あの空へ、君の翼で

尾岡れき@猫部

第1話 下河君と転校生の天音さん

天音翼あまねつばさです。よろしくお願いします」


 転校初日――彼女がペコリと頭を下げた姿が、今でも網膜に灼きついている。


 ――可愛いっ!

 ――めっちゃ、好み!

 ――こんな子、現実にいたんだね!

 ――アイドルじゃん!


 反応はみんなそれぞれ。かくいう俺も、目を奪われるくらいには、天音翼が可愛いと思ってしまった一人だった。興奮した奴らの喧噪に、担任が目を白黒させる。そんななか、どれだけの人が聞いていたんだろう。


「また、引っ越しになるかもしれないけれど……」


 諦めたような笑顔。

 最近、そんな笑顔を近くで見た気がして――はっとする。


 学校で、イヤガラセを受けていた姉ちゃんも、同じような笑顔を浮かべていた気がする。

 パンパンと、担任が手を打ち、ようやく興奮が少し落ち着く。


「この時期の転校で、大変だと思うけれど。みんな、よろしくな。とりあえず、また席替えするけれど、とりあえずは海崎の隣で」

「天音さん、よろしくね」


 ニッコリと幼馴染――海崎湊が笑う。アイツなら、きっと問題ない。欠伸をかみ殺しながら、そんなことを思った。


「それと、放課後で良いんだが、誰か学校を案内してやってくれないか?」


 すると、対照的に今度は声が萎んでしまう。気恥ずかしさ、面倒くささが先に立つのか。今度は誰も手を上げない。湊と彩翔が手を上げないのは、まぁ仕方がない。だって、アイツらはバスケ部だ。ただでさえ、俺が【抜けて】チームの空気も悪くなっているはずだ。立て直しに奮闘しているのは理解する。


(ゴメンって思うけれど)


 相変わらず、当たり前のように接してくる【奴ら】には感謝しかない。

 それにしても――。


 担任は、生徒同士の交流をと思ったのだろうが、なんて悪手なと思ってしまう。

 下心とみられたくない男子。


 すでにコミュニティーができあがっている女子。

 だいたい、緩衝材になる面子は部活組。


 それなら、イケメン率いるチーム陽キャが動いてくれたら良いのに、面倒くさいと言わんばかりに、無視を決めこんでいる。歓迎といいながら、誰も関せずな空気は、一言でいって最悪だった。


(……バカだよなぁ)


 すっとのびた手が恨めしい。今日は姉ちゃんも文芸部、安全とは言いがたいかもしれないけれど。お役目を終わらせて、さっさと迎えに行こう。そう心のなかで誓った。




■■■




「ここが図書室ね」

「はい……」


 想像以上に、緊張している天音さんを誘導しながら。校内デートと化していた。クラスメートは勝手に囃し立てて「俺と代れ」「いや俺が」「やっぱり下河なんかじゃ――」とか散々言っていたが、それを無視する。それなら、最初から言えって話だ。

 と、図書室に向かえば、見知った二人に会った


「青葉に音澤おとざわさんじゃん」


 白杖をつく音澤さんを誘導する、青葉。声を聞いて、音澤さんが顔を上げる。音澤さんは視覚障害があって、特別支援学級に在籍。そんなこと関係ないと言わんばかりに、この二人は一緒にいる。


「下河?」

「下河君?」

「お? その可愛い子は、噂の転校生――痛いっ」


 余計な一言を言うものだから、音澤さんの白杖が青葉の脛をガシガシ叩く。バカって思う。


「あ……。今日、転校してきた天音翼です」

青葉承馬あおばしょうまです」

音澤叶慧おとざわかなです」


 ペコリと二人が頭を下げる。


「えっと……? 下河空です?」

「「「知ってるし」」」


 三人から集中砲火。容赦のない一言に、俺はちょっとむくれてしまう。

 三人の視線が俺に集中して。

 それから、笑顔が弾けた。


「いや、お前ら、笑いすぎだから!」

「小学校からの付き合いなのに、自己紹介されるの新鮮だなって思って」

「下河君のそういう素直なトコ良いよね」

「そういえば、私は下河君に自己紹介してもらっていませんでした」


 天音さんまで、そんなことを言うのかよ。

 でも――へぇ、と感心してしまった。

 天音さん、そんな風にちゃんと笑えるんじゃん。


「じゃ、お願い?」


 天音さんの言葉に首を傾げてしまう。


「何が?」

「下河君の自己紹介」

「良いね、俺も聞きたい」


 青葉、お前は黙れ。


「じゃぁ、他己紹介にしようよ」

「叶慧、ナイス!」

「全然、ナイスじゃねーよ!」


「名前は下河空君。年齢は3歳」

「音澤さん?! 年齢のサバ読み、ひどすぎる!」


「オネショは小学校三年生まで」

「待て! 待って! 青葉、本当に待って!」


 クラスメートに、そんなリアル情報をぶちこむ? これ新手のイジメだよね?


「好きな女性の好みは大人の人だよね」

「叶慧、よく憶えているよなぁ。そうそう、空の初恋は保育園の園長先生で――」

「ストップっ!」


 お前ら、本当に天音さんに、なんてこと言ってくれるの? 

 今回は言ってみたら、雑用係。明日から付き合いなんて、一切ないとしてもさ。言って良いことと、悪いことがあるじゃんか。そこをちょっとわきまえて欲しい――。


「でもね」

「な?」


 音澤さんと青葉が、意味深に視線を投げる。


「下河はね、良いヤツだよ」

「下河君はね、良い人だからね」


 かつんかつん。

 白杖を繰り出しながら歩く、音澤さんのペースに合わせながら。


「そうですね」

 にっこりと天音さんが笑いながら、頷いた。


 ――もっと、そんな風に笑ったら良いのに。可愛いのレベルが違うから。

 思わず、心の中で呟いた。



 天音さんの耳朶が赤かったのは、笑いすぎてテンションが上がっていたからなんだ、と思う。





「そういうトコだぞ、下河」

「そういうトコだよ、下河君」


 青葉と音澤さんの言っている意味が、今ひとつ理解できない俺だった。

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