第39話 閑話:強面の公爵令嬢


 泣く子も黙るフランシス公爵家。


 我が世の春、とでも言った具合に、王家を凌ぐ程の富と権力を持ちうる王国の重鎮……当代当主ゲイル・フランシスは、とにかく顔が怖かった。


 勤勉で才気に溢れ、苦境に耐え抜く忍耐力を持ち、真面目で行動力も有る。さらには心優しく使用人にまで心を砕き、休日は庭園の花に水やりまでする。


 非の打ち所の無い当主……だがその強面から誤解される事も多く、威嚇などしていないのに、泡を吹いて倒れる者までいる始末だった。


「なぜ俺に似てしまったんだ……」


 顔を両手で覆い、ガックリと項垂れるゲイルの背を、公爵夫人が慰めるようにそっと触れる。


 現国王陛下の妹でもある公爵夫人。

 そんな事を言いつつ、降嫁してしばらくは、ゲイルと顔を合わせる度に白目を剥いて気絶をしていた。


 一目惚れをしてゲイルが申し込んだものの、公爵夫人からしたら王命の避けられない結婚……野生の子リスのように怯える姿に、分かってはいたもののどれほどショックを受けたことだろう。


「大丈夫ですよ。だってとっても優しい子ですもの。きっと素敵な方が現れます」

「……そうかな?」


 あの手この手で話しかけ、自ら育てた花までプレゼントして、不器用に伝えた結果やっと心を開いてくれ……今に至る。


 思えば大変な道のりだった。


「たぶん…………」


 段々自信が無くなって来たのか、窓の外で犬と戯れる娘――イザベラを、心配そうに見遣る公爵夫人。


 母親の欲目を以てしても、強面の娘。

 イザベラが産まれ、母娘初顔合わせの感動的な瞬間、新生児とは思えない威圧的な眼光に「ぎょええ」と叫んだのは秘密である。


 見慣れれば何てことはなく、性格も高位貴族とは思えないほど純粋でとても可愛いと母の欲目で思うのだが、溢れる威厳を隠し切れず、同年代の貴族子女からはいつも遠巻きにされていた。


 そんなイザベラが強く望んだ、貧乏伯爵家の三男坊との婚約。

 許可をしたものの、本当にこの話を進めてもよいものか……娘を溺愛する父、ゲイルは悩みに悩んだ。


 ところがある日、専属護衛騎士から騎士科の友人が出来たのだと報告が入る。

 続けて同じ特進科の平民女生徒とも交友が出来たのだと。


 では婚約に前向きじゃなかったギルはと言えば……蓋を開ければ、驚くほどの好青年。

 強面ゆえの誤解も解け、あの好戦的なジョルジュが珍しく気に入って稽古までつけている。


 だが直前で国王から待ったの声が掛かり、再度ギルを試すことになってしまった。

 イザベラが幸せならそれで良いとも思うのだが、身分差を懸念する声が思ったよりも大きかったので、黙らせる目的があったのだろう。


 相手がファビアンということで心配をしていたが、ジョルジュが前のめりで山籠もりの許可申請をしてきたので、もうお任せしようと二つ返事で許可を出した。


 結果、素晴らしいものが見られた……!!


 人目を憚らず、イザベラへの想いを告げるギル。

 誕生日パーティーでは、特進科だけでなく騎士科の友人達にも囲まれ、楽しそうに微笑む愛娘の姿を見た時は、感動で涙が噴き出しそうだった。


 涙をこらえるあまり顔に力が入りすぎ、目が合った招待客たちが漏れなく、喉の奥で悲鳴をあげたほどである。


 だが一つだけ、ジョルジュの山籠もり合宿に騎士科の生徒達を参加させたことが、どうしても腑に落ちなかった。ギルにとって損しかないはずなのに……理由を聞けば思っていた以上に清廉な人柄で、私欲のない性格に改めて驚かされる。


 さすがはわが娘……人を見る目は父親譲りである。

 試合を見ていた貴族達も婚約に前向きになり、もはや何の憂いもない。


 そして今日、ついに婚約の承認が下りた。

 婚約祝いのパーティーとは別に、本日は使用人達も招き、ちょっとしたお祝いの夕食会を企画している。


 イザベラの喜ぶ顔を見られるのが楽しみで仕方なく、ゲイルは頬を綻ばせた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る