第13話 もしも、なんて無いけれど


「うまくいきましたかねぇ?」

「さぁ……あの二人のことだから、大丈夫じゃないか」


 絶えない行列に嬉しい悲鳴をあげ、パメラ一家が肉を焼き続けること早二時間。


 売り切るまで帰らないと言い張り、手伝うと言った手前引くに引けず、レナードは女性達に囲まれ串焼き肉を売りまくるという、貴族令息には考えられない非日常を体験していた。


 フランシス公爵家の御令嬢が学園にいるのは知っていたが、初めて話したのは、ほんの半年前のこと。


 まさか自分がイザベラやパメラ、ギルと四人で楽しく街へ繰り出すなんて、入学当初は思いもよらなかった。


 寮住まいにも関わらず、いつも遅刻ギリギリの子爵令息レナード。

 校舎を囲む柵を飛び越え、通学路をショートカットするのが日課である。


 ところがここ数日、裏道から教室へと入るいつもの通学路で、一人の御令嬢が木陰に潜み何かをしている。


 ――そう、隙あらば威圧し、権力を笠に着て学友たちを虐げていると噂の、公爵令嬢。


 泣く子も黙る、イザベラ・フランシスその人である。


 一度や二度であれば、たまたまかと見逃すところだが、高そうなオペラグラスで騎士科の教室を覗くその姿は、謀略を巡らしているようにしか見えない。


 何かあってからでは一大事。

 そっと後ろから近付き様子を窺うと、熱心にぶつぶつと呟く声が、風に乗って聞こえて来る。


「あ……す、こ……ろ、す」


 は!? 明日、殺す!?


 物騒な呟きに慄き、時と場合によっては憲兵に連絡したほうが良いのだろうかと凝視していると、またしても風に乗って声が届いた。


「……したい、しょ……り」


 し、死体処理!?


 駄目だこれは、見逃すわけにはいかない。

 そっと近付くと、護衛だろうか、木の影から騎士がゆらりと姿を現した。


 イザベラに害為す者ではないと伝えたくて両手を上げ、近付くのは諦めて少し離れたところから声を掛ける。


「イザベラ様、何をしていらっしゃるのですか?」

「!?」


 声掛けに驚いたのか、険しい顔で睨み付けてくるイザベラ。

 威圧感溢れるその眼差しに、早くも心が挫けそうである。


 だが未来の騎士たるもの、悪事を見逃すわけにはいかない。


「イザベラ様、今なら秘密に致します。正直に仰ってください」


 騎士科の連中が面白半分に、口さがない風評を撒き散らしているのは知っていた。


 だからといって、殺すことはないだろう。

 今ならまだ、思い止まってくれるかもしれない。


「たいした事は出来ませんが、俺も騎士科……先程見ておられた教室の者です。何かお力になれる事があるかもしれません」


 レナードの言葉に、イザベラがスッと目を眇めると、周囲の気温が一気に五度くらい下がった気がした。


「……それでは、ギル・ブランドをご存知?」

「ギル!? はい、存じ上げておりますが……え、ギル? 人違いでは?」


 よく知りもしない人間の悪口を言うような男ではないはずだが……不審に思いイザベラを見つめていると、見る間に頬が染まっていく。


「ギル様を見間違えるなんて、このわたくしがするとでも? あ、もう敵……んな気持ち初めて。下でれ違ったり、校舎を行き交う際に目が合ったりしてみたい……」

「ぎ、ギル様!?」


 両手を胸の前に組み、うっとりと語るその姿は恋する乙女そのもの。

 さっき聞こえて来た「あ……す、こ……ろ、す」って、これ!?


ことは沢山あるのに……仲良くなれば一にお出掛けできるかしら? やっぱ難しいかしら」


 次の「……したい、しょ……り」は、これか!


「お、お待ちください! 仕返しをするために、見ておられたのでは!?」

「仕返し? わたくしが? 本気で仕返しをしようと思ったら、手紙ひとつでこの王国から跡形も無く消せるのに、なぜわざわざ覗く必要が?」


 恐ろしい台詞を吐きながら、きょとんと小首を傾げるイザベラ。


「見て、あくびをしてらっしゃるわ。ふふ、昨日は夜更かしをされたのかしら」


 想像しただけでドキドキするわね、とはしゃぐイザベラ。

 先程の護衛騎士へと目を向けると、察してくれと言うように頷いている。


「力になれる事があるかもしれないと言ったわね……貴方、名前は?」

「レナード・アルフォンソと申します」

「ああ、アルフォンソ子爵家の。それでは、レナード、どんな小さなことでもいいわ。好きな食べ物や苦手な物、朝起きる時間だって構わない。わたくしにギル様の情報を逐一提供しなさい」


 あ、これはだいぶこじらせている――。


 威張りながら命令するその内容に、思わず笑いを堪えるレナード。


 ムッとして頬を膨らませるその姿は、恋する可愛らしい御令嬢そのものである。

 

 不器用な性格は、慣れるとむしろ微笑ましく、言葉足らずで失敗ばかりだが、貴族令嬢にしては珍しく純粋な恋愛感。


 一途な彼女を知れば知るほど、噂で聞くような悪役令嬢ではないと分かる。


 別れ際、ギルに手を引かれ、嬉しそうに去って行くイザベラの後ろ姿が見えた。


 良かったなと思う反面、必死で相談された頃が懐かしく、なんだか少し寂しい気持ちにもなってくる。


「あの時、庇ったのが俺だったら」


 ぽつりと漏れた言葉に自分で驚き、思わず苦笑いを浮かべる。

 もしもなんて、無い事は分かっているけれど。


「……まぁでも、良かったな」

「何がですか!? 陽が暮れて客足も増えてきました! まだまだ売りますよ!!」


 騒がしいパメラに呆れつつ、これで良かったのだと独り言ちる。


「お前はほんと、逞しいな……」


 落ちる夕日を背にレナードは大きく伸びをして、さぁもうひと頑張りと歩き出したのである――。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る