第5話 パメラ、参戦


 他人にあまり興味の無いパメラも、彼女の事は知っている。


 隙あらば権力を笠に着て、学友たちを虐げていると噂の公爵令嬢――イザベラ・フランシス。


 実際に手を下す場面を見た者はいないが、廊下などですれ違いざまに睨まれた生徒も多く、皆委縮し声も出なかったと震えていた。


 しかも降嫁した王女を母に持つ、由緒正しきフランシス公爵家の御令嬢……となれば、平民のパメラからしたら雲の上の人である。


「お前がパメラね?」


 そんな彼女に呼び出され、凄みを利かせて睨みつけられ、一体自分は何をしてしまったのかと膝がガクガク震え出す。


 よく通る声は腹に響き、今にも恐怖でその場に崩れ落ちてしまいそうだった。


「? 人違いかしら?」

「い、いえ、わわわ私がパメラですっ」


 どもりながら必死で絞り出した返事に、イザベラは怪訝な顔をする。


「なぁに、その不思議な返事は? ……まぁいいわ」


 短く溜息を吐いて、調査報告書と書かれた冊子を取り出すと、パラパラとめくり確認を始めた。


「お前に関して、いくつか報告が上がっているわ」


 幼い頃から友人も作らず黙々と勉学に励み、ついに難関試験を突破し、学園の特進科へと入学を許されたパメラ。


 あんなに頑張って、ここまで来たのに……あの書類には一体何が書かれているのか。


 特に悪い事をした心当たりはないが、貴族が是と言えば、例えそれが過ちであっても平民は逆らえない。


「下に弟が四人もいるとのこと。ご実家は飲食業を営んでらっしゃるの、そぅ……」


 なぜ家族の情報まで!?

 下手したら一族郎党、罪を着せられ処刑もありえるのでは、と息を呑んで見つめていると、イザベラはその双眸を輝かせ壮絶な笑みを浮かべた。


 後方には騎士科だろうか、逞しい青年がひとり控えており、今から何をされるのかと恐怖でぞわりと身の毛がよだつ。


「……なかなか頑張っているようね。感心だわ」

「!?」


 何を言われているのか分からず、硬直するパメラ。


「少しでも親の負担を減らしたいのではなくって?」

「へ? あ、ハイッ」


 優秀な成績で入学試験を突破したパメラ。

 特待生の為、学費と寮に係る費用は免除されるものの、教科書以外の書籍や日用品などは全て自腹である。


 実家は飲食店を営んでおり、貧しいながらも食に困る事は無かったのだが、如何せん王都は物価が高い。


 少しでも親の負担を減らせればと、学業に支障が出ない割の良いアルバイト先を探していたところだった。


「それなら、わたくしの手足となって動くのはいかが? ……良い仕事があるの」


 つかつかと歩み寄ったイザベラに至近距離で微笑まれると、蛇に睨まれた蛙のように、身動きが取れなくなる。


 何をさせられるのだろうと、噴き出した汗が背中を伝う。


「……騎士科に、贈り物を届ける仕事よ」

「はひ!?」


 お、贈り物!?


「一回につき、銀貨五枚。拘束時間は十五分」


 朝から晩まで一日中働いて、銀貨五枚。

 その同等額が、なんとたった十五分で得られると言う。


 一体どんな贈り物を届けさせられるのだと恐ろしく、だが逃げ出すことも叶わず、ゴクリと唾を飲み込んだ。


「第一弾は、クッキーよ。宛先は騎士科一年のギル・ブランド」


 半ばパニック状態のまま、銀貨五枚と、何やらスパイシーな香り漂うクッキーを手の上に載せられ、「さぁいってらっしゃい!」と承諾も得ないまま、使いに出されるパメラ。


「終わったら報告しに戻ってくるのよ?」


 この学園で必死に勉強し、優秀な成績で卒業すれば道は得られる。


 雇用される者から、雇用する側へ……成りあがってやろうと思っていたのだが、格の違いをまざまざと見せつけられ、意味も分からず条件反射のように頷き、ふらふらと騎士科へ赴いたのである。



 ***



「おかえり」


 騎士科一年のギルに無事クッキーを渡し終え、慌てて戻るとイザベラは既におらず、先程後方に控えていた青年に声を掛けられる。


「あー、俺はギルと同期の、騎士科一年レナード・アルフォンソだ。貴族だが学園内では志を同じく学ぶ仲間。気軽にレナードと呼んで欲しい」


 改まって自己紹介をされ、パメラがぺこりと頭を下げると、付いて来いと歩き出す。


「イザベラ様は毎日朝と昼、それぞれ決まった時間をあのようにしてお過ごしになられる」


 見ると木陰でオペラグラス片手に、何やら騎士科を覗いている。


「はぁ……ギル様、今日もなんて素敵なの」


 訝しく思いこっそり近付いてみれば、ギルという男性を観察しているらしい。

 その時ギルが、先程のクッキーを口にする姿が見えた。


「きゃぁぁぁぁあ、おっ、お召し上がりに! 私のクッキーを口に……のっ、飲み込んだわ! えっ、もう一枚、おかわりですって!?」


 顔を真っ赤にしながら、小声できゃいきゃいと叫ぶイザベラ。


 なんとなく状況が分かって来たパメラはレナードを振り返り、目を眇めると、彼は諦めまじりに首を振り、イザベラへと視線を向けた。


「……そういう事です」

「なるほど」


 お仲間が増えて嬉しい限りですと、レナードが感情のこもっていない声で、ぽつりと呟く。


 毎昼恒例の業務を終えたイザベラが二人に気付き、軽やかに歩み寄った。


「パメラ、良い仕事をしたわね」


 コホンと咳ばらいをし、何事も無かったようにすまし顔のイザベラ。


 まだ興奮冷めやらず、ほんのりと頬に赤味が残っている。


「ギル様はすべてお召し上がりです。しかも、ほ、微笑まれて」


 こ、こんな感じの方だったのか……。

 思い出したのか、くふくふと含み笑いをするイザベラに呆れ顔の二人。


「引き続き、贈り物を続けます。パメラ、返事は?」

「はっ、はぃいッ!」


 拒否する事を許さない、支配者の眼光に頷くしかないパメラ。


 失礼ながら確かに顔は怖く、高圧的……だが権力を笠に着て、学友達を虐げるようには、とても見えない。


 片思いをこじらせた、可愛らしい御令嬢の恋の行方も気になるし、これで銀貨五枚は破格のアルバイトである。


 勉強一色だったパメラの人生に初めて違う景色を見せた彼女は、この後否応なしに、パメラを巻き込んでいくのであった――。






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