第18話 山籠もり修行の、その前に


 山籠もり修行を目前に控えた、終業式三日前。


 騎士科の朝稽古では、騎士団から派遣された指導教官が、厳しい稽古をつけてくれる。


 卒業後の進路は皆、命のやり取りをする現場となるため、学生のうちから緊張感を身に着ける必要があり、指導にも熱が入る。


「そこまで!」


 声を合図に稽古を中断した指導教官は、ギルの元へと歩み寄った。


「ギル、少し見ない間に体幹が安定してきたな」

「ありがとうございます!」

「剣筋も良くなってきた。レナードもだが……お前達、急にどうしたんだ?」


 指導教官の言葉に、騎士科のクラスメイト達はこっそり耳をそばだてる。


 最近ギルとレナードが、急にメキメキと強くなったのには気が付いていた。


 打ち合いをしても剣を取りこぼすことがなくなり、剣速も上がってきた……なんなら身体も一回り、大きくなった気がする。


「レナードと一緒に、放課後トレーニングに励んでいます!」

「そうか……それにしても短期間で、随分と見違えた。もしかして学外で、誰かに師事しているのか?」


 少しでも将来につなげるためには、騎士科に在籍するうちに、成績を残す必要がある。


 叶うならばその秘訣を聞き、自分達もおこぼれに預かりたい……皆そんな気持ちで、ギルを見つめていた。


「はい、イザベラ様の専属護衛騎士、ジョルジュ様に師事しています!」

「なに!? あのジョルジュ卿にか!?」


 師事しているのがジョルジュと聞き、指導教官は「そういえばギルは、イザベラ様と婚約をするのだったな」と独り言ちた。


「あの方に師事できるとは、羨ましい。叶うなら俺も参加したいくらいだ」


 得心したように頷く指導教官……だがクラスメイト達は、師事した相手がイザベラの専属護衛騎士と聞き、教えてはもらうのは難しそうだと、ガクリと肩を落としている。


「騎士科の上位三名は、騎士団への推薦枠も狙える。そのまま頑張れば、王国騎士団も夢じゃないぞ!」


 バシンと背中を叩かれ、痛みを堪えながら、ギルはひきつった笑みを浮かべた。


「継続することが大事だ。長期休暇中は、自主トレーニングに切り替えるのか?」

「いえ、ジョルジュ様と一ヶ月間、山籠もり修行をする予定です」

「山籠もり修行!?」


 驚きの声を上げたのはレナード……山籠もりについては、まったくの初耳である。


「おい、ギル。それは俺も聞いてないぞ。それなら俺も参加したいんだが」


 手を挙げて立候補したレナードに、羨望と嫉妬の視線が集まる。


 それもそのはず、放課後のトレーニングだけでこれほどの差がつくなら、一ヶ月の山籠もり後はとても敵わないかもしれないのだ。


「訳あっての山籠もりだから、念のため、イザベラ様に直接許可をもらってくれ」


 イザベラから許可がでれば、自由に参加できるらしい。


 顔を見合わせ、ざわつくクラスメイトの様子を目にし、ギルは溜息を吐いた。


「ええと……もし他に参加したい者がいるなら、俺を通してではなく、自分で直接イザベラ様にお願いしてくれ。本気で話せば、きっと伝わるから」


 その言葉にまたしても顔を見合わせ、助けを求めるようにレナードへと目を向ける。


「俺は自分の分しか頼む気はないから、参加したい奴は自分でお願いしろよ?」

「今日の放課後はトレーニングがあるから、イザベラ様がいらっしゃる特進科最寄りの、空き教室まで案内するよ」


 ちゃんと知れば、どんなにいい子か分かるから、とギルが微笑むと、どこからかカシャンと何かが落ちる音がした。



 *****



「ごっ、御覧なさいパメラ! ギル様が激しく動いていらっしゃるわ!」


 朝稽古で打ち合いをしているのだから、激しく動くのは当たり前である。


 いつもの定位置である木陰で、今日もまたオペラグラス片手に大興奮のイザベラは、草むらに潜んでいたパメラへ得意げに声をかけた。


「わたくしが見る限り、ギル様を超える手練れは、騎士科にはいないようね!」


 週明け、少し落ち込んでいたので心配していたが、得意満面……すっかり元気を取り戻したイザベラに、パメラはホッとする。


 山籠もり修行については、昨日の授業後、改まってお願いに来たギルから話を聞いていた。


 だがレナードが立候補したあたりから、何やら雲行きが怪しくなってくる。


「ジョルジュ様、もし他のクラスメイトが一緒に修行をしたいと言ってきたら、どうされるおつもりですか?」

「……不本意だが、イザベラ様が許可をなさるなら仕方ない」


 騎士科の中には、イザベラに悪感情を持つ者もいる。


 少し離れた茂みに潜むイケメン専属護衛騎士、ジョルジュへ声をかけると、「すべてはイザベラ様次第だ」と険しい顔で言い放った。


「イザベラ様は、どうなさるおつもりですか?」

「そうねぇ……」


 イザベラが迷うように首を傾げると、「今日の放課後はトレーニングがあるから、教室まで案内するよ」と、ギルがクラスメイトに告げている。


「イザベラ様、大変です! 放課後お願いに来るらしいですよ!」

「ギル様は、お優しいから」

「そうなるだろうとは思いましたが、でもイザベラ様の悪口を言っていた奴らも交じっているんですよ!? なんて図々しい!」


 我慢出来ないと文句を言いながら、腹いせにブチブチと草を千切るパメラに、思わずジョルジュも賛同した。


「イザベラ様が許可を出すなら仕方ありませんが、そもそもギルやレナードほど、やる気があるとも思えません」

「ジョルジュ様の仰るとおりです! 私は許可して欲しくありません!!」

「お前達がそこまで言うなら、追い返そうかしら?」


 騒ぎ出す二人に、段々その気になってくるイザベラ……その時、ギルの声が風に乗って、イザベラへと届いた。


『ちゃんと知れば、どんなにいい子か分かるから』


「ギ、ギル様――ッ!!」


 イザベラの手から、オペラグラスがこぼれ落ちる。


 カシャン、と音を立てて地に落ち、イザベラもまた崩れ落ちる。


「どっ、どうされたのですか!? しっかりしてください!」

「大変よパメラ……追い返すという選択肢は、無くなったわ」


 褒めてくださった、ギル様のためにも……!!


 イザベラが決意に満ちた目を騎士科へと向けると、その鋭い視線に射抜かれて、レナードがビクリと身体を揺らしたのである。



 *****



(おい、どうするんだ。激怒しているじゃないか!!)

(だから止めようって言ったんだ)

(一言目から謝罪したほうがいいのでは!?)


 高級感溢れ、ふわりと良い香りのするラグジュアリー空間。


 とても教室とは思えないその部屋のガラス越しに、血反吐を吐きそうなほどキツいトレーニングを課される、ギルとレナードの姿が見える。


(俺達、あれをやるのか!?)

(でも一ヶ月だ。一ヶ月我慢すれば、将来への道が拓けるかもしれないんだぞ!?)

(まずは謝罪から……)


 もにょもにょと口篭もるギルのクラスメイト達を、イザベラはゆったりとソファーに腰掛け、腕組をしながら睨みつける。


 本当は睨んでなどいないのだが、如何せん、そう見えてしまうらしい。


「お前達……わたくしに、何か言いたいことがあるんじゃなくって?」


 スッと目を細め、イザベラがクラスメイト達を見廻すと、一人の生徒が「申し訳ございませんでしたッ!」と叫び、震えながら地にひれ伏した。


 次いで口々に謝罪を述べながら、一人、また一人と地にひれ伏していく。


 今にも射殺しそうな眼差しで見下ろす公爵令嬢と、床に頭を擦りつけながら震え、下僕のようにひれ伏す青年達。


「追い返したほうが、良かったのでは……?」


 助けを求めるように、パメラが窓の外へと目を向けると、状況が理解できず仰天するレナードと目が合った。


 分かります……分かりますよ、その気持ち。


 今日は長い話し合いになりそうだ――。


 まだ何も始まっていないのに……パメラは疲労感に、溜息を吐いたのだった。


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