41.結構です

「今、ニホンと仰られましたかな? 最近、耳が遠くなったようで……」


 仰いました。


「えぇ、日本です。それが何か?」


「あなた様方は勇者様でございますか?」


 なんだ? 急に口調が変わったな。それに勇者? 残念ながら勇者の称号は持っていないんだよね。


「違いますね。俺は勇者の称号を持っていません」


「称号? とやらのことはわかりませぬが、神にお会いになられたのでは?」


 残念ながら白い空間にも行ってないし、神様にも会っていない。チート能力は……ないこともないかな?


「会っていません」


「そうですか……それは残念。どうやら、あなた方は迷い人のようですな」


 この世界に勇者が存在する。定番どおり、神がこの世界に連れてくるみたいだ。そして、今現在この大陸には複数の魔王がいる。そう、複数なのだ。古の魔王と呼ばれるものが四体、それ以外にも新参魔王や自称魔王がそれなりに。


 ヤバい世界に来ちゃったのかも。


 話は戻るけど、神に呼ばれた勇者以外にもこの世界の人間が召喚する勇者もいる。だが、それは禁忌の業でそれを行えば神の神罰が下るという。


 そして、それ以外にこの世界に間違って来た人たちを迷い人という。神にもそれ以外の人にも会っていないから、俺は迷い人になるみたいだね。


 ちなみに、この長さんはその昔、日本から来た勇者と会ったことがあるそうだ。それで日本という言葉を知っていたんだな。


「この地はユグドラシル様の聖なる場所。この地に来たということは、ユグドラシル様のお導きに違いありませぬ。この地でゆっくりとしていかれるがよろしい」


「いえ、結構です。すぐに出て行きます」


「へっ? いやいや、右も左もわからぬこの世界に来られ大変でしょう。ここでしばし、休息を取り準備をしてから旅立つがよろしい」


「ですから、結構です。準備など必要ありません」


 ここに連れてきた人が長の耳元で何か囁いている。


「な、なるほど。収納スキルをお持ちでしたか。それでしたら、この国の統治者の元にお連れいたしましょう。必ずお二人を保護してくださいましょう」


「結構です」


「はぁ?」


 はぁ? じゃないんだよ! はぁ? じゃ!


「結構です。権力者と会うなんて、面倒事に巻き込まれるのがわかりきっている。そんな権力者と会う気はないです」


 自由気ままに旅がしたい。この世界を見て回りたいのだ。わざわざ、足枷を付けたいとは思わない。日本から来た勇者のことが知られているなら、その知識を利用したいと思う輩が必ず出てくる。


 俺はこの世界で知識チートをしたいわけではないのだ。貴族になりたいわけでも、ハーレムを作りたいわけでもない。生活するなら日本のほうが断然いいに決まっている。


 この世界には遊びに来ているだけ。この世界で生活するつもりはこれっぽちもない。


「本気ですかな? この地はあなた方のおられたニホンという国と違って、危険が多い場所ですぞ?」


「その勇者の日本人がいつの時代から来たのかは知りませんが、俺たちを舐めないでもらいたい。火の粉が降りかかるならば、排除するだけのこと。どうです? この村で一番強い人と手合わせしてみましょうか?」


「……」


 美紅ならどうとでもなるだろう。殲滅できるって言ってたし。


「面白いではないですか。その勝負、私が受けましょう。私はこの村の戦士長を務めているクワイと言います」


「いいでしょう。クワイ、お相手をしてさしあげなさい」


「ということで、美紅さんやっておしまいなさい」


「お任せください」


 見守っていた群衆が広がり円を作る。その中にクワイと名乗った男が木剣を持って立つ。


「好きな武器を選んでください」


 美紅も木剣を選んで男の前に進む。


「お嬢さんが相手ですか、てっきりそっちの男性が相手かと思っていました」


「感謝しなさい。マスターが相手をしていたら、あなたは死んでいました」


「ほう。それほど強いのですか? そうは見えませんが?」


 強くはない。手加減ができないだけだ。パルスガンを撃った瞬間、勝負が付く。相手の命が散った状態でね。


「そう見えるのは、あなたの目が節穴だからでしょう。私との実力差もわからぬようですし」


「言うじゃないか! それでは手加減なしで行かせてもらぉ……な、なに!?」


 クワイという男の首元に美紅の木剣が突き付けられている。周りからはその光景を見てどよめきが起こる。


 一瞬のことで、俺には美紅の動きがまったく見えなかった。美紅さん、半端ねぇっす!


 美紅が木剣を下げ元の位置に戻る。


「まだやりますか?」


「な、舐めるなよ!」


 クワイが走り込み美紅に渾身の突きを放つが、美紅の剣にクワイの剣が絡め取られ宙に飛ぶ。


「!?」


 またしてもクワイの首元に木剣が突き付けられる。


「続けますか?」


「……ま、負けました」


 圧勝だな。本当に美紅一人でこの村を制圧できるのかも。


 さて、これで、文句もないだろう。


 こんな男ばかりの村なんてさっさと出よう。むさ苦しいだけだ。


 これが女性だけの村なら、話が違ったのだろうけどね。


 残念。






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