第12話 御褒美にお願いしたいこと
「イザベラ様、甘いものはお好きですか?」
緊張しているのだろうか。
普段の様子が嘘のように押し黙り、繋いだ手をじっと見つめながら歩いている。
レナードのように饒舌に話せればいいのだが、如何せん三人兄弟の末っ子。
男同士で騒ぐのには慣れているものの、女性に対しては分からないことだらけである。
甘いものが好きかもしれないと、事前に調べていた焼き菓子の出店が近付くにつれ、良い匂いが漂ってきた。
「あれは?」
「今女性に人気の焼き菓子です。外側は柔らかく、中に甘いクリームが入っています。一口サイズなので、一緒に食べませんか?」
小さくて丸い焼き菓子に、短い木の串が刺さっている。
恐る恐る口に運ぶと、焼き立ての柔らかさに驚いたのだろう。
イザベラは一瞬目を見開いた後、頬を緩ませた。
「……わぁ、ギル様美味しいです」
「こちらは男性に人気の飲み物です。少ないので一気に飲んでください」
頬に手を当て嬉しそうに微笑むイザベラへ、ギルは怪しげな黒い飲み物をそっと手渡す。
イザベラは怪訝そうに目を眇め、恐る恐る飲み干すと、慣れない刺激にゴホっと咳込んだ。
「なんなの!? 口の中が痛いわ!!」
目をまるまると開いて仰天するイザベラの姿が新鮮で、思わずギルは吹き出してしまう。
「こ、これが人気……」
「希釈した果汁と発泡する液体を混ぜた飲み物です」
何てことをするのだと黒い液体を睨み付け、笑いながら説明するギルに、「今度は飲む前に説明してください」とイザベラはクギを刺しつつ笑い出してしまった。
すっかり緊張が解け、二人で色々な出店を覗いていると、あっという間に陽が傾いてくる。
「イザベラ様、もしお時間があれば広場に行きませんか? カボチャのランタンが灯るので、とても綺麗ですよ」
早く早くと手を繋いで向かうと、まだ明るさの残る中、そこかしこで仄かな灯りが影を作って揺れ動く。
「ギル様……実はわたくし、こうやってお出掛けするの、ずっと憧れていたんです」
口元を綻ばせ、その光景をじっと眺めていたイザベラが、ぽつりと呟いた。
「普通にしていても誤解されたり、怖がられたり……慣れたといえば嘘になりますが、仕方ないと諦めていました」
少しだけ眉尻を下げて、溜息を吐く。
見上げるその瞳が、心做しか潤んでいるような気がした。
「友達と遊びに行ったり、あの、す、好きな人と一緒にお出掛けしたりだなんて、わたくしには無理だと思っていたんです」
――こんなに、いい子なのに。
小さな声で、ふふ、と笑う姿はどこか寂しく、なんだか消えてしまいそうな儚さがある。
「……これからは、いつでも」
寂しそうに笑うイザベラを見ていると、何もしてあげる事の出来ない自分の無力さを、ひしひしと感じてしまう。
「出来れば二人がいいですが、たまにはパメラとレナードも一緒に四人で」
「ふふふ、……はい。いつでもお誘いください」
あっという間に薄暗くなった広場は、ランタンの灯りに引き寄せられるように人が増えていく。
行き交う人々の誰もが足元の灯りに目を留め、暖かな灯を楽しんでいた。
「ギル様。ご褒美にお願いしたいこと、決まりました」
遠慮がちに、ささやくように告げるイザベラ。
ギルはその顔を覗き込み、続きを促すようにそっと微笑んだ。
「……そのままの名前で、呼んでくださいますか?」
まるで泣いているように潤む瞳が、ギルの姿を映し込む。
薄ぼんやりとした景色に、ランタンの優しい光が溶け込んで、イザベラの頬を朱く灯した。
「……イザベラ」
「はい」
「……俺のこと、好きになってくれて、ありがとう」
まっすぐにギルへと目を向け、ふわりと柔らかい笑みをこぼすイザベラ。
「そんな、私こそ、いつも感謝しております」
心の隅っこが、じわりとあったかくなるような、そんな気持ち。
繋いだ手が少し解けて、指が絡み合うように交差する。
触れる指から伝わる体温がなんだか切なくて、ギルは握る手に、少しだけ力を込めた。
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