第14話 お昼休憩大冷戦


これは、それぞれの1場面ワンカット感情モノローグ――。



【本馬美紀―Miki Honma―】



「がんばって、美紀!」

「ミキミキの本領、見せたれ〜」


 背中を押してくれる、美夏は兎も角、実沙の口を慌てて塞ぐ。ミキミキの活動はトップシークレット。VTuberは、画面の向こう側のフィクションであって欲しい。そうでなくても、ミキミキのことを知っているクラスメートがいるというのに――。


(……そんなの、ウソ)


 分かっている。

 下河君がどう思うのか、それが怖い。


 分かっている。


 彼は、偏見の目で見ない。

 趣味が一緒だから、じゃない。


 私が、どんな本を読んでも。アニメの話をしても。それが知らない話でも、下河君は、ちゃんと聞いてくれる。


(うぅ、ズルいよ)


 コートの外側から、遠目に眺めているだけで、満足だったのに。

 同じクラスってだけで、浮かれていたのに。


 今、こんなに近い。


 近いのに、上手く話せない。言葉にならない。思わず、つまってしまう言葉を、下河君は待ってくれる。【フォーリン・ナイト】では、後輩として変わらず、優しく接してくれて――。


 未だに〝MiKI-H〟が私だって、気付いていないのはどうかと思うけれど。

 結構、学校の話題とか振っているのになぁ。

 それを言えば、天音さんだってそうか。


(本当にどうして、気付かないんだろう……)


 そして、この状況だ。

 下河君の袖を掴んでまでゲットしようとした、この貴重なお昼休憩。

 乱入してきたのは、天音さんと、矢淵さん。


 天音さんは、まぁ分かる。彼女も、下河君のことが気になっている。それは、彼を追いかける視線を見ればイヤでも分かる。

 私は、それが、少しだけ面白くない。


 だって、アイドルって。みんなに囃されているじゃない?

 学校で、黄島君に並んで人気の火花君が、天音さんを意識しているんだもん。天音さんは、別に下河君じゃなくても――。


(私……今、本当にイヤな子だ)


 思考の迷路に陥っていると、矢淵さんが、唐突に私の肩を組んできた。

 ニヒヒって、笑う。


「や、矢淵さん……?」

里野りので良いよ、美紀ティー」

「み、美紀ティー?」


 生まれて初めて、そんなニックネームをつけられて、顎が外れそうになる。


「いそうじゃん、そういう芸能人」


 また矢淵さん――里野ちゃんが、ニヒヒと笑った。


「里野ちゃ……ん?」


 私は、なんとか、声を絞り出した。


「うんうん。よろしくね、美紀ティー」


 ブラウスの第一ボタンを外して、着崩すスタイルの里野ちゃん……。

 中学だから黒髪だけれど。きっと高校になったら髪を染め、一気に垢抜ける気がする。私には、そんな勇気が無いから、羨ましいと思ってしまう。


 ずっと怖い人って勝手に、思っていたけれど。その印象が変わって――むにゅ? 妙な感覚が、体全身を駆け巡った。


「きゃっ!」


 胸を揉みしだかれて、私は周回遅れで飛び跳ねた。


「美紀ティー、意外に胸デカっ? Cカップ? いやいや、Dカップあるでしょ?」

「ちょ、ちょっと?!」


 見れば、下河君の視線が、私に向けられていて――。

 慌てて、両手で胸を押さえて隠す。


「下河君、女の子をそういう目で見たらダメなんだからね!」


 なぜか天音さんが、ムキになり、下河君の目を隠す。


「み、見て、な――」

「そういう天音っちも、なかなか」

「きゃっ!」


 今度は、天音さんが飛び上がる。その拍子に下河君の顔に胸を押しつけるような形になって――。



「し……し、下河君のえっち」


 天音さんは目を潤ませて。その顔は真っ赤だけど……全然、下河君を拒絶していなくて、見ていて、モヤモヤする。



「大成功♪」

 ニヤニヤ笑う里野ちゃんが悪魔に見える私だった。





■■■





【矢淵里野―Rino Yabuchi―】



(変なヤツ)


 下河シモと同じクラスになった時の第一印象だった。今も、その印象は変わってない。


 バカで、お人好し。


(でも、メチャクチャ良いヤツ)


 どうして、自分が損する行動を平気でするんだろう?

 天音っちとのこともそう。普通のヤツなら無視をする。もしくは、正義感を振りかざして、私的逮捕に乗り出すか。


(……なんでさ?)

 下河に何の得もないじゃん。


 考えれば、考えるほどワケわかんな――い?

 思い至ったのは、下河が私に放った言葉。その一片いっぺん。そのカケラ。


 ――天音さんにペンケースを返して。そして、ちゃんと謝れたら、まだ引き返せるって思う。


 真剣な目で。

 至近距離で言われたことを、今も鮮明に思い出す。


 なんて、余計なお節介。


 多分、下河シモは、天音っちのことを気にかけながら、私のことも心配してくれたんだ。なんて、身勝手な解釈だって思うけれど。だって、そうとしか考えられない――きっと、そう。


(初めて、まともに怒られた気がする……)


 パパもママも、基本、私には無干渉。友達は当たり障りが無いお付き合い。SNSでイイネをする感ぐらいのお付き合い。相性が悪ければ、ブロックしたら良い。そして、ウチが友達と思っていた子達に、見事ブロックされたわけだけれど。


(下河はウチのコトをバカって思うんだろうけどさ)


 実際、何をやってんのって、呟かれた。ウチは、華麗にスルーしたけどね。だって、誠実な下河シモとちゃんと向き合いたいと思ってしまう。


 後悔謝罪をした後も、下河とそれから天音っち、湊っ、黄島っちの対応は変わらなくて。


下河シモの友達は、やっぱり下河シモダチなんだよね)


 そう、心の底から思ったんだ。

 それにしても、改めて、天音っちを見やる。


 アイドルってもて囃されて。何でも手に入る環境にいる子が、下河シモとの距離を詰められないでいる。明らかに、その目は恋する乙女だった。


 一方、美紀ティーは、こ天音っちより、がっつり恋をしている目をしていた。でも、一歩踏み込む勇気がない。きっと、そんなトコかな?


 だから、ちょっとだけイタズラをと、女子会のノリで美紀ティーにちょっかいを出す。


(へぇ?)


 美紀ティー、素はそんな感じなんだ。良いじゃん!


 でも敵に砂糖を送るのは、今回だけだからね。あれ? 塩だっけ? 胡椒だっけ? エゴマ油だっけ?


 ※作者注 正しくは「敵に塩を送る」です。エゴマ油は必須脂肪酸。健康に良いから、ぜひ調理に活用してみてくださいね。


(ま、なんでも良いよね)


 下河シモ、覚悟していてね?

 ウチは、他の子達のように遠慮なんかしないから。





■■■




【天音翼―Tubasa Amane】




 距離が近い。

 下河君――SORA君――空君と。


 胸にその顔を埋められて、気恥ずかしさが勝るのに。他の男の子達に抱く、嫌悪感はまるでなくて。


(ち、違うからね? 空君なら何されても良いとか、そんなことを思っているわけじゃ――)


 考えれば考えるほど、パニックになっていく。

 空君が、私から離れそうになって。


 私は、思わず彼の手を引っ張った。

 空君の目が、大きく見開く。


「え……えっと、え?」

「まだ、返事を聞いていないよ?」


 私はきっと満面の笑顔を、浮かべている。だってさ、君が歓迎してくれないカンゲイカイなんて、意味ないもん。

 他の子は、どうでも良い。私は、空君に歓迎して欲しい。この学校に転校して来て良かった、って実感させて欲しい。


 それなのに、君の魅力を知ってしまった子が、美紀ちゃんの他に、矢淵さんまで? 本当に勘弁して欲しい。


(それにしても、なんで気付かないのかな?)


 転校前から、ずっと一緒にゲームしているじゃない?

 君の第一フレンド、私なんだよ?

 美紀ちゃんは――MIKIちゃんは、すぐ気付いたよ?


(まぁ、良いけどね)


 心の中で、アサルトライフルを構えるイメージ。

 空君が、そのつもりなら。


 絶対に打ち抜く。


 だって、私。スナイパーエンジェルだもん。

 だから。


 ――BANG


 そう心の中で、引き金を引いた瞬間。

 空君がもう一度、コクコクと頷いてくれた。


(嬉しい)


 本当に嬉しい。

 自分でも分かるくらい、頬が緩んでいる。嬉しい、本当に嬉しい。


(ねぇ、空君?)


 覚悟してね?

 エンジェルさんはね、絶対にターゲットを逃がさないからね。





■■■





【下河空―Sora Shimokawa】





(俺、早く弁当を食べたいんだけどなぁ)


 三人とも笑顔なのに、妙な緊張感があるのは――みんな緊張しているから、か。クラスがそれぞれ、団結するという意味じゃ、良いのかもしれない。矢淵さんが、孤立気味なのは気になっていたし。湊も含めて、みんなで仲良くしてくれたら、それで良い。


(しっかし……)


 そこまで考えながら思う。本当に、俺って損な性分だ。そんな俺の心配を余所に、クラス男子が怨嗟混じりで呟くのが、本当にうっとうしい。



 ――くたばれ、下河。

 ――なんて、うらやま……けしからんっ


 ――本馬の魅力にやっと気付いたか、おまいら。体育の時ちょっと見てみろ。マジ眼福だから。


 ――矢淵は性格がアレだが、男のロマンだぞ? あいつは、オタクに優しいギャルだからな。童貞千人卒業した名は伊達じゃない!


 いや、伊達だろ。どう考えて、噂の一人歩きじゃん!


「ち、違うからね、下河シモ! 私、そんなことしてないから!」

「分かってる! 分かってるから!」


 だからタックルよろしく、飛びつかないで!


「ちょっと、里野ちゃん! どさくさに紛れて、抱きつかない!」

「矢淵さん、ファール!」

「なに? 傷心のウチを、下河シモ慰めてもらおうと思っただけじゃん!」


「下河、天音さんのおっぱい、どうだった?」


 どさくさに紛れて、なんて質問を投げてきやがる? お前ら、もう小声で隠すつもりもないじゃんか。

 と、温度が一気に下がったかのように、ゾクリと背筋が寒くなった。


「最低っ」


 絶対零度の感情を込めて。天音さんの声が、奴らに突き刺さった。

 突如の静寂。

 それから天音さんは、俺を見て――にっこりと微笑む。


「えっちなの、ダメだからね」


 なぜか指で、ぴんと鼻頭を弾かれる俺だった。





■■■





【海崎湊―Minato Kaizaki】





(……なに、これ?)


 いや、つーちゃんの気持ちは知っていたよ?

 本人は、否定するけどさ。


 あからさまに、聞いてくるんだもん。クラスメートのことをもっと知りたい――でも、それ無理あると思うんだよね。


 つーちゃん、だってさ? 空のことしか聞かないでしょ? 40人のクラスでさ、クラスメートが空一人なワケないじゃんか?


(いや、それはそれとしても……)


 この修羅場にも等しい空気感、これが問題だよ。

 誰もが、お弁当を食べる気になれない。お預け状態。


(バカ空は、お互い初顔合わせで、緊張しているとか、思ってそうだよね……)


 初恋相手の恋模様に、若干複雑な感情が渦巻く。


「……みー、俺は今日バスケ部の奴らと、食べてくるね――」


 颯爽と、微笑む彼氏あー君

 いつもながら行動がスマートだよね――と感心して、逃がすとでも思ったか。がっしり腕に抱きついて、ホールドオンだ。


「ちょ、ちょっと、みー?!」

彩翔あー君、私たち一蓮托生だよね? 町内会のオジさん達に、保育園の時から【三バカ】って、呼ばれていたし。健やかな時も、悩める時も……私たち、一緒だよね?」


「湊、今から結婚式の予行練習?」


 このタイミングで、バカ空が呑気にそんなことを言ってきた。


「み、みーちゃん……? 黄島君とは、結婚が前提のお付き合いなの?」

「まだ中学生なのに、海崎さん……スゴイです!」

「ひゅ~♪ やることやってんじゃん!」


 そっちの三バカ、ちょっと黙れ!






■■■





「空っっ!!」

 理不尽な――八つ当たりを含んだ、私の怒号が教室中に響いたのだった。

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