第42話 最終話:ギル・ブランドより、愛をこめて
壁一面の燭台に、柔らかな灯りがともされる。
揺らめく炎に照らされた廊下を抜け、重厚な扉の奥に一歩足を踏み入れると、吊り下げられた幾つものシャンデリアが、まばゆい光を放っていた。
キラキラと星のように輝く無数のクリスタルは、小さな虹をつむぐように反射し、精巧な装飾がさらにその美しさを際立たせる。
今宵はフランシス公爵家と、ブランド伯爵家の婚約パーティー。
両家の当主による婚約披露の挨拶が終わると、大きな拍手と歓声が湧きあがった。
二人の婚約を祝う招待客達に囲まれて、祝福を受けながら、イザベラは隣に立つギルの顔を、横目でチラリと盗み見る。
どうしましょう、今日はいつもにも増して素敵だわ……!
あまりに素敵で、一瞬だけのつもりがそのまま目が離せなくなってしまう。
整った鼻筋に、少し薄い唇。
端正な顔立ちだが、どこか素朴で親しみを感じるのは、彼が生来持つ穏やかな雰囲気のせいだろう。
いつもはラフな格好をしているが、本日は正装。
身体にピタリとフィットする黒色のジャケットは、わずかに滑らかな光沢を持ち、真っ白なウィングカラーシャツと見事に調和している。
さらに胸元には、真鍮の台座に装飾されたオニキスのスタッドボタン……実はブランド伯爵家の当主が代々愛用してきた物なのだが……今回特別に身に着けることを許されたソレは、まるでギルのために
「イザベラ様、おめでとうござ……、イザベラ様!? しっかりしてください!」
「ハッ! わたくしとしたことが!!」
前のめりで見ていたことがバレ、ちょうど祝福の言葉を述べていたパメラに指摘されてしまう。
「素敵すぎて、我を忘れて見惚れてしまったわ!」
「気持ちは分かりますが、もう少しだけ頑張ってください」
「だってだって、嬉しくて堪らないんだもの!! 会場に来たすべての人に自慢したいくらいよ!?」
こんな時でも相変わらずのイザベラ。
本人達はヒソヒソと話しているつもりなのだが、興奮したイザベラがどうにも声を押さえられず、話している内容が周囲に駄々洩れである。
「イザベラ様、丸聞こえですよ」
見兼ねたレナードの冷静なツッコミに我慢出来なくなり、ついにギルが吹き出すと、その場で笑いを
大盛り上がりの中、ひときわ目立つ専属護衛騎士ジョルジュが颯爽とイザベラのもとへ歩み寄った。
「イザベラ様、この度はご婚約おめでとうございます!!」
「ありがとう。……いつも見守ってくれたジョルジュのおかげよ」
「身に余るお言葉を賜り、恐悦至極に存じます。既にご報告したとおり、我が家にもついに待望の男児が誕生致しまして、例えこの身体が動かなくなる日がきたとしても、未来永劫イザベラ様を! ひいては誉れ高きフランシス公爵家を!! 子々孫々にわたるまで守り続ける所存でして……ッ」
実は愛妻家で子沢山の、ジョルジュ・グラハム。
イザベラの婚約に感極まり、溢れる想いが止まらなくなってしまう。
なおも続けようとするジョルジュを、闘技場で手合わせをした王国騎士団の三名……副騎士長のファビアンと、騎士科の指導教官も務めるサルエル、さらには騎士団長グレゴリウスが筋肉を駆使した合わせ技で、羽交い絞めするようにガシリと掴んだ。
そしてフランシス公爵の指示により、さらにもう一人、本日非番のサブ護衛騎士……いつもパメラの『実家助っ人』を命じられるクリフォードまで駆け付ける。
肉を串に刺す作業も匠技になりつつあるが、貴族の騎士としてそれってどうなの? と自問自答した結果、特技を聞かれた際は「鋭い先端に生肉をめりこませることが得意だ」と答えるようにしている。
腕は確かなのに……女性を前にすると言葉に詰まる、恥ずかしがりやの残念な草食系男子。
本人は騎士の矜持を守れたと思っているようだが、その発言が災いして、未だに恋人には縁がない。
なおフランシス公爵家、騎士団一のモテ男ジョルジュに教えを乞うたところ、「面白いからお前はそのままでいい」と一蹴されてしまった。
そんなこんなで溺愛するとどこまでも甘いのだが、その他にはすこぶる厳しい、少々性格に難有りのイザベラ専属護衛騎士ジョルジュ。
王国が誇る筋肉の壁に阻まれて、さすがのジョルジュも観念したのだろうか。
「嬉しいのは分かりますが、この後来賓のお話もありますので」とサルエルに言い含められ、ズルズルと引きずられながら撤収していく。
まったくもって暑苦し……騒がしい騎士達に圧倒され、特進科の学級長シャネアは婚約者の腕にしがみつきながら、言葉を失っている。
少し外に出て涼んできたらどうだ、とフランシス公爵に促され、ギルとイザベラは祝福の声の間を縫って、庭園へと出た。
誰もいない庭園の木々には、ランプが幾つも掛けられている。
並んでベンチに腰掛けると、温かな光が二人を包み込んだ。
「足元にまでランプが……綺麗だ」
「この時期は夜風が気持ちいいので、毎年ライトアップするんです。ギル様に喜んでいただけて嬉しいです」
本当はもう少し後の時期なのだが、今日ギルにどうしても見せたくて、特別にライトアップしてもらったのだ。
喜んでくれて良かったと満面の笑みを浮かべるイザベラに、ギルは少し照れくさそうに笑い、改まって向き直った。
「ギル様と婚約だなんて、夢みたいに幸せです」
輝くばかりに幸せそうなイザベラの笑顔。
ギルは一瞬考えるように目を伏せ……そして、イザベラの身体を引き寄せた。
「俺は気持ちを伝えるのが得意じゃないし、言葉が足りずに不安にさせるかもしれないけど」
ジョルジュの特訓の成果だろうか。
出会った頃よりも背が伸び、一回り逞しくなった腕に包まれる。
「イザベラがいつも笑顔でいられるよう、頑張るよ」
「はい」
「きっと、幸せにするから」
「……はい」
「純粋で思いやりに溢れて、誰よりも可愛い俺のイザベラ。……君のことが、大好きなんだ」
言葉が足りなくて、いつも迷惑をかけているのはイザベラのほうなのに。
「イザベラ、俺のことを好きになってくれて本当にありがとう」
腕の中から、グスンと小さなすすり泣きが聞こえる。
ギルはイザベラの頭に頬をつけ、小さい子どもをあやすように、ゆっくりと頭を撫でた。
顔のラインを辿るように指をすべらせ、イザベラの顎を持ち上げる。
触れるだけの口付けを落すと、その瞳にぶわっと涙が浮かんだ。
「幸せにしていただいたのは、わ、わたくしのほうです……!」
微笑み合い、今度はゆっくりと……互いの熱を確かめ合うように口付ける。
泣きじゃくるイザベラを腕に抱きしめ、星の瞬く夜空を見上げると、木々の隙間を灯すようにランプが揺れる。
柔らかな光の束が星降るように落ち、初春に花開く薔薇のように、イザベラの頬が鮮やかに染まった。
***
「こんな物まで記録していたのか……」
本日はブランド伯爵家、ギルの私室に訪問中のイザベラ。
フランシス公爵と国王からプレゼントされたという『ギルの発言記録』改め、豪華に装丁された二冊の本を持参したのだが……。
案の定、あまりの内容にギルは驚愕した。
羞恥に指先がかすかに震えているが、イザベラに「やっぱり捨てなきゃ駄目でしょうか?」と潤んだ瞳で見上げられ、うぐ、と喉の奥で変な声を出している。
「少し待ってて」
そう言うなり机に向かい、何かを書き入れた後、リボンでグルグル巻きにしてイザベラに返した。
「恥ずかしいから、しばらくこのまま開かないでいて欲しい」
「……分かりました」
見られたくない箇所を、インクで黒く塗りつぶしたのだろうか。
ギルにそう告げられ、しばらく読めないのかとしょんぼりするイザベラ。
「しばらくって、いつまでかしら?」
フランシス公爵家へ帰る馬車に乗り、肩を落としてシュンとしていたのだが、ギルが何をしたのか気になって仕方がない。
「もう半刻経ったし、頃合いじゃないかしら?」
国王陛下の妹を母に持つ、高貴な血筋の公爵令嬢……イザベラ・フランシス。
彼女の世界は、たまにイザベラルールで回っていく。
「そろそろだわ――ッ!」
結局我慢出来なくなって、早々にリボンを解いて読み始めたイザベラ。
何十回と熟読した愛読書だが、読むたびに新たな発見とトキメキがあり、やめられない上に止まらないのだ。
そしてギルが先程書き入れたページへと辿り着き、イザベラの目がまるまると見開かれ……そして、泣きそうに潤んだ。
力強い字で書き加えられたそのページには。
たった一言だけ。
『ギル・ブランドより、――愛をこめて』
-fin-
***
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