第33話 下河君ボイス(ディレクターズカットエディション)


『今回の文化祭、下河君はすごく頑張っているじゃないですか。その原動力って、何ですか?』


 インタビューアーは本馬さん。慣れ親しんだ放送部ガールズからのお願いと、すぐにほだされたあの時の俺をぶん殴りたい。


『別にそんなつもりは……』


 画面の向こう側で、姿も声もボカされた俺は照れくさそうに言葉を紡ぐ。

 放送部の文化祭を頑張っている人をピックアップ動画企画。その中の一部、編集されて30秒ぐらいだから、そんなに目立たない。そう美夏さんと実紗さんの口車に乗った自分が、今となっては本当に腹立はらただしい。


『天音さんの為だよ。それしかないから』


 言ったよ。あの時、確かにそう言った。衝動的に言っちゃったんだよ。

 でもさ、最初はかけられてたモザイクは外され、音声はオールクリア。それは流石に編集が雑すぎじゃないかって思うんだ。


『それって、みんがが頑張っているにちょっと、ひどいと思います』


 ぷくっーと膨れた声を出す本馬さん。正直、こんな可愛いインタビュアーを俺は知らない。


「か、かわっ……可愛いって、また、下河君はまた、そんなコト気軽に……!」

「それで絆される、美紀ティーってばチョロすぎない?」

「里野ちゃんは黙って!」

「「いや美紀って、マジチョロ〜」」

「美夏。実沙、うるいさいっ!」


 現実リアルも騒々しい。映像は気恥ずかしい。俺はどっちに意識を傾けたら良いんだ――やっぱり、映像を止めてくれない?!




『だってさ、天音さんは去年のこの学校の思い出ってないワケじゃん』

『それは当たり前じゃないですか。翼ちゃんが、転校してきたのは、今年なんですから』

『だから、だよ。みんなには少なくても想い出があって。でも、天音さんにはないワケでしょ? だったら、最高の文化祭にしてあげたいじゃん』


 準備の最中。。

 アイドル喫茶の飾り付けまで手伝ってくれた、天音さん。ただでさえ、自分のパートで忙しいと思うのに。


 ――去年の文化祭はちょうど、転校に重なったから、私は参加できていなくて。だから今年は、本当に楽しみなの!


 そう笑みを溢した表情カオが俺は未だに忘れられない。


『天音翼って子が、みんなにどう思われているかぐらい、流石の俺でも知っているよ。アイドル喫茶で、みんなが期待しちゃうのも、天音さんだって分かるし。でもね、そういう学内のアイドルとか、そういうのどうでも良いから。まだ、文化祭を楽しんだ経験のないクラスメートにさ、とことん想い出を作ってあげたいじゃんか。どうせなら、たくさんの色彩カラーズで彩ってあげたいって、ただそう思っただけなの』




⏸️





「カット!」


 美夏さんが、監督よろしく叫ぶが、こっちが却下カット、オールカットだよ。これ、思わず本音で言っちゃったミステイクシーンじゃん。この後撮り直した「クラスみんなでで想い出を作りたいから」を放送するって言ったのに。放送部ガールズ、鬼畜すぎない?


「以上、ディレクターズカット版をお送りました〜」


 実紗さん、そのままお蔵入りして欲しかった!


「……下河君が、私のために……?」


 ほら、こんなキモいこと、公開放映さえたら、誰だってドン引きでしょ。顔真っ赤にして怒っているし、目まで逸らされるし! 何の解決にもならない、この状況。いったい、どうするのさ?!


「……だから、なんだって言うんだ?」


 火花が苛立たし気に、言葉を吐き散らした。


「こんな茶番を見せられて、それでどうしたの? 現状、ステージに立つ主役の僕が怪我をしたことは変わらない。うちのクラスの出し物は、中止しかないでしょ――」


「あんたが、こんな状況に追い込んだんでしょ!」


 キッと睨んだのは、湊さん。勢いに任せ、火花の胸ぐらを掴む。それから、模擬店で俺が使用していた雑巾を、火花の口に捩じ込んだ。


「ぐほっ?! むわにっすぶんだっ?」


 きっと、なにをするんだ? と言いたいんだと思う。あの……湊、それは床を拭いたヤツで。さっき血も拭いたし。後、窓のさんも埃が溜まっていて拭いたから。衛生的にも良くないと――。


「バカだって言ってるの! 私もつーちゃんも、彩翔あー君も、あんたも練習できたのは、空と調理班の頑張りがあったからでしょ? その空が言ったのよ、つーちゃんにとって最高の想い出を作りたいって! うちの空は最初から、火花も含めたと一緒に文化祭を盛り上げたいって、そう言っていたの。全部、つーちゃんの想い出になるからって。そのために、色々な人に協力してもらって! ココに漕ぎ着けるために、どれだけの人が協力してくれたのか分かってる? それをぶち壊しにしたの、全部あんた達なんだからね!」


 ガシガシ、湊が火花の肩を揺する。返答を求めるが、それ無理だと思う。だって、口の中に雑巾が――。


「ほが、んっ、ごほっ」


 あ、雑巾をやっと吐き出した。

 流石に気持ち悪かったのか、火花が少し嘔吐えづいている。落ち着こうと呼吸を整えるのに必死で。お願いだからも。湊もちょっと落ち着こう。


「……こ、この暴力女っ!」

「あんたは、もっと卑劣でしょうがっ!」

「ストップ、みー


 湊がまた掴みかかろうとしたのを止めたのは、彩翔だった。


「だって、彩翔あー君!」


「俺だって、火花には言いたいことがたくさんある。でも、もう文化祭は始まっているから。アイドル喫茶はストップ状態。ずっと、このままじゃみんな困るから……早々に結論を出さないと」

「それは……」

「だなっ」


 武センが顎を撫でながら、頷く。


「まず、火花。この件に関しては校長に報告する。最低でも、三者面談。反省文、奉仕活動は覚悟しとけ。痴漢の冤罪って、お前のしたことは本来、犯罪だからな。どうするかは下河の両親とも相談のうえで考える。怪我に関しては、映像を見る限り、お前の自業自得だ」


「だって、先生! あれは下河が――」

「お前が放った火種が、自分に引火しただけだ。あの状況で、天音まで怪我しなくて、本当に良かったな」

「はいっ。下河君のおかげです!」


 にっこりと頷く、天音さん。ようやく平常時に態度が戻って――あれ? いつもより、距離が近くない?


「天音っち、近いって!」

「翼ちゃん、今は状況をわきまえて?」


 どうしてだろう、より上機嫌な天音さんに反比例して、矢淵さんと本馬さんから不穏な感情オーラを感じるのは。


「……さて、どうする? 選択肢はいくつかあるだろう。配置転換して継続か、喫茶機能だけ稼働させるか。もしくは完全に、このクラスの模擬店は中止とするか。どの選択を選ぶのも、ここまで頑張ってきたお前らの自由だ」


「いやいや、主役の俺目当ての客が多いのに、継続は無理――」

「火花には聞いていない。あくまで判断は下河達だ」

「んぐっ」


 悔しそうに、火花が顔を歪める。そんな彼は今、スルーして思考を巡らす。ここまで本馬さんに、フィードバンクを紹介してもらい、喫茶店のメニューではCafe Hasegawaにも協力してもらった。このまま中止では、あまりに申し訳なさすぎる。せめて喫茶店だけは――。


「配置転換……配役の変更でと思います」


 そう言ったのは、天音さんだった。


「いやいやいや、無理だって。天音さんが、俺と一緒にステージに立ちたい気持ちは分かるけれど。流石に、この足じゃ……」

「火花君には全然、期待していないので、安心してください。正直、接客も難しいと思っていますし、別に私の想い出に、火花君は不要なので」

「へ……?」


 火花が目を丸くする。さり気なく、天音さんが拒絶されたのは気のせいじゃないはず。


 くるんっ、と天音さんがターンして俺を見やる。

 衣装がふんわりと舞った。


「私、知っているんです。私達と同じくらい、ダンスができちゃう人がいるって。その人は、この文化祭を誰よりも成功させようと頑張ってきて。誰よりも、一番動いていて。そして、頑張り屋さんで」


 踊れるって、彩翔の姉ちゃん――彩音さんのことだろうか?

 アイドル班の振付師として、本当に健闘してもらったと思う。確かに彩音さんなら、この学校の卒業生だし。この緊急時事態、武センもきっと認めてくれるにちがいな――。


「いやぁ、今回は空の鈍感っプリが遺憾無く発揮されていますね、みーさん」

「本当にね、どう曲解したら、そんな発想になるかな。ねぇ、!彩翔あーさん」


 どかかの茶飲み友達の爺さん婆さんよろしくな、彩翔と湊の会話。意味は分からないけれど、とことんバカにされている気がして――。


 と、天音さんが俺の方に向き合う。衣装のスカートの端を摘んで、一礼。カテーシー、ってヤツだ。それから、にっこりと微笑む。


「踊っていただけませんか?」


 お姫様然として微笑む。俺は目をパチクリさせた。


「だ、代役って……俺?」

「だって、下河君、黄島君との練習の時もダンス完璧だったもん。これ以上、ピッタリの人、いないでしょ?」


 いや、それはあくまで練習で――。


「だって下河君、私の想い出をたくさんの色彩カラーズで彩ってくれるんでしょう?」



 喉元まで出かかった言い訳は、天音さんの期待に満ちた眼差しに、すべて封殺された俺だった。

 

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