第15話 庇護欲MAX、イケメン護衛騎士

 本日パメラは昼過ぎ登校。

 お祭りの後片付けが深夜にまで及んだらしく、疲れが残っているのか、目の下が少し窪んでいる。


 欠席した授業課題の確認がてら、放課後は高級感溢れるラグジュアリー空間……そう、いつものイザベラルームで、少女達はヒソヒソと密談をしていた。


「イザベラ様、あの後いかがでしたか?」

「そうねぇ、控えめに言って……人生で一、二を争うほど幸せなお出かけだったわ!」

「そ、そんなに!?」


 パメラにだけ聞こえるよう、小声で惚気のろけたイザベラは、思い出したのか頬を薔薇色に染める。


「お慕いするギル様と二人きり……その上、手をつなぎながら並んで歩いたのよ!?」

「存じております。別れ際、拝見しました」

「それもだけど、それだけじゃないわ! もっとこう想いあう恋人同士のように……こう、指がこう……」


 豪奢な馬車から、颯爽と登場した時の威厳はどこへやら。


 上気する頬を両手で押さえ、イザベラはジタバタと悶絶を始める。


「そっ、それに……きゃぁぁぁッ、ダメだわ、思い出すだけで顔が熱く……!! まったくお前は、わたくしに何を言わせる気なの!?」

「知りませんよ……」

「そういえばお前も、すっかりお年頃だものね……興味が湧くのも仕方がないわ。雇用主として、またその道に長けた先輩として、わたくしからの助言が欲しい時はいつでも相談しなさい」


 すっかりお年頃も何も、同級生である。

 その道に長けているようにはとても見えないが、常に上から目線の雇用主イザベラ・フランシス。


 聞いて欲しくて堪らないのか、得意げに、身を乗り出すようにして話し始めたところを見ると、余程楽しかったのだろう。


「暴漢に襲われたりとか、そういうのは無かったんですよね……?」

「当然でしょう。何のための護衛騎士だと思っているの」

「ですよねぇ……?」


 うーんと首を捻り、部屋の隅へと目を向ける。


 フランシス公爵家長女、イザベラのイケメン護衛騎士。


 いつもにこやかに見守っている彼が、何故か今日は仁王立ちで檄を飛ばし……ギルとレナードがその足元で、先程から必死に腕立て伏せをしている。


「あの二人は急にどうしたんですか?」

「とにかく鍛えて欲しいの一点張りで……許可を出したのはいいけれど、よりによってジョルジュにお願いするとはねぇ……」


 イザベラは珍しく困ったように溜息を吐き、鬼の形相で二人を鍛える護衛騎士へと目を向ける。


「人が変わったようですね……フランシス公爵家に昔からいらっしゃるのですか?」


 イザベラの専属護衛を任されるほどの騎士。


 相当優秀なのだろうとパメラが問い掛けると、イザベラは「そうねぇ」と小さく呟き、過去の記憶を辿るように目を上向けた。



 *****


(SIDE:護衛騎士ジョルジュ・グラハム)


 学生時代、騎士科では常にトップ。

 ひとたび剣を握れば右に出る者はおらず、他の追随を許さないあまりの強さに、学内の模擬戦にも関わらず棄権者が相次ぎ、相手に困るほどである。


 学外からの期待も大きく、卒業を半年後に控える頃には、並み居る諸侯や王国騎士団から引く手あまた……さらには可愛い婚約者までいて、まさに順風満帆。


 このまま王国騎士団に入団し、底辺貴族出身の自分が騎士団長になるのも面白いと、若気の至りも相まってだいそれた野望まで抱いていた。


 そんな時、建国記念日の式典に参加する。

 次から次へと話し掛けられ嫌になり、逃げるように休憩室へ向かう途中の庭園で、五歳にも満たない幼児達が数人、頭を寄せ合っているのが目に入った。


「何をしているんだ……?」


 式典に飽きた幼い子供達のため、特別に開放された小さな区画。


 囲うように騎士達が立ち、遠巻きに護衛をしている。


 皆で仲良く遊んでいるのかと思いきや、そうでもなく、何やら一触即発……どうも複数人で一人の子を苛めているようである。


 多勢に無勢……だが徒党を組む幼児達に相対するように、仁王立ちする女の子。


 後ろ姿で顔は見えないが、勇ましいその姿に興味を引かれ――ふと見ると、護衛騎士の中に見知った顔がいる。


 たまに客員教官として騎士科を訪れ、稽古をつけてくれる彼は確かフランシス公爵家の騎士だったか……視線を感じたのか、ちらりとジョルジュを見遣り一礼した。


「イザベラ様、綺麗な花でも見に行きませんか?」


 頃合いを見計らい、仁王立ちをしていた女の子――イザベラを護衛騎士が抱き上げ、優しく背中をポンポンすると、先程までの強気な雰囲気が一転する。


「……いかない」


 泣くのを我慢しているのだろうか、小さく震える身体が何とも可愛らしい。


 何があったかは知らないが、余程悲しかったのだろう。

 震え声で騎士に告げる。


「あくにんがお、……こわいって」

「そんなことはありません。とても可愛らしいお顔立ちですよ」

「わ、わるものだって」

「イザベラ様が悪者なら、世の人間はすべて悪者です」


 よってたかって何と酷いことを……注意をしない周囲の騎士達に疑問を抱きつつ、徒党を組む幼児達を睨み付けると、悪いことをした自覚はあるのだろう、気まずそうに目を背ける。


「ろまーのけの、あるべるとが言った」


 先程喧嘩していた幼児の名前だろうか。

 誰に何を言われたのか、覚えているらしい。


「ぐれんうぃるけの、おすかーは、ばかにしてわらった」

「まりるけの、めいしあも」


 驚くべきことに、幼いながら全員の名前を把握しているようだ。


 護衛騎士の肩に顔を伏せながら、一生懸命報告をする様子がなんとも健気で可愛らしく、心の傷にならなければよいがと心配していると、「ではどうします?」と騎士が声を掛けた。


 なるほど仲裁に入らなかったのは、自主性を育てるためだったらしい。


「……おろかものをあいてにするほど、ひまじゃない」


 親の力を使えばいくらでも仕返しが出来るのに。

 幼子おさなごらしからぬその言葉に、ジョルジュは思わず吹き出した。

 

 くぐもった声に気付き、イザベラが騎士の肩に伏せていた顔を上げる。


 歯を食い縛り、涙でぐしゃぐしゃの……父親のゲイル・フランシス公爵そっくりの、悪役顔――!!


 理由はさっぱり分からない。

 だがこの……何とも言えない可愛らしい公爵令嬢をお守りしたい、と。


 ジョルジュは一瞬にして、ハートを鷲掴みにされてしまったのである。


 ――あれから十二年。

 努力に努力を重ね、ついに悲願の『イザベラ専属護衛騎士』の座を勝ち取ったジョルジュは、あの時と変わらぬ庇護欲MAXのまま、彼女の傍らでそっと見守る。


 お嬢様の想い人が鍛えてくれと願い出て、飛んで火にいる夏の虫。


 後悔する暇もないほど鍛え上げて、より相応しい男にしてやろうと、厳しいトレーニングメニューを課すことにした。


「何をしている!? 気合をいれろッ!!」


 ジョルジュの声に合わせ、苦しそうな顔でトレーニングをする青年達。


 この程度ではまだまだ生温なまぬるい。


 イザベラが心配そうに視線を送るが見なかったことにして、これ幸いとビシバシ鍛えるジョルジュなのであった――。


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