第14話 ギルの決意
「ギル、あの後どうだった!? 楽しめたか?」
寮に帰るなり、ギルの部屋へと押しかけて来たレナードが、テーブルの上にドサリと袋を置いた。
パメラからのお土産だろうか、狭い部屋に美味しそうな匂いが立ちこめる。
「小腹が減る時間だろ? 山ほど持たせてくれたから、一緒に食おう」
ベッドで考えごとをしていたギルを急かし席に着くと、わくわくと目を輝かせながらレナードは身を乗り出した。
「で、どうだった?」
どうせ学校で顔を合わせるのだから明日まで待てばいいのに、これが聞きたくて、居ても立ってもいられなかったらしい。
「楽しかったよ」
「そんなのは分かってるんだよ。そうじゃなくて、もっとあるだろ!?」
何がそんなに楽しみなのか、早く聞かせろと催促するレナードの手が震えている事に気付き、ギルは吹き出してしまった。
「レナード、お前はどうだったんだ? 手が震えてるぞ」
「いや、もう大変だった。初めは売っているだけだったんだが、絶えない客足に用意していた串焼きが足りなくなってしまって、最後の一時間はひたすら肉に串を刺し続けていた……!!」
思い出したのか、「二度とやりたくない」と項垂れている。
「盛況だったなら何よりだな」
「公爵家から派遣された代替要員も始めは元気にぼやいてたんだが、途中からその気力も失い、最後は足取りも覚束ない様子だった。まさか公爵家に勤めたのに、庶民の店で串焼きを売る手伝いをさせられるとは、思ってもみなかっただろうな」
レナードの言葉に、思わずギルは笑い出す。
確かに、公爵家に就職できるようなエリートがやる仕事ではない。
大変だった手伝いの話に花が咲き、パメラからもらったお土産をあっという間に平らげていく二人。
「色んな貴族がいるけどさ……イザベラ様の登場シーンを見ちゃうと、やっぱりその凄さを肌で感じるよな」
豪奢な馬車で颯爽と現れたイザベラの姿を思い出したのか、レナードが不意に呟いた。
「まぁ初めから、分かっていたことだ」
「だよなぁ……。俺とパメラは子飼い? 良くて友人くらいの立ち位置だから気楽なもんだけど、これからギルはあの中に入って行くんだもんな。羨ましい反面、大変だと思うよ」
レナードの言葉にギルは腕組みをし、考えるように目を瞑った。
護衛騎士を付き従えて、ゆったりと歩む姿は威厳に満ち溢れ、支配階級に生まれた者にしか持ちえない空気を身にまとっていた。
その隣に自分が立った時のことを、ギルはぼんやりと想像する。
「なんていうか……優しくて素直で、本当にいい子なんだよ」
――『普通にしていても誤解されたり、怖がられたり……慣れたといえば嘘になりますが、仕方ないと諦めていました』
今にも泣き出しそうに、潤んだ瞳でそう告げたイザベラの姿を思い出す。
友達と遊びに行ったり、恋人と楽しく出かけたりするのは、無理だと思っていたのだと。
持たない人間はただ羨ましいと口にするけれど、イザベラはイザベラで外見上の問題や身分に縛られ、想像以上に辛い思いや、窮屈な毎日を送ってきたのかもしれない。
「公爵家に縁付くから将来は心配ない、とかじゃなく……そうじゃなくて、自分の力で幸せにしてあげたいと思ったんだ」
情けないが、フランシス公爵家から見ればギルなんて、貴族とは名ばかりの持たざるもの。
爵位の件や金銭面等、縁付く上で何かしらの支援があるのかもしれないが、そんな物ではなく、自分自身で彼女の為にしてあげられることがないか。
帰るなりベッドに横になって、その事をずっと考えていた。
「生まれ持った物はもうどうしようもないから、せめて守れるくらいには強くなりたいよな」
「……そうだな」
レナードはレナードで、思うところがあるのだろうか。
なんとなく、二人で黙り込んでしまった。
「そういえばギル、イザベラ様のご褒美って何だったんだ?」
「ああ、それか」
ランタンの優しい光に頬を染め、泣きそうに瞳を潤ませながら、遠慮がちにささやいたイザベラの姿が瞼に浮かぶ。
「そのままの名前で呼んで欲しいと言われた」
ご褒美にわざわざそんな事をお願いするとは思わなかったのだろう。
レナードが驚いたように目を見開いた。
「その姿を見ていたら、なんかさ……この子が俺の事を好きになってくれたんだと思ったら、無性に嬉しくなってしまって、思わず御礼を言ってしまった」
「なんだそれ……何をやってるんだお前は」
ギルの言葉にレナードは大爆笑するが、でもその時確かに、心の中がじわりとあったかくなるような――そんな、幸せな気持ちになったのだ。
「まぁ確かに、自分でも何を言ってるんだと思うけど……この先も、好きになって良かったと思って貰えるように頑張らなくては、と。受け取った分の気持ちを、これからちゃんと返していこうと思って」
「ああ、それは大事だな。返せる相手がいるうちに、返しておいたほうがいい」
男二人で肉を頬張りながら語るうち、少し熱くなってきたレナードが窓を開けると、涼しい風が一気に吹き込んでくる。
「おお、いい風が入ってくるな!」
「……レナード、お前卒業したらどうするつもりだ?」
人のことばかりで、自分について話すことは殆どない。
気になりギルが問いかけると、あまり考えていなかったのか、うーんと首を捻った。
「入学したばかりの頃は、王国の騎士団に入りたかったんだけど、ああいうストイックなのは俺の性格には合わなそうだしなぁ。イザベラ様の口利きで、フランシス公爵家に雇ってもらおうと企んでいる」
つまりはパメラと似たような作戦である。
フランシス公爵家は無理でも、イザベラの性格からして恐らく紹介状を書いてくれるだろう。
「ゆえに俺は、ギルの色々なアレコレを、求められるがまま逐一イザベラ様に報告している」
「お、お前、なんてことを……!?」
「何なら、結婚した後にお前が雇ってくれてもいい。忠を尽くすなら、イザベラ様のように下の人間を守ってくれる方がいい。俺をイザベラ様の護衛として雇ってくれ」
悪びれもせず、自信満々に宣う友人に呆れつつ、正直な物言いに笑いが込み上げる。
「まったく……だが、フランシス公爵家で働くなら、騎士科でもトップクラスじゃないと難しいな」
「それを言うならギルもだろう。王国の騎士団を目指すなら、上位は必須だ」
また顔を見合わせて悩みだす二人。
騎士科にとって剣術の成績は必須……だが入学するまで自己流で鍛えてきた二人にとって、家庭教師を付けて学んで来た高位貴族出身者の相手は骨が折れる。
「いつも暇そうにしている、イザベラ様の護衛騎士に放課後鍛えてもらえないか頼んでみるか?」
ふと、思いついたようにギルが呟いた。
フランシス公爵家、御令嬢の護衛騎士なら腕は確かである。
放課後イザベラ専用ルームに遊びに行くと、いつも暇を持て余しながら後ろに控えている。
「いいなそれ……お願いしてみるか」
駄目で元々、もし許可が貰えれば、フランシス公爵家の騎士に教えを乞えるまたとない機会。
良い事を思いついたとばかりに、二人は作戦を練るのであった――。
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