第7話 こじらせ令嬢の記憶力


 ドサリと積まれた参考書。

 やる気に満ち溢れ、元気一杯のパメラにげんなりしながら、イザベラは溜息を吐いた。


「お前も損な性格よね」

「はい!? 何がですか!?」


 面倒見が良いというか、お節介というか……。

 やれやれと呆れるイザベラに、試験範囲をすべてまとめたノートを手渡し、パメラは腕まくりをする。


「宜しいですか? このノートを一冊すべて暗記するまで、放課後の勉強会は続きます」

「……お前、自分の勉強はしなくて大丈夫なの?」

「ご安心ください、私めは既に全範囲を復習済。さらに再復習がてら本ノートを作りましたので、死角無しです!」


 得意気に笑うパメラに物憂げな視線を向け、ノートの端を摘まんでプラプラと振りながら、「これを覚えるだけで良いのね?」と面相臭そうに念を押す。


 ぱらりとめくると全教科のテスト範囲が事細かにまとめられており、資料としても大変完成度の高い、満足のいく内容になっていた。


「……将来は地方行政官志望だったかしら?」

「はい! できれば産業が衰退し、貧困が蔓延る過疎地域で、観光の振興やインフラに係る復興施策に携わりたいと思っています!」

「そう、それは立派な目標ね」


 パラパラと順に捲りながら、素早く目を通すこと百ページ余り。


 その間、暇なパメラは、イザベラのイケメン護衛騎士と応接テーブルでチェスを楽しんでいる。


「はい、もういいわ」


 ノートを読むこと、一時間弱。

 本当に全部目を通したかは疑わしいが、イザベラがそう告げて、パメラにノートを手渡した。


「はぁッ!? 幾ら何でも早すぎます! 面倒臭いからって、パラパラ見るだけでは意味がないんですよ!? ちゃん理解して覚える事が大事なのです!」

「? 何を当たり前のことを……先程も自分で、『このノートを一冊すべて暗記する』と言っていたでしょう?」


 キョトンとした顔のイザベラに、「折角徹夜してノートを作ったのに!」と怒り心頭のパメラは、それならば答えてみろとばかりに質問を投げかけた。


「それでは三百年前、大陸北方で起き、その後の勢力図を変える事になった戦争の名前は?」

「ポメトスの戦いでしょう」

「合っています……では当時覇権を握っていた帝国が滅びた原因は?」

「国土拡大の為、長期にわたり戦争を繰り返した事による国力の低下と、強制徴兵による軍隊の疲弊と内乱」


 ああ、侵略により周辺国を統一し、植民地化した事も原因ね。

 遊牧民などの、国家を必要としない民族に至るまで支配を強制したのだもの、忌避されて当然だわ。


「大災害による食料危機も、一端を担っているのではなくって?」

「ぐぬぬ……」


 意外にもスラスラと……しかも試験対策『おまとめノート』に記載した補足事項まで、正確に答えるイザベラ。


 悔しくなったパメラが矢継ぎ早に質問をするが、やはりスラスラと……完璧に答えてしまう。


「どどどどういう事ですか!? あの成績でこんな……しかも教科書には載っていない、私が独自に調べて書き加えた内容まで」


 慌てふためくパメラに、何を驚いているんだと言わんばかりに首を傾げ、イザベラはノートを見遣る。


「先程からお前は何を言っているの? 教科書に載っていない内容というと、五十頁の右下のところかしら? それとも七十二ページの中央部分?」

「!?」


 慌ててページを確認すると、確かに指摘された通りの場所に追記箇所がある。


「え、まさか本当に丸暗記して……?」


 正面に座るイケメン護衛騎士へ恐る恐る目を向けると、彼は一瞬チラリとイザベラに目線を移し、そして微笑んだ。


「当家のお嬢様は大変優秀でいらっしゃいます」

「で、でも……」

「本学園の入学試験では、パメラ様と並んで満点合格。首席入学です」


 自分と並んで満点合格だったと聞き吃驚仰天、開いた口が塞がらない。


「真偽の程は分かりかねますが、お嬢様は大変記憶力が良く、大抵のものは一度見れば覚えてしまうそうですよ」


 パメラは努力型なので、何度も何度も復習しなければ覚えられない。

 理解が追い付かず、ポカンと口を開けたまま放心状態のパメラに、「お前はまたそんな顔をして……」とイザベラが嘆息した。


「我が公爵家に届いた、全生徒の入学試験結果……わたくしと並んで首席だったからこそ、お前に話しかけたのよ?」


 貴賤無き学びの場を謳う、本学園。

 入学式の答辞は、平民出身のパメラが読んだほうが対外的にも聞こえがいい。


 極めつけは「面倒臭そうだから嫌だわ」、というイザベラの鶴の一声により、新入生代表はパメラに白羽の矢が立ったのである。


「じゃ、じゃあじゃあ、あの試験結果は……!?」


 睡眠時間を削りながら学業に励むパメラ同様、入学時点で同等以上の成績であった事は理解した。


 それならばなぜ、下位グループに……?


「お嬢様は、大変お身体が弱くていらっしゃいます」


 またしてもイケメン護衛騎士から、合いの手が入る。

 ……授業をさぼって優雅にティータイムを楽しむ、雇用主が?


「一時間にもわたる試験中、椅子に座って一心不乱に問題を解く体力など……お嬢様には、ありはしないのです」


 口元を手で覆い悲し気に項垂れる彼に、「仕方ないわ、生まれつきですもの」と優しく声を掛けるイザベラ。


 今まさに一時間弱、平然と座ってノートを読んでましたよね?

 ……毎日朝昼、木陰に隠れ、騎士科の教室を覗き見できる体力があるのに?


 先日に至っては、ギル様に指を握られ全速力、猛スピードで走っていらっしゃいましたよね?


「教科書の内容は、入学式に配布された翌日に一読したもの。補足事項はお前が作った『おまとめノート』で、今覚えたわ」


 事も無げに告げられ、パメラは最早絶句するしかない。


 歴代の宰相を家門から輩出するフランシス公爵家。

 イザベラを見る限り、後天的な環境要因を排してもなお、その能力の高さは遺伝に依るところが多そうである。


「次の試験、寝ないように頑張れば、ギル様とデート……」


 人並み外れた記憶力を持つイザベラ。

 ギルの声音から指の感触に至るまで、すべてが脳裏に刻まれている。


 ひとたび目を瞑れば、いつだって目の前にギルの笑顔が……!


「頑張ったらご褒美に、な、何でもその、かかか、か、叶えてくださるそうよ」


 誰もそこまでは言っていないのだが、そのあたりは解釈の問題らしい。


「先日は欲望のままにその、腕に、と、飛び込んでしまったのでその、今度は段階を踏んでちゃんと……」


 急にモジモジと照れだすイザベラに、「ギル様ならきっと叶えてくださいます」と、生暖かく見守るイケメン護衛騎士。


 一体何を要望するつもりだと、半眼で視線を向けたパメラは後日、衝撃の試験結果に泣き叫ぶのであった――。





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