第11話 やっと、二人きり


 フランシス公爵家ともなれば、定期的に外商が屋敷へと訪れる。

 欲しい物があれば外商へ発注すればそれで済むため、街へ繰り出し直接購入する機会など、殆どないのかもしれない。


「苦手な食べ物などはありますか?」

「好き嫌いは無いのですが、こういったお店で食べるのは初めてで……その時はギル様にお伝えしますね」


 見る物みな珍しいのだろうか、目を輝かせながら立ち並ぶ店を見つめている。


「今年は遠方からの出店も相次ぎ、庶民の口にあわせた郷土料理が数多く出店されています。私達も食べた事の無い料理が沢山あるので、もしお口に合わなければ遠慮なく仰ってください」


 原産地や香辛料等に詳しいパメラが丁寧に説明をしていると、ギルが小さなカップスープを手渡した。


「ありがとうございます。……海産物を用いたスープが出店で買えるのですね」

「フランシス公爵家の出資により沿岸部との交通網が発達したおかげで、比較的安価に海産物が手に入るようになったんですよ」


 ギルの言葉に、フランシス公爵家が市民生活の一端を担っているのを垣間見て、嬉しそうに頷くイザベラ。

 だが少し不満気に、二人の間へとパメラが割って入った。


「とはいえ、中心部に行き来し易くなったおかげで、うちみたいな郊外のお店は客足が遠のく一方です。売り上げをアップするため、より一層の努力が必要です」


 立地の悪い個人経営店は、逆に煽りを食らって経営が儘ならないらしい。

 故にこういったイベントに出店し、新たなファンを作り、中央部からの逆流入を狙うのだとパメラは主張する。


「お前は相変わらず逞しいわねぇ」

「平民はお金の代わりに知恵を振り絞って生きているんです! あ、皆様、アレがうちのお店です!」


 少し離れた場所まで届く、肉が焼ける香ばしい匂い。

 話も弾み四人で楽しくお店を回っていると、パメラの実家が出している店前で行列が出来ているのが目に入った。


「パメラのご両親にご挨拶と思ったのだけれど、随分と忙しそうね」


 ポツリと呟いたイザベラをその場に留め置き、予想外の繁盛ぶりに驚いたパメラが様子を見に行くと、フランシス公爵家から派遣された見目麗しい助っ人目当てに、若い女性達が列を為し、人手が足りないらしい。


「レナード達がいなくても大丈夫そうだから、ここで別行動にしてもいいか?」

「ん? ああ、確かに無理矢理連れて来られたけど、イザベラ様も楽しそうだし、俺達は必要ないな」


 興味津々で行列を眺めているイザベラを目の端に映し、ギルが小声で囁くと、レナードは頷いて腕まくりを始めた。


「パメラ、俺も手伝おう!」

「えッ!? レナード様にお手伝いしていただければ、更なる女性客が見込め嬉しい限りですが……本当に宜しいんですか!?」


 驚くパメラを横目に、早く行けと目配せをするレナード。

 行列に向けた視線を遮るように、ギルはイザベラの正面へと回った。


「イザベラ様、あとは俺と二人で回りましょう!」

「え?」


 突然ギルに告げられ、目をぱちくりと瞬かせるイザベラ。

 どうしたらよいか分からず、パメラ達とギルを交互に見遣っている。


 ここからは二人きり……後方に護衛騎士が控えているとはいえ人も多く、はぐれると迷子になるかもしれない。


 勘違いが解けた日、抱きしめられ恥ずかしそうに頬を染めたイザベラが、ふと脳裏に浮かんだ。


 顔も見せずにクッキーを届け、指先を握ると顔を真っ赤にし、振り返りもせずに逃げていくイザベラ。


 わたくしのクイーンはお慕いするキングの隣でなくてはと、ルールを無視して駒がジャンプした時は、思わず吹き出してしまうところだった。


 先入観が無くなったからだろうか。

 素直で純粋な一面に気付けるようになり、喜び恥じらう顔がもっと見たいと思うことが増えて来た。


 手を握ったら怒られるだろうか。

 承諾を得てからにしたほうが良いかもしれない。


 キョトンとして小首を傾げるイザベラの白い手を握っても良いものか、迷いに迷ってギルは手を伸ばした。


 怒られたら、後で謝ればいい――。


 そっとその手に触れ、丸ごと包み込むようにぎゅっと握ると、その小ささと柔らかさにギルの顔が思わずカッと熱くなる。


「……え?」


 突然手を握られ、何が起きているのかいまいち理解が出来ていないのか、イザベラが小さく疑問符を浮かべた。


 パメラとレナードが手を振り何かを叫んでいるが、自分の鼓動がうるさくて、もはやギルの耳には届かない。


 自分から手を握っておきながら恥ずかしい話だが、女性の――しかも、恋人と手を繋いで歩くのは初めてである。


 振りほどかれない事にほっとしつつ、この後どんな顔で振り返ればいいのか、怒っていなければいいなと頭の中でぐるぐる考えながら、そっと横目でイザベラを盗み見ると、顔を真っ赤に染めて俯いている。


 緊張でじっとりと汗ばんだ手が嫌じゃないか心配になりながら、ちらちらと見遣ると、顔を上げたイザベラと視線が交差した。


「!?」

「……ッ!!」


 恥ずかしさに顔を背ける二人。

 いつの間にか、足は止まっている。


「あの、えーと……その、人が多いので迷子になってはいけないと」


 自分でも苦しい言い訳に溜息が出る。

 なんだこれ、めちゃくちゃカッコ悪いな。


「……駄目だ、すみません。正直に言います。二人で回りたかったのは勿論ですが、その、せっかくのデートなので、手を繋いで歩きたくなってしまって」

「!?」


 その言葉に目を潤ませ、わなわなと震え出すイザベラ。

 でももう、それが怒り狂っているわけではないことを、俺は知っている。


「……嫌でしたか?」


 顔を覗き込むようにして問い掛けると、恥ずかしいのだろうか、イザベラの白い手がほんのりと紅く染まった。


「手、繋がないほうが、いいですか?」


 二人で行こうと誘ったのに、勝手にパメラとレナードを召喚したイザベラへの意趣返しも兼ねて、少し意地悪な質問をすると、フルフルと小さく首を横に振る。


「……良かった」


 やっと、二人きり。


 繋いだ手を引くと、俯きざまに口元を綻ばせたイザベラ目に入り――、ギルもまた頬を緩め、二人は歩き出すのだった。



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