第3話 元男子バスケットボール部員君と女子バスケットボール入部希望さん


「ココが体育館……。じゃ、俺は外で待ってるから、適当に見ていて――」

「え?」


 天音さんが、首を傾げる。それから、納得したと言わんばかりに、コクンと頷く。


 良かった、とほっと胸を撫で下ろす。

 この子って、本当にコミュ力が高い。今日、1日クラスの子とのやりとりを見ていても、容易に察するのだ。そりゃ、人気者にもなるよな、って思――う?


「海崎さんが、言っていたことはこういうことなんだね。納得」


 がしっと、俺の手首を掴み、引きずっていく。


「ちょ、ちょっと?! 天音さん?」

「私、バスケ部に入ろうって思っていて、さ。前の学校でもそうだったから。ただ、転校してるからね。馴染めるか、不安だったんだよね。途中からだし」

「天音さんなら、大丈夫。行ってきなよ! 外で待ってるから!」


 俺は、天音さんの手を振りほどこうとして――。


「ぁ、んっ……」


 何故か艶のある声が出る。いや、あの? 天音さん? 俺、どこも触ってないよ? さわって――って、ちょっと、待って?!


 そうこうしている間に、グイグイと引っ張られてしまっていた。見れば、ぺろっと、舌を出して笑っている。ワルイ! この子、こんなイタズラじみたこともするのか? と――呆れている場合じゃなかった。


「ちょ、ちょっと、天音さん?!」

「部員の皆さん、会いたがっているって。海崎さんは言っていたけど?」

「俺は会いたくないんだけれど?!」


「お? 下河?」

「空?」

「キャプテン!」


「その子、例の転校生?」

「めっちゃ、かわいいじゃん!」

「マネージャーやらない?」

「男バス、群がるな!」


 女バス(女子バスケットボール部員)からのテクニカルファール警告に苦笑が浮かぶ。


 しかし、それぞれ勝手なことを言ってくれるものだ。

 ちなみに、バスケ部にキャプテンというポジションはない。この部では、部長、副部長。以上、終了。マネージャーすらいない。


 いつものクセでマネージャー代わりに、部員達の世話を焼いていた。

 いつの間にかついたあだ名がキャプテンだった。


「だから、ちょっと待てって!」

「きゃっ――」


 可愛らしい悲鳴が上がったかと思えば、押し寄せてきた男バス連中の勢いに負け、天音さんもろとも、押し潰されそうになる。


 天音さんを抱きかかえ、咄嗟にフォローした俺を褒め称えたい。


「あ――」

「あの……」


 お互いの鼻先と鼻先が触れ合うほどに、俺たちの距離は近かった。


 ピー!

 湊がけたましく、ホイッスルを鳴らす。


「空、ファール!」

「俺が?」


 思わず、天音さんを見れば、頬が真っ赤で。そして目を潤ませ――慌てて、距離を空けた俺だった。




■■■





「もうちょっと手加減ってモノないのかよ!」


 たん、たん、たん。

 体育館のなか、バスケットボールが弾む。


「キャプテン、ちょっと鈍ったんじゃない?」

「もう、俺はキャプテンじゃない! あの時もキャプテンじゃなかった!」


 俺の反論を、彩翔はクスクス笑う。


「キャプテンって決めるものじゃなく、いつの間にかなっているものなのかもね」


 そう言いながら、迷いなく全速力で、ボールをカットして来ようとするのだから恐ろしい。フェイントに弱いのは、変わらずか。少しだけ重心をずらして、彩翔の猛攻を躱す。


「……朱理、お前もしつこいなぁ」

「そりゃ、食らいつけって言ったのキャプテンだし」


 ニッとかつてのチームメートは笑う。退部してから、ブランクが空いているんだ。手加減しろと言っているのにコレだ。このゲーム、仲間内にボールを回しても、ここぞというタイミングで、俺にまたボールが返ってくる。


(バスケ部、仕事して?!)


 ワザとかよ、と悪態をつきたくなる。

 俺は、ドリブルをしながら。じわりじわり動きながら、息を整える。


 ここは無難にレイアップシュートで。彩翔と朱理が見逃してくれるとはとても思えないけれど――。




「し・も・か・わ君っ!」


 誰よりも、全力の応援。この体育館に、天音さんの声が響き、俺は目を丸くする。


「がんばれーっ!」


 ぶんぶん、手を振る。

 俺は唖然として――。

 それから、意識をゴールに向ける。


 たん。

 ボールが弾む。


 天音さんの声に続いて、女バスから、「下河」「空」コールが飛ぶ。主に、俺の名前を呼ぶのは、湊だけれど。


「え、みー? 俺の応援はしてくれないの?」

「たまには、空を応援してあげないとね。勿論、彩翔あー君のことは、いつでも全力応援だよ?」


 お前ら、ゲーム中にいちゃつくの止めてくれない?

 男バス、みんなゲンナリした顔しない。今、ゲーム中だから!


「下河君っ!」


 誰より天音さんの声が、俺に響いてくる。俺のなかで、何かスイッチが入った気がした。


 たん、たん。

 ボールが跳ねる。

 俺も、駆ける。


「いっけぇぇぇぇっ! 下河君!」


 天音さんの声援に、背中を押された。

 俺の背中に、足に。


 羽根をた気がしたんだ。


 あんなに憧れていた、アメリカプロバスケットボール選手【スカイウォーカー】――今なら、彼のようにダンクシュートを決められる気がする。


「え、空……? ウソだろ?」


 彩翔と、朱理のディフェンスをくぐり抜けて。跳ぶ。飛ぶ。翔ぶ。


「下河くんっ!!」


 天音さんの声。もう、それしか聞こえない。

 ゴールリングに当たる衝撃を感じて。ネットが揺れる。

 たんたんと、音をたてて。ボールが転がっていった。


「ダンクシュート?! すごいよ、下河君!」


 コートに入り込んで、天音さんが俺に抱きついてくるいや、ちょっと? あの――審判の湊さん?! これ、警告をしてくれないと……って何、呆けてるの?


 あんぐり、口を開けてる場合じゃないから!

 審判さん、マジで仕事して!






■■■






「次、下河以外は全員メンバーチェンジして、ゲーム続行な!」

「姉ちゃんのことで、苦労してると思ったのに……心配して損したよ!」

「転校生とイチャコラしやがって!」

「男子バスケ部、ガイドライン!」

「「「「「リア充は、即ぶっ潰せ!」」」」」

「「「「「おぅ!」」」」」



 不穏な空気を感じたのは――きっと俺の気のせいなんだと、信じたかった。

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