ソコにいないから、音声だけじゃ何が何やら分からない。


「良いなぁ」


 ぼそっと、つーちゃんが呟いた。

 教室で、ずっと空に視線を向けて。


 その隣の、本馬さんにも。


 担任が変な気を遣わなければ、しばらくはつーちゃんの席だった。その気持ちがヒシヒシと伝わってきて――痛い。


(……どうして、伝わらないんだろう)


 こんなに、あからさまに。一人の子のことを追いかけているのに。表面だけ見て、天音翼を判断する。学校のアイドルなんて言われるけれど、別に芸能界デビューしているワケじゃない。ただ、普通の女の子で。等身大の天音翼を見ているのは、バスケ部の面々を除けば、空だけだったんだ。


「……行っちゃう?」


 私はニッと笑ってみせる。

 あの会話の意味は、私にはちっとも分からなかったけれど。少なくとも、空の良さを分かってくれる子がいる。それはつーちゃんにとって、焦燥感と嫉妬を滲ませるのに、十分過ぎて。


 ――ズルい。私が最初、空君とお友達になったのに……。みんな、知らなかったクセに……。


 そう、つーちゃんが漏らした言葉を、私は聞き逃さなかった。そこまで思っているのなら、もう迷う必要なんかないじゃん。私は手をつーちゃんの手を取って――。



「待ってよ、ちゃんとローテーションで回っていくからさ。その前に、みんなで乾杯しない? 天音さんの折角の歓迎会なんだからさ」


 ニッコリと笑って、火花が私達の前に、立ち塞がる。

 つーちゃんは、応じるように、にっこりと笑顔を――取り繕う。


「最高のクラスでしょ? みんなのことも、俺のことも知って欲しいって思うから、ね」


 火花はニコニコ笑って、満足そうだった。


「良いなぁ、私も火花君に優しく歓迎されたい」

「身の程をわきまえろって」

「何よ?!」


「火花君と天音さんだから、釣り合うってのはあるよね」

「確かに」

「でも、ちょっとぐらい夢見たっていいじゃん!」


「俺は今日も天音さんと親密になるんだ!」

「それこそ釣り合わないって」


 バカみたいな会話。釣り合う、釣り合わないって、誰が決めるんだろう?

 どんどん、萎れていくつーちゃんの笑顔に、どうして誰も気付かないの?

 本当に、何を見てるの?









(ねぇ、空?)

 私、どうしたら良いのか分からないよ。



 無意識に漏れた、私のため息は――火花がリードする乾杯の声で、かき消された。

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