第17話 国王陛下のお呼び出し②
「待て待てイザベラ、これにはワケが……ッ」
「よりによって『婚約を賭けた模擬試合』などと、悪趣味にもほどがあります!」
言い訳をしようとした矢先に身も凍えるような視線を送られ、フランシス公爵は溜息を吐いた。
「貴族院で申請が差し止めになった以上、何かしら行動を起こさなければ、納得してはもらえまい」
「ですがお相手が、昨年の剣術大会優勝者だなんて」
騎士科に入学するだけでも最低限の実力は保証されるが、剣術大会の優勝者となるとその差は歴然である。
「普通であれば打ち合うことすら難しいだろうが、ジョルジュに師事していれば、みっともない試合にはならないはずだ」
「そうはいっても、実力差がありすぎます!」
「婚約手続きに異を唱える者を、説得できるだけの努力が認められればそれでいい。最初から無理だと諦めて試合放棄をするような男ではないだろう?」
「……婚約も、誕生日パーティーも、楽しみにしていたのに」
少し強い口調で諫められ、イザベラはシュンと俯いた。
「ギル様だけじゃなく、身分関係なく初めてできた友達もいるんです。招待しようと、とても楽しみにしていたのに」
最後は呟くように声が小さくなり、イザベラの肩が少しだけ震える。
「だが、実際に異を唱える者が出てきた以上、後々を考え、こちらとしても説得するための材料が欲しいのだ」
「だからといって、わたくしの誕生日パーティーの余興にするだなんて」
「承認手続きの日程や、準備期間などを考慮すると、これが一番合うタイミングだった。勝てないまでも副騎士長と打ち合えれば、それだけで評価の対象になる」
顔合わせ前に確認した、ギルの成績は騎士科の中の上。
最近は頑張っているようだが、それでも王国騎士団へ入るには、最低でも学年で五本指に入るくらいの実力が必要となる。
「ああは言ったが、仮に学年上位に成績が届かなくても、今回の模擬試合を理由にフランシス公爵家から、王国騎士団へ推薦状を書くこともできる」
肩を落としたイザベラの背中をフランシス公爵が優しくさすり、そして言い含めるようにゆっくりと言葉を紡いだ。
「ジョルジュに確認したところ、自己流が長く少々クセが強いが、筋はいいと聞いた。ジョルジュが褒めるのであれば見込みがある。これは私と国王陛下とで考えた、救済策でもあるんだ」
事前にお前に確認を取らなかったのは申し訳ないと思っている、と付け足した。
「では、なぜ貴族院への不服申し立てなどと仰ったのですか? ギル様が断れずに仕方なくこの婚約を受けたのだと、そうお思いなのですか?」
イザベラの問いかけに言葉を呑み込んだフランシス公爵に代わり、今度は国王が仕方ないとでも言いたげにゆっくりと口を開いた。
「それについてはフランシス公ではなく、私の独断だ。万が一そのような状態だった場合、どちらも不幸になってしまう」
そんなことはないと思いたいが、自信はない。
「貴族同士の結婚に愛情は必要ないが、お前はそう考えていないのだろう? そもそも彼はお前を好きなのか?」
「…………」
大事にはしてくれている。
いつも気遣い、優しく包み込むように接してくれる。
けれど自分に対してだけなのか、好意を抱いてくれているのか、その好意は友人としてなのか恋人としてなのか……。
結婚相手がイザベラでなければならない理由が、果たしてギルにあるのだろうか。
『好きになってくれて、ありがとう』とは言われたけれども、直接自分への愛情を言葉で示されたことは一度もない。
何も言えず、イザベラはそれきり黙りこくってしまった――。
***
「――なるほど」
自己流でまともに戦えるとは思えない。
駄目で元々、長期休暇に入る一か月間、何かしらの方法でみっちり鍛えてもらえはしまいか。
騎士科よりも授業時間の長い特進科。
週明け、イザベラがまだ授業を受けているうちにジョルジュのもとへ押しかけ、頭を床に擦りつける勢いで平に願い出たギルを、ジョルジュは余裕に満ちた表情で見下ろした。
「副騎士長のファビアンが相手とは面白い! 公爵閣下にお願いすれば、一ヶ月だけイザベラ様の専属護衛を外れることは可能だろう」
高らかに笑う、イザベラの専属イケメン護衛騎士。
余興的な色合いが強い『婚約を賭けた模擬試合』……相手が相手だけに自身は無いが、万全の準備を以て臨みたい。
「学園から馬で三時間程の距離に、フランシス公爵家が訓練合宿に使う山がある!」
こと訓練に関することになると、目をギラつかせ人が変わったようになるジョルジュに、ギルは小声で「や、やま!?」と呟いた。
「会うたびに絡んでくるファビアンが、いい加減鬱陶しいと思っていたところだ。これはいいぞ……黙らせる、いい機会だ!!」
もしやジョルジュを本気にさせるための人選だったのだろうか……?
なにやら私怨も感じるが、やる気になってくれたのであれば僥倖である。
始まりは確かに仕方なくの婚約……だがイザベラを知り、想いを返し幸せにしてあげたいと、今では思っているのだ。
貴族院への不服申し立てなど、するわけがない。
「よぉし、一ヶ月山籠もりだ!!」
「ハイ! よろしくお願いいたします!!」
いまいち言葉の足りない男、ギル・ブランド。
かくして二人の命運を懸けた、一ヶ月の山籠もり修行が始まったのである――。
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イタガキコマリ先生がとても可愛く描いてくださいましたので、イラストだけでも是非ご覧頂けますと幸いです(単話のURLでイザベラとギルの2ショットが見れます)
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