第6話 とある試験の順位表
先月実施された定期試験。
掲示板へと貼り出された紙を目の前に、パメラは仁王立ちで震えていた。
競争心を煽るため、下位に至るまで、すべての順位が記載された特進科の成績表。
――その順位は、90人中78位。
「これは、まずい……」
震える声で呟くと、パメラは特進科の空き教室へと、猛スピードで走って行ったのである。
***
「イザベラ様ッ!!」
空き教室へと飛び込むや否や、赤い革張りのソファーが目に入る。
所狭しと並べられた調度品の数々。
ティーフーズを手に、キョトンとした顔でパメラを見遣ったイザベラは、ふぅと小さく溜息を吐いた。
「パメラ、ノックくらいしたらどうなの?」
やれやれと呆れ交じりに溜息を吐かれ、パメラはギリリとイザベラを睨む。
「そんな事を仰っている場合ではありません! 順位表は御覧になりましたか!?」
パメラの叫びに、「順位表……?」と小首を傾げるイザベラ。
「宜しいですか!? 90人中78位。もう一度言います。かの誉れ高きフランシス公爵家の御令嬢が、90人中、78位ですよ!?]
「そう……、後ろに12人もいるのね」
なかなかのものだわ、と鼻歌混じりでティーカップに口を付けたイザベラに、パメラは慌てて詰め寄った。
イザベラセレクトだろうか、見目麗しい護衛騎士が、おかわりの紅茶を優雅に注いでいる。
「違いますイザベラ様! 褒めた訳ではありません!!」
「まぁ、そうなの?」
「と言いますか、この部屋はなんですか!? まるで貴族の応接室ではありませんか!」
閑散とした空き教室から、高級感溢れるラグジュアリーな空間へと様変わりした部屋に、思わずパメラは目を剥いた。
「騒がしいわね……軽々しい振る舞いは控えなさい。ここは、ギル様と想いが通じ合った思い出の場所。卒業するまでの、むこう三年間、わたくしが学園から買い取ったのです」
「はぁぁあああ!?」
まったくパメラは落ち着きのない……そんな事では、淑女とは言えないわよ?
「何を……お金の力で教室の使用権を買い取るだなんて、前代未聞です! しかも授業をさぼってティータイムだなんて、ギル様が見たら悲しみますよ?」
「なんですって!?」
粟を食って放ったパメラの会心の一撃に、イザベラがガタリと席を立つ。
「ギル様が……悲しむ?」
「そ、そうです! ギル様はとても真面目な方なので、妻になる方にも同様に、真面目に授業を受けて、一生懸命勉強して……そのような想いでいらっしゃるのではないかと!」
ここぞとばかりにギルを押してはみたものの、怖い顔でギロリと睨まれ、パメラは思わず後退る。
分かってる、悪意なく吃驚しているだけだと分かってはいるんだけど、でも顔が怖い……。
「分からない所は私が教えます。そうだ、やる気が出ないなら、ギル様をお呼びしましょう。今年最後の試験が半月後にありますので、そこで頭の良いところをお見せすれば良いのです」
特進科、常に主席のパメラを以てすれば、難問を理解させる事などそう難くない。
これでイザベラ様も、次の試験は間違いなく上位ランカーの仲間入りだ。
――そんな事を、思っていたのだが。
立てた教科書の隙間から、チラチラと落ち着きなく視線を送るイザベラに、ギルが困ったように会釈をする。
放課後、騎士科の二人を緊急招集し、変わり果てたラグジュアリー空間に慄く彼らを半ば無理矢理椅子に座らせ、勉強の監視をお願いしたまでは良かったが。
「試験が終わるまで、ギル様に会うのは禁止です! ギル様も良いですね!? これは、イザベラ様の為を思ってのことです!」
まったく集中しないイザベラに、ついにパメラが怒り心頭……ギル同意の上、試験が終了する迄の半月間。
パメラは心を鬼にして、日次恒例の『ギル様タイム』を禁止したのであった。
***
「……ギル様、ギル様」
昼休み、騎士科の窓がコンコンと叩かれる。
何かと思って外を見遣ると、こっそりと下に隠れたイザベラの手が、窓からにょきりと生えている。
「あの、お顔を見るのを禁止されてしまいましたので」
ギルの机に置こうとしているのだろうか、握りしめた公爵家特製スパイスクッキーの包みを、どこに落とそうか……ウロウロと手が彷徨っている。
「あ、そのあたりです」
一生懸命な様子がなんだか可愛らしくて、思わずギルがアシストすると、クッキーの包みが、ぽとりとギルの席へと着地した。
隣で見ていたレナードが、両手で口を押さえ、吹き出すのを我慢している。
「ではわたくしは、これで……」
そそくさと撤収しようとするイザベラの手が悲し気で、窓から見えなくなる直前、ギルがその指をキュッと掴んだ。
「!?」
「イザベラ様、試験が終わったら、俺とどこかへ遊びに行きませんか?」
赤く染まる指先を包み込むように、ふわりと握りしめ、「頑張ったご褒美に、何をしたいか考えておいてくださいね」とギルが優しく声を掛ける。
「!!」
シュッと指を引き抜いて、振り返りもせず走り去るイザベラ。
その後ろ姿を見つめ、ほんのり耳の赤いギルを横目に、「俺も恋人欲しい……」とレナードが羨ましそうに呟くのだった。
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