第40話 眠れないのは誰のせい
その日は公爵邸のホールで夕食を食べると聞き、階下を降りると、何故か使用人達が勢揃いでイザベラを迎えた。
何かしら……?
特に思い当たることもなく、皆の眼差しを一身に受けながら、イザベラは促されるまま席につく。
怪訝な顔をしながら辺りをキョロキョロと見廻していると、フランシス公爵に手招きをされた。
その手には、豪華な装飾が施された冊子のようなものを持っている。
厚い羊皮紙にはフランシス公爵家と……そして、ブランド伯爵家の家門が並び記されていた。
それが何であるのかすぐに気付いたイザベラは息を呑み、震える手で受け取った。
そっと開くと、そこには両家の親の署名。
その下には、婚約をする二人の名前が記載されている。
――そう。
ずっとずっと、夢にまで見たイザベラと、ギルの婚約証書。
「ついに許可が下りたのですね……」
それきり何も言葉が出ず、イザベラはその婚約証書をギュッと抱き締めた。
「同じものがブランド伯爵家にも送られている。今頃先方も、婚約が成立したことを喜んでいるだろう」
「……ッ」
ギルと婚約をしたいと初めて両親に告げた時は、よりによって貧乏伯爵家の三男坊となど……と反対をされたのだ。
それでも、どうしてもギルと結婚したくて、どれほど素敵な人なのか何度も何度も説得して……やっと許可を得たものの、内心は良く思っていないであろうことも知っていた。
「見た目や家柄に惑わされる事無く、一途に想いを実らせたお前を、わたしは誇りに思う」
穏やかな眼差しとともに、フランシス公爵が告げる。
両親が内々に、ギル本人の人柄や成績、これまでの行いや実家のこと……様々なことを調査していたのも知っている。
公爵家の人間としては、どれほどギルが素晴らしい青年だったとしても、家格や今後の様々なことを鑑みれば、許すべきではなかったのかもしれない。
それほど異色の組み合わせ……それでも両親は広い心で受け入れ、イザベラの幸せのために最後は許してくれたのだ。
「よく頑張ったな」
恐ろしいと忌避されることも多い、フランシス公爵。
言いたい事も沢山あっただろうに、それでも深い愛情とともに黙って見守り続けてくれた。
「ありがとう、ございます……」
感謝の気持ちで胸がいっぱいになり、もう、それしか言葉にならなかった。
「ほら、イザベラ。折角のお料理が冷めてしまうから、食事にしましょう。今日はお祝いだから、これまで支えてくれた皆と一緒に食べようと思っているのよ?」
我慢が出来ず、公爵夫人に抱き着いて泣き出したイザベラを、公爵邸の使用人達が口々にお祝いしてくれる。
料理長が腕によりをかけて作ってくれた夕食は、胸がいっぱいで、なんだかあまり食べられなかった。
「イザベラ、こちらは国王陛下からで、もう一つは私達から。どうせ嬉しくて今夜は眠れないんでしょう?」
自分の部屋に戻ろうとしたイザベラに、公爵夫人が豪華な装丁の……二冊の本を手渡した。
うふふと可愛らしい笑顔で微笑む彼女は、元王女。
なぜ母に似なかったのだろうと何度も思った。
でもだからこそ、外見や身分に左右されることなく、イザベラ自身を見てくれる人と出会えたのだ。
早速ベッドに横になり、国王陛下から頂いた本のページをめくっていく。
「こ、これは……ッ!!」
『報告書』と書かれたその中身は、お誕生日会で実施した闘技場イベントでの発言記録。
国王に命じられ、ファビアンと戦った際のギルの告白が、一言一句
「なんてこと……これは永久保存版だわッ!!」
ベッドの上で思わず悶絶し、バタバタと転がりながら大はしゃぎのイザベラ。
ギル的には黒歴史と言えなくも無いが、これは何にも代えがたい宝物である。
「素晴らしいわ! なんて素晴らしいプレゼントなのかしら!! 後ほどまた熟読させて頂くわ!!」
大興奮で読み終わり、続いて両親からプレゼントされたもう一冊の本を手に取った。
さて、こちらはなんだろう……と読み進めると、お誕生日会でのフランシス公爵との質疑応答らしきものが書かれている。
こんなものまで記録にとっていたのね……。
嬉しいけれど、なんだかギルに申し訳ない気持ちになってくる。
イザベラのことを語る言葉の一つ一つが温かくて、嬉しくて……読み進めるうち、やっぱり我慢できなくて、また涙がこぼれ落ちてしまった。
『ちゃんと知れば、きっとみんなイザベラ様のことを好きになると思ったんです』
……違うんです。
それはギル様、貴方のほうです。
裕福な高位貴族を望む令嬢達にとっては決して恵まれた条件とは言えず、だからこそ誰にも見つけられる事無く、出会うことが出来たのだ。
自分は運が良かっただけ。
それなのにイザベラを受け入れてくれて、いつも心をくだいてくれた。
ギルのおかげで勘違いされてばかりの自分にも友人ができ、そして間違った時は、違うと怒ってくれた。
恋をした人が、自分を好きになってくれた。
寄り添い、『家族になるのだ』と言ってくれた。
想いを返してもらえた事が奇跡みたいに嬉しくて、イザベラはギュッと目を瞑る。
泣くのを我慢していたのに、どうしたら良いか分からないくらい幸せで、閉じた瞼からまた涙があふれてしまう。
自分の心臓の音がうるさくて眠れず、ベッドの上で本を抱き締めたまま丸くなる。
そして外がぼんやりと明らむまで、イザベラは泣き続けたのだ。
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