第12話 下河君とスナイパー・エンジェルさん


SORAソラ & TUBASAツバサ

▶No.1!



 お決まりの勝利ウィナーアナウンスとはいえ、やっぱり気持ちが良い。

 今回は、相手にも恵まれたと思う。ランキング入りのプレイヤーが、エンジェルさんと俺のみだったことも、勝因だったと思うけれど。


 ただ、そうは言っても無駄な動きも多かった気がした。

 そう、リプレイ動画を観て分析をしていると――。


『SORA君、次に行くよー』


 余韻に浸る余裕も無く、エンジェルさんに強引に、二人デュオモードから、ログアウトしていく。


『え? ちょ、ちょっと?』


 俺のペースを無視して、エンジェルさんはいつもこうだ。


 学校で、こんな子がいたら楽しいだろうな――そう思いつつ、一人だけ、瞼の裏にその顔がよぎる。転校初日、学校内を案内した、天音さんの顔が。


(バカだな)


 今さらそんなことを思ったところで、何が変わるわけでもないのに。


 天音さんは人気者で、男子達の羨望の的で。


 俺は、どちらかと言えば、厄介者で。そりゃ、そんな扱い方なもなるかって思う。やる気なんか見せない。誰ともつるまない。行事にも非協力的で。姉ちゃんを最優先している俺は、クラスメートからしてみれば、さぞ得たいが知れないヤツだって思う。


『SORA君、まだー?』

『い、今、行くよ!』


 完全に我がペースのエンジェルさんに苦笑を漏らしながら、俺も二人デュオモードからログアウトしたのだった。






■■■





「クリエイティブモード?」


 フォーリンナイトは、基本的にオンライン対戦FPSゲームだ。そのアクションの要素の一つに建築がある。資材を集めて、ある程度自由に建築を組める。これで、足場を作ったり、銃壕や簡易の建築物を作り、身を守るために使用していくのだ。このクリエイトのスピード如何で、ゲームの勝敗が決まってくる。


 エンジェルさんは、どちらかと言うと火力重視。クリエイトは苦手なイメージだったが(それでもミキちゃんよりは、明らかに早いと思うけど)なかなか、どうして。この空間には、小さな公園をイメージしたて設計したのか。電灯の下にベンチ、ブランコ、シーソー、滑り台が丁寧に作られ――そこをイルミネーションが所狭しと、光で彩る。


 カーニバルが始まりそうで。今にも、子ども達が走り回りそうな、そんな雰囲気を醸し出していた。


「へぇ……!」


 正直、感心する。クリエイティブモードで、自分だけの世界ルームを作り、独自の地形を作り上げ、対戦するユーザーもいた。

 でも、これは。なかなか、どうして。興奮が抑えられない、癒やしの空間になっていた。デートスポットと言われても、素直に納得してしまう。


「すごいでしょ?」


 先にベンチに座ったエンジェルさんが、にっこり笑んで、上機嫌に言う。トントンと、ベンチを叩いて。さぁ横に座り給えと、そう言いた気だった。ちょっと、気恥ずかしくなりつつ、エンジェルさんの隣に座る。


 お互いの表情なんて、スキンでは変えられない。文字チャットか、スタンプ。もしくは音声チャットだけのコミュニケーション。


 基本的には、勝つか負けるかだけの世界。でも、時々ボイスチャットをしながら。お互いのことをボソリボソリと話す。下手に干渉しない。無理に強制しない。そんな緩い空気感が、今の俺には、とても心地良い。


「ちょっと、意外だね」

「それは、どういう意味かな?」


 ちょっと、ムスッとした声のエンジェルさん。すぐに感情を露わにするから、君って人は本当に面白い。


「だって、エンジェルさん。火力重視でしょ? 今日も、ヘリで機関銃掃射されそうになった時が一番『やべぇ!』って思ったし!」


 あれはマジで、死ぬかと思った。ライフほぼ、ゼロだったし。ゲームオーバー直前だったのだ、本当に反省して欲しい。


「あれは、君が新人プレイヤーにかまけるからでしょ。SORA君は、誰とプレイしていたのか、とっとと忘れちゃったたみたいだけど、さ」


 そんなに、拗ねなくても良いのではと、思ってしまう。だいたい、先に新人さんをフォローしたのはエンジェルさんで――と言っても、水掛け論。


 別にエンジェルさんとケンカしたいワケじゃないから、できるだけ彼女らの気持ちを受け止めようと務める。彼女が、この二人デュオモードを楽しみにしていたのはよく分かるから。ゲーム中、ある意味、注意散漫だった俺が悪い。


「忘れてないよ。ちゃんとTUBASAツバサとデュオを楽しみつつ、新人さんのフォローしただけじゃん。最優先はTUBASAだよ」

「……」


 エンジェルさんが、無言になる。また怒らせてしまったんだろうか? エンジェルさんと一緒にゲームをするのは楽しいが、時々、予想外のポイントで拗ね出すんだ。他のプレイヤーのコミュニケーションは上手なのに、俺との相性は悪いのかなって思ってしまう時がある。


「……いきなり、ID呼びは、心臓に悪い……」

「呼べって言ったの、エンジェルさんじゃん。でも、ココでだけね。ゲーム中は、恥ずかしいから無理」


 あのスナイパーエンジェルを、ID呼びとか。それこそエンジェルさんファンに、集中砲火を受けそうだった。


「IDで呼ばないと、返事しない」

「なんだよ、それ」


 まるで小さな子どもが拗ねたような口調に、つい苦笑が漏れる。


「TUBA――」

「それは唾吐いているみたいでイヤ」


 中途半端に止めたの、バレたか。


「TUBASA」

「……」


 また無言。ただ、ボイスチャット越し。漏れる吐息が、微笑んでいるのは、俺でも分かった。


「もう一回言ってよ?」

「なんで?」


「だって仲良くなれた実感があるもん」

「元から、仲が良いと思っていたけど? これ、もしかして俺の思い込み?」


 少なくとも、エンジェルさんが、フォーリンナイトのプレイヤーのなかで、一番仲が良いと思っているのは、俺の本心で。


「私だって、そう思ってるよ」

「なら、良かった」


 ニッと笑う。


「俺の一人よがりじゃなくて、良かったよ。TUBASA」


 少し近づいて。囁くように言わなくても、エンジェルさんのヘッドセットにこの声は伝わっている。それでも、しっかり伝えたいと思ったんだ。


 転校を繰り返しているエンジェルさん。境遇が、天音さんにそっくりだと思ってしまう。


 電灯のオブジェに照らされて。

 フォーリンナイトに似合わないこの空間で、妙に甘い空気を味満喫することにした。


 エンジェルさんの気持ちが、落ち着くまで待つ。

 こういう時のエンジェルさんは、何かを相談したい時なんだ。


(……今度は、どうしたものやら)


 ふーっと、エンジェルさんが息をつく音が聞こえて。

 ようやく、気持ちが落ち着いたらしい。





■■■




「それで、今度はどうしたの? またアイツのこと?」


 俺は、エンジェルさんに、そう声をかけたのだった。

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