第13話 全国的に流行っているおまじない?


「それで、今度はどうしたの? またアイツのこと?」


 アイツと言うのは、エンジェルさんが通う学校のクラスメートのことだ。彼女が、転校した初日のこと。誰もが尻込みするなか、校内の案内をしてくれるヤツだった。そこまでは良い。ただ、そこから距離を置くようになった、とエンジェルさんは寂しそうに笑う。


 今の【フォーリンナイト】のシステムでは、スキンに表情を作ることができない。

 だから、声だけで判断するしかない。

 その話を聞く度に、どうしても他人と思えず、胸が抉られるような錯覚に陥る。


 ――でもね、嫌われたワケじゃないと思うの。


 そう、エンジェルさんは言う。何があったのか――は、教えてくれなかったけれど。

 ヤツは知らない間に、さり気なくフォローをしてくれたらしい。


(なるほどね)


 この話を聞いた時に、俺は納得した。

 エンジェルさんは、天音さんじゃないし。

 そして、ヤツは俺じゃない。


 ただ、エンジェルさんの満幅の信頼を勝ち得ているヤツが、少し羨ましいって思う。


 自分に置きかえたら、どうなんだろう?

 もう、天音さんのコミュニティーは出来上がっている。そう仕向けたのは俺だ。だから、後悔はない。


 彼女を慕う華やかな面々を見れば。馴染んでいる彼女を見れば、良かったねって心の底から、思える。だから、これで良かったんだ――。


「――それでね、SORA君? どう思う?」

「へ?」


 俺は目をぱちくりさせる。


「もう、聞いてなかったでしょ?」


 エンジェルさんのスキンが近い。リアルなら、キスできちゃう距離感。でもフォーリンナイトは、仕様で、相手のスキンに少しだけ入り込むことができてしまう。この時だけはダメージが、双方ゼロ判定。デュオプレイ限定の、隠し技。これを帰巣キスと呼ぶ。


「だからね」


 エンジェルさんは、クスッと笑んだ。


「私の歓迎会があるんだけれど。その子にも参加して欲しいって思ったの。どうしたら良いと思う?」

「か、歓迎会ね……?」


 コクコク頷く。これまた、タイムリーな。

 エンジェルさんと、天音さんが転校した日はほぼ、同じ頃。すごい偶然もあると思うが、歓迎会まで重なるとは。


(同時期に転校したんだもん、そりゃそうか)


 と思いつつ、どう答えて良いものやら回答に窮する。


 ――歓迎会を企画するみたいだから、空も来てよ?

 ――行くわけないだろ?


 そういえば、彩翔とそんなやりとりをしていたっけ。正直、俺の中では欠席、一択なんだけれど。もし俺がヤツで。エンジェルさんの頼みを聞くとしたら、どうするんだろう。そんなことを考えてしまう。


「……あくまで、俺の勝手な意見だけれど。それでも、良い?」

「もちろん!」


 エンジェルさんの声が弾む。申し訳ないが、ヤツの人なりが良く分からないので、あくあで〝自分だったら〟でしか言うことができない。


「俺だったら……誰かに、誘われるんじゃなくて……本人に――TUBASAツバサに声をかけてもらえたら、嬉しいって思うかも……」


 なんとか、絞り出すように言う。あぁ、バカだな。まるで天音さんに、誘ってもらいたいみたいじゃんか。なんて女々しい思考をしているんだろう、と思ってしまう。


「そっかぁ。なるほどね」


 鬱々とした思考のスパイラルに陥っている俺を余所に、エンジェルさんは妙に納得したと言わんばかりに、笑みを言葉に滲ませる。

 と――すーっと、エンジェルさんが手を俺に向けてのばす。


「へ?」


 俺は、意味がわからない。


「フォーリンナイトがバージョンアップされたでしょ?」

「あぁ、うん」


 新しいシナリオの解放、新スキンの導入、VTuber用スタジオシステム……あとは……。兎に角、久々のメジャーアップデート、新機能が目白押しだった。


「その中にさ、握手と指を細かく動かせるようになったのあ、あったでしょ?」

「あぁ……」


 あの、しょうもない機能。これ、誰が何に使うんだろうと、首を捻ったものだ。


「私のいた小学校で流行っていたおまじない、なんだけれど。今、しても良い?」

「……おまじない?」

「そう、おまじない」


 コクンと、エンジェルさんが頷く。


「願いが叶うおまじない。こうやって、小指を出して――」

 エンジェルさんの言う通りに、小指と小指を絡める。


(えっと、これって……)


 口ずさむ。そのメロディーは、明らかに指切りげんまん――約束を誓うわらべ唄だった。


「指、切った」


 嬉しそうに、エンジェルさんが指を離す。離れた指と指が寂しいと思ってしまう俺は、いったい何を考えて――。


「やっぱり、SORA君に相談して良かった……私、覚悟決められたよ!」


 ヘッドホン越し、エンジェルさんの、きっと満面の笑顔になっているだろう、そんな声が、俺の鼓膜に響いた。


「それは、どういたしまして?」

「うん、ありがとう! SORA君!」


 まるで、天音さんにお礼を言われているような、そんな錯覚を憶えて。

 喜色を浮かべるエンジェルさんとは真逆に、いつまでも女々しい思考に囚われている俺だった。







■■■





 いつも通り、学校での時間は流れていく。漫然と、欠伸を噛みしめながら、そんな光景を眺めていた。


 チャイムがなって、大休憩。癒やしのお昼の時間だ。勉強から、一時的に解放されて、生徒達は色めき立つ。

 天音さんは、相変わらず人気者で、様々な面子メンツに囲まれていた。


(……やっぱり、遠いなぁ)


 無意識にため息が漏れて、首をかぶり振る。遠いって、何が? 自分でもよく分からない。


 喧噪に紛れて。断片的に、声が飛び込んできた。


 ――歓迎会はカラオケで決まり?

 ――だって、あの人数でしょ? ファミレスとか絶対、ムリだから。

 ――Cafe Hasegawaを貸し切りは?

 ――中学生で、絶対にムリっ! お前の奢りなら良いぞ?


 笑いが、まるで炭酸のように弾けて。天音さんは、すっかり溶け込んで――いrのに、どうしてだろう。フォーリンナイトの表情スキンのような。役割を演じる笑顔に見えたのは。


 無意識に、視線を向ければ。天音さんと、目が合って。

 なぜか嬉しそうに、ふんわりと微笑みが零れる。


(……え?)


 ぼーっしていたら、彩翔や湊に距離を詰められた。不覚だ。


「空~!」

「空、空!」


「ドレミファ、空!」

「ラシド、空!」


「「一緒にお昼を♪ 食べよう~よ♪」」

「なんでミュージカル調? それと俺の名前で遊ぶなし」


 ゲンナリしつつ、俺は荷物を取って席を立つ。


「ちょっと、空? ココまで期待させて逃げられると思うわないでよ?」


 湊さん、その目……人を殺せますよ?


「やるだけ段取りして、後はお任せ。人呼んで、ヤリ逃げの空、今日ばかりは観念するんだね」

「彩翔?!」


 呼び方がひどい!


「ヤリ逃げ……」


 天音さん、そこは復唱しないで!

 と、隣から「すーっ」と、大きく息を吸い込む音が聞こえた。見れば、隣の本馬さんが意を結したかのように、俺を見ている。親友さん二人が、彼女を送り出すように、その背中に手を置いていた。


「あ、ごめん。今、行くから――」


 きっと誰が声をかけるかで、三人で悩んでいたに違いない。こんなに人が群がっていたら、おちおちご飯も食べられな――。


「違います」


 くいっ。

 本馬さんが俺の制服、その袖を引っ張った。


「え?」

「……下河君、一緒にご飯食べませんか?」

「俺?」


 聞き返せば、本馬さんがコクコクコク頷いた。つられて俺も頷いて――え?


「良いね! それなら、ウチも混ぜてよ! 下河シモ、良いよね?」


 声を聞いた瞬間、ゲンナリしてしまう。矢淵里野やぶちりの――天音さんのペンケースを隠した犯人さん。あの後、何かトラブルになるんじゃないかとヒヤヒヤしていたら、教室のど真ん中で謝罪劇。ザワつく教室を余所に、天音さんは矢淵の謝罪を受け入れた。


(……もう少し、やりようがあっただろう。このバカチンは)


 結果、学内のアイドルにイヤガラセをしたと、矢淵さんは、村八分状態。落ち込むかと思ったら、全く意にも介さず、こうやって俺に絡んでくるようになった。


 当初、俺のお節介のせいで、この状況になったことを気に病んだでいたんだが。

 バカらしいくらい――矢淵は、俺にウザ絡みをしてくる。

 正直、ゲンナリだった。


「へぇぇ」


 彩翔が感心したように、それぞれを見比べる。そんな目で観るな、俺は不本意なんだけれど。


「良いね。それなら、みんなで食べちゃう。ね、つーちゃん?」

「……イヤイヤ、それなら天音さんは俺達と――」


 男子達が、天音さんとのお食事獲得権を目指そうと懸命で。


(相変わらず、うぜぇ――え?)


 男子達も、俺も面食らうくらい、天音さんが目にも止まらぬスピードで、距離を詰めてくる。


 これ、バスケで言うところのクローズアウトじゃん?

 その流麗な体捌き。流石、バスケ部員――って、感心している場合じゃなかった。


「あ、天音さん?」


 彼女を見やりながら、俺は目をパチクリさせるしかなくて。

 ニッコリ、微笑みながら、小指をのばす。



 ――願いが叶うおまじない。こうやって、小指を出して……。


 エンジェルさんの声が、脳裏に響く。

 すくぐに、手を前に組んだから。その小指には、誰にも気付いていなかったように思う。


「一緒にご飯も食べたいんだけれど。それより、ね? 私の歓迎会をみんなが、してくれるんだって」


 一歩、前に出る。


 ――誰かに、誘われるんじゃなくて……本人に声をかけてもらえたら、嬉しいかも……。


 思わず、唾を飲み込む。

 そう言ったのは、俺だ。俺だった。


 まさか、エンジェルさんにアドバイスしたことが、現実にブーメランになって返ってくるなんて、思いもしなかった。


(あのおまじないって、全国的に流行ってるの?)


 絶句である。上手く躱そうと言葉を手繰ろうと思うのに、全然、声にならない。



「下河君、歓迎会に来てくれるよね?」


 満面の笑顔を見せる。

 さっきまで、みんなに見せていた優しい笑顔。それだけでも、惹かれるのに。


 今、そんな表情カオ見せる、本当に狡い。あきらかに俺に向けて笑いかける微笑に、吸い込まれそうになって。

 言葉にならない。


 そんな期待に満ちた目で見られたら――。

 俺は、コクコク、首を縦に振ることしかできなかった。





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Q:そのおまじない、全国的に流行ってるの?

A:皆さんからのコメントをお待ちしています。

寄せられたコメントは、後ほど作者(YUKKI)が近況ノート(次話)で返信させてもらいますね💕

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