第30話 そのユニット名は――。
「――ということで、配信前半でもお知らせしましたが、ウチらは今日が文化祭です!」
「そんな理由で、早朝配信としましたが、たくさんの方が聞いてくれました! 改めて本当にありがとございます!」
「夜はクタクタだろうし、ミキミキさぁ……アイツに告った後って、どちらにせよテンションが壊れてそうじゃん?」
「こ、こ、告白?!」
リノリノの唐突な不意打ちに、ミキミキが
――自称中学生Vtuber、ミキミキとリノリノの
当初は、ミキミキ
天然のミキミキ。鋭いツッコミのリノリノ。この二人の組み合わせが最高だった。歌ってみたのコンテンツも楽しいけれど、何より中学生、等身大を感じさせる二人の赤裸々なトークが魅力的なんだと、声を大にして言いたい。
(どことなく、本馬さんの矢淵さんを彷彿させるんだよねぇ)
そんな俺の思惑はさておき、タイムラインは大荒れと
――それはともかく。
@haru-to:おおっ?!
@koba-koba:マジで?
@rotti619:文化祭ってさ、告白、絶好の機会だよね。俺、玉砕する立ち位置だったけど。
@Velvettino:懐かしいっ! 良いね、アオハル!
@kumadoor:でも、リノリノさんも確か同じ子を好きだったはずですよね?
@lympha:友情か恋か。難しい選択。でも今の私なら、推し一択かなぁ。
@resty:二人とも幸せになってほしいっ!
@sora:でもソイツ、ここまで想われてるのに、ちょっと鈍感すぎない? 気付けよって話じゃん。
「「君が(お前)が言うなっ」」
おぉ……っ?!
どのコメントに対してミキミキとリノリノが怒ったのかは分からない。それぐらい、めまぐるしく、コメントは流れていく。
「あ、あのね……告白すると決めたワケじゃなくて……その……あぁ、里野ちゃん。どうしよう! 意識したら、ダメ。私、どうしよう――」
「リノリノって言えし」
ポカンとミキミキの頭を叩かれたであろう音が、生々しく響いたり
生配信だと言うのに、細かくアバターがあたふたするのも芸が細かい。優秀なスタッフがいるろミキミキが言っていたが、うなずける話だった。
(何より、耳が幸せ……)
文化祭本番、頑張れる気がしたんだ。
■■■
――それではこれより、文化祭を開始します!
スピーカーからそんな声が鳴り響く。
放送部・本馬さんがそう宣言するのを聞きながら、天音さんと視線が交わる。ふんわりと、つい笑みが零れた。
準備の最終段階、自分のダンス練習もありながら、飾り付けの製作や会場設営を手伝ってくれたのだ。このクラスを纏めてくれているのは、天音さんと言っても過言じゃないはずだ。
「おい、空? 俺たちもいるんだけど?」
「ちょっと忘れないでよ?」
「
左右に彩翔、湊。そして頬をむにむに摘まむ矢淵さん。自然と生まれる、笑いの渦。クラスが一致団結とは言いがたいが、天音さんを中心に盛り上がっているのは、間違いないと思う。
「円陣組もうよ?」
そう言ったのは、湊だった。
「いや、もうお客さんも来るし、そんな余裕は――」
「お待たせしました!」
全速力で、本馬さんが帰ってきた。学校内を走り抜けてくるのもどうかと思うが、それだけ放送部とクラスの出し物を両立しようという、本馬さんの本気度の表れだと思う。
放送部はアナウンスやステージ発表の司会を分担するらしい。本当なら、本馬さんはメインMCにという声もあったようで。それなのに、クラスを優先してくれた彼女には、頭が下がる。
「下河君、嬉しそうだね」
天音さんが、俺の横で微笑む。
「ほら、時間ないよ! 手を出して!」
天音さん、すっかり湊に――いや、バスケ部色に染まっている気がする。
「おぅ!」
みんなが手を重ねる。出遅れた俺は、彩翔の掌の上に重ねて。その上に、天音さんが掌が重ね――。
「へ……?」
俺は目をパチクリさせ――心臓が跳ね上がるかと思った。
天音さんが、実質、このイベントのリーダーと言っても良い。それは分かる。でも、この立ち位置は、俺じゃなくてアイドル班の誰かがが担うべきじゃないだろうか?
「チッ――」
案の定、火花が舌打ちをする。チーム火花が呼応するように、不快そうに表情を歪めるのかま見えた。かたや、天音さんはまるで頓着せず――むしろ気付いていないのか、満面の笑顔を俺に向ける。
「……そういえばさ、アイドル喫茶ってずっと言っていたけど、天音さん達のユニットの正式名称って?」
と、今さらながら疑問をクラスメートが投げかけてきた。確かに校内に貼り出したチラシも、アイドル喫茶しか謳ってない。すっかり失念していたと思う。
「良いじゃん、今から
ニッと矢淵さんが笑んだ。
「それなら
火花、なかなか良いじゃんと思った瞬間だった。天音さんが、深く息を吸い込んだかと思えば、火花の声をやんわりと遮ぎる。
「私は……。ごめん、ちょっとワガママ言うけど、良い?」
みんなを見渡す――のは一瞬で。なぜか、天音さんは俺を見る。
どうしてだろう。なぜか、その頬を桜色に染めて。
「ユニット名つけるなら……〝あの空へ、君の翼で〟……が良いなぁって、ずっと考えていたの」
しぃんとクラスの中が静まり返って――そして、突然、弾けるように湧き上がった。
「良いじゃん!」
「なんか、詩的って言うかさ。ザ・アイドルユニット感ないの、なお良くない?」
「クラス全員を、青空の向こう側に連れて行く感じ?」
「天音さん、照れたの自分の名前が入っていたから? いや、でも本当に最高だよ! 本馬さん、それでMCしてよ!」
「は、はひ。噛まないように頑張ります……」
「それじゃ、そろそろ円陣いきますかっ」
湊が声をあげる。
「1,2,3――」
バスケ部、お決まりの掛け声。
「「「「「あの空へ、君の翼でっ!!」」」」」」
そんな声が響き渡った。
■■■
円陣を組んでの掛け声がクラスが盛り上がるなか、不満そうに火花が唇をギシギシ噛みしめるのが見えて。俺は、あいつの肩をポンと叩いた。
「……?」
「〝火花一色〟でも〝あの空へ、君の翼へ〟でもさ。主役はお前らなんだからさ、頼んだよ」
そう囁いて、それから俺は調理班と一緒に、開店準備を進める。
クッキーはすでに出来上がっている。後は注文に応じて、コーヒー・紅茶・ジュースを配膳するだけだった。
アイドルチームは、タイムテーブルに添って、ライブを行う。最初のライブまで、後15分くらいか。興味をもったお客さんが、ゾロゾロ足を踏み入れるのが、バッグヤードからも見えた。
「下河、注文取りに出られる? 意外に多いよ。ちょっと、みんなパニクってるからさ」
「オッケー。最初の段取り通り、行こう。大丈夫だから」
アイドル班の着付け・メイクで、女子メンバーを割いたのが痛かった。想像以上にお客さんが、押し寄せてくる。
「いらっしゃいませ! 今、お伺いしまーす!」
矢淵さんが叫ぶ。メニューがシンプルで良かったと思う瞬間だ。俺や矢淵さんの動きを見ながら、他のメンバーも、ようやく落ち着きを取り戻す。
(……姉ちゃんと一緒にcafe Hasegawaでバイトした経験が、ココで活きるとは、ね)
苦笑を浮かべる。Cafe Hasegawaは混雑するような店じゃない。ただ、注文が多岐にわたるし、礼儀は兎に角、厳しい。お客さんに最高の時間を――。そのコンセプトは、このアイドル喫茶だって変わらない。
でも、求められるクオリティーは段違いだ。だから、おざなりにして良いワケじゃない。
――最高の時間を。
みんな、ココまで頑張ってきたんだ。
気合いを入れ直して、注文ととる。それからバックヤードにもどり、用意された品を配膳しようと教室内へと出た
ぐぃっ、と俺の腕が引っ張られる。
トレイの上のコーヒーが揺れる。なんとか踏ん張るも――コーヒーカップがカタカタ音をたてて、傾いた。女子高生と思わしき子達に、降り注ぎそうになって――俺が背中で立ち塞がる。
――ピシャンッ。
「
矢淵さんが案じてくれる声が聞こえたが、、この喧噪のなかでは遠く感じる。
(熱ッ――)
思わず、顔が歪んだ。
お客さんは無事だろうか?
振り返った、瞬間だった。
「痴漢です、この人に痴漢されましたっ!」
甲高い声が、教室内に響き渡った。
▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥
【とある姉と弟による久々のバッググラウンドトーク】
「ということで、この小説のタイトルはこの時に誕生したのでした!」
「……あえて今まで、何も言わんかったのに……」
「ひゅーひゅー♪ 改めて聞いて、どう? 何も感じないわけないでしょ?」
「それは……普通にクラス全員、青空の向こうに誘って……」
「どう考えたって、今すぐ誰かさんの元にに飛び込みたい心情の表れだと思うけどな。もっと言うと、待つのは止めて、自分の翼で羽ばたきたいという――」
「ああぁぁぁぁ! やめて、それ以上、言わないで!」
「だいたい、クラスメートを同人エロ声優と思う当たり、本当にひどい」
「いやぁぁぁぁぁ! いっそ、穴に埋めて俺を埋葬して!」
「多分……誰とは言わないけれど、掘り起こすと思うけど?」
「お願い、俺をそっとしておいて!」
そんな弟君の絶叫がこだましながら。
to be continued……。
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